134 錯綜
◯ 134 錯綜
闇のベールを被って外に出る。隠していたマリーさんの収納スペースを回収して、大型のテント程に広げた闇のベールの中に皆を出して、闇のベールを一人ずつ渡す。有効距離は200メートル前後、時間は三時間だ。一時間後ぐらいには死神達の部隊も合流予定だ。
「ここから一気に結界を解除して行く。トーイの木の精霊が捕われているのが池の直ぐ横だ。根を張った大樹のタイプだから動けない。目くらましの結界が取れれば状態がもっと明らかになると思われるが、最下層が地獄に続くダンジョンを作っている可能性がこれまでの経験から高い。住民の悪感情までは高まっていない為、まだ繋がってはないだろう。……だが、このトーイの精霊は正気を保てていないようならこのダンジョン化の術から速やかに外さないと、急激なダンジョン化を始めたら住民の命をトーイの木から吸い出す可能性がある。一時間で周りの全ての結界を解除して行く。敵の数は今の所、監視の三名と術者と思われる四名の七名だ。気が付かれないように感知結界をこちらの支配下に置き、死神と合流出来次第トーイの精霊を解放するのが我々の仕事だ」
「アキちゃんとあたしは他の妖精を保護するのよ〜」
「はい」
死神達は術者達と戦闘予定だ。多分、邪神か悪神の類いと見て間違いないそうだ。取り敢えず、どんな術で縛られてるのか分からない為、目くらましの術を解かないとここからでは推測しか出来ない。
これだけ結界が張られていたら、ラークさんにもここの事は伝わらないらしい。ここだけナリシニアデレートから切り離された世界になっている。
繋がってるのに繋がってない不安定さだ。爪の長い岡田さんに閉じ込められたときの空間が出来てるみたいだ。
空間を支える術の媒介を一つずつ術者にバレないように切り離して行く。木々に尋ねながら、きのこの妖精の記憶を頼りに目くらましに気をつけつつ媒介を見つけて行く。
死神が結界の外に到着した。ギダ隊のデリさんとナッツさんがこっちの動きを伝える。その間になんとか感知結界は全てこちらの支配に置けた。目くらましの術はその中に本体がある。
ギダ隊長が慎重に術の気配をたどっている。人の感覚では狂わされるのでこれは機械頼りだ。数種類の機械を使って慎重に進んで位置を掴んだ。本体に近づく程術が強いので感覚が狂わされて行くが、無事に特定出来たので後は壊すだけだ。術の破壊と同時に突撃だ。死神の配備が終った。総勢二十四名の作戦だ。
ゴーサインが出た。が、最初から躓いた。目くらましの術が妖精を無理矢理使役しての物で解除に時間が掛かった。術が破ける事で命が代償に使われ、次の妖精に同じ役目を負わせるそんな連鎖した術だった。暴れる妖精を抑えて術から解除する為に闇のベール内に入れて保護する。パニックで他の妖精達も暴れ出したが、一人ずつ皆で保護して行った。マリーさんの収納スペースに急遽入って行って、保護された妖精を光のベールに包んで、ある程度落ち着かせて眠らせていく。怯えて泣いてる妖精達に僕も泣きながら術を掛けて眠らせた。
外では死神達が悪神達と交戦している。ギダ隊も目くらましの術を片付けた後はトーイの木の精霊の保護の為に動いている。ダンジョン化の術で間違いなく、中心地の場所を外して術が発動しないように池の底にギダ隊の半分が潜った。もう半分は邪魔をしてくる邪神達の攻撃を防いでいた。トーイの木の精霊にも残りの妖精達の無事を映像を見せて、なんとかパニックにならないようにマリーさんが説得しつつ、戦っていた。
悪神と邪神の陣営は三名増えていた。やはり目くらましのせいで隠されていたみたいだ。その悪神の一人がトーイの木の妖精を別の場所に閉じ込めてあるのを仄めかしているのが、スフォラの映像に止まった。
なんとかトーイの木の精霊をなだめていたマリーさんが唇を噛んだ。マリーさんに近くだとスフォラ越しに伝えると、ボローさんと精霊の護衛を変わって駆け出した。妖精達に閉じ込められてた映像を、眠らせる時に受け取っていたので、場所はすぐに分かった。
大きな切り株の横を通り抜け、ビシーシェの花のトンネルをくぐって、風の広場を右に折れて真直ぐ進んだ場所だ。狩りの為の小屋か小さな小屋があった。いや、邪神達が作った物だった。転移装置があり、誰かが通り抜けて来た所だった。木の陰に隠れてマリーさんは息を整えた。僕は外に出て、妖精達の保護をする事にした。どうやらあの小屋の転移装置の先だ。闇のベールを被って偵察すると小屋には三人がいた。一人は見た顔だ。ジェッダルのタキがいる。
「なんでこんな所であうんだろう」
「すごい確率ね〜」
「本当だね」
僕とマリーさんは隙をついて三人を捕獲する事にした。そっと小屋のドアの隙間を空けると話し声が聞こえた。
「しかし、おっせーな。いい加減視察なんて終わりだろ?」
レンガ色のジャケットの男が悪態をついている。
「あっちはバレたけど、こっちが本命だしな。具合を見ないとダメだろ?」
黒一色で纏めたコーデの男がタバコを床に捨てて、靴の裏ですり潰した。
「ここも繋がれば住みやすくなる。いやでもこっちと取引が始まるからな」
レンガ色のジャケットの男がまた話を始めた。
「お偉いさんは大変だな。俺は金が入ればいいよ」
タキがそんなことを言った。
「女と金、それに酒があればいいんだ」
全員が頷いた。そこに僕の黒板爪の音を三人に向かって聞かせた。
「ギャー」
一人は転がって悲鳴をあげて嫌がり、一人が眉をひそめただけですぐに警戒をし、その横の一人が硬直していた。マリーさんがドアを蹴って中に入り、警戒していた男に向かって飛びかかった。ドアは硬直していた黒一色の男に直撃した。床を転がったタキの背中に初心者の魔法の杖を押し当てた。
「動くと、う、撃つぞ」
僕がタキの後ろからベール越しに抑えているので、何を押し付けられているかは分かっていない。
「あら〜、そんなに震えてたら間違って撃っちゃうわよ〜」
マリーさんが苦笑いしながら、ベールを顔の部分だけまくり上げた状態でからかうように注意した。
「嘘だろ!? しっかりしてくれよ!」
タキが焦って注意して来た。
「は、はい。頑張って、みてみま、す?」
「何で疑問文なんだっ! ふざけるなっ!!」
叫ばれてビクッとした瞬間、間違えて電撃が走った。タキは声も出さずに倒れた。緊張のあまり、電撃を放ってしまったみたいだ。いや、まあその、スフォラが用意してた魔法を僕が勝手に撃っちゃったんだけど、今までそんな事無かったからパニックだ。
「あわああっ! 撃っちゃった?!」
部屋の中をあたふたして、スフォラも混乱している。
「殺さないでくれっ、何でも言う事聞くから!」
唯一意識のあるレンガ色のジャケットの男がわめいた。
「うるさいわよ、あんたは黙りなさい〜。絞めるわよ〜」
言いながら、スリーパーホールドしていた。いや、マリーさんもう絞めてるからそれ。ひとまず落ち着こう。
タキはショックで気絶しただけだった。が、そこは内緒にしてマリーさんはレンガ色の男を拘束した後、目隠しまでしてた。タキと黒一色の男はロープでぐるぐる巻の芋虫状態にして猿轡に目隠しまでして、小屋の外で逆さに吊るして日干しにしている。
魔法を使ったらぶら下げてるロープだけが切れるから、死にたかったら使っていいわよ〜とマリーさんが二人に言っていた。僕は聞かなかった事にした。
小屋の中で尋問が始まった。僕はブランダ商会の転移装置を調べていた。当然マシュさんの指示だ。スフォラ経由でデータをなんとか送って、それを元に神殿と繋いでセーラさんとネリートさんがこっちに飛んで来た。
頻繁に行き来しているこの大陸の最北端に向かう事になった。トーイの木の妖精達がそこに氷付けにされているらしい。生存が危ういが行ってみるしかない。僕はここで留守番だ。
全員の意識を刈って転移装置を起動して三人は行ってしまった。いきなり罠とかが無いといいんだけど……。
半時間ぐらいした頃に、タキのロープが切れて地面に用意していたドラム缶サイズの縦穴に頭から突っ込んでいた。
「あ……」
中には泥が入っている。いきなり泥に浸かってビックリしたのか暴れているが、体のロープのせいで上手く体勢が変えられなかったみたいだ。
出てくるのを待ち構えていたけれど、そのまま痙攣するみたいにして止まった。僕は出ていた足首を杖で突ついてみた。ビクンと動いたので生きてるみたいだ。仕方ないので重力の魔法でそっと引き上げた。
「殺す気か!!」
猿轡が泥の中で取れたせいで、詰めてた布をいつの間にか吐き出したタキが喋った。
「忠告はされてたと思ったけど」
僕は膝立ちのタキに後ろからもう一度目隠しをしながら話した。嫌がって、大人しく目隠しをされようとしない。いやだな、何か忘れてないかな?
思った途端にタキが首を最大限捻ってから叫んだ。持ってた布が落ちると同時に僕の闇のベールが裂けて地面に落ちた。スフォラが電撃を打ち込んでまた気絶したタキが、地面に顔を打ち付けていた。
「うわ……痛そう」
泥まみれの上に、鼻血の出たタキの顔を直視出来ずに目を逸らした。騒動で上で芋虫状態の二人も気が付いたのか、ロープを切って泥にダイブしていた。暴れている二人を見ながら、スフォラに相談した。
「どうしたらいいと思う?」
スフォラが泥の中で空気を送る魔法を使っている間は、彼らは放置で良いんじゃないかというので、タキの処理をまずはする事にした。水を掛けてあげて、顔だけは綺麗に拭いてあげた。それからスフォラの勧めで猿轡をする事にした。
他の二人はすごい事に、いつの間にか空気を地面の穴に一杯にして、泥をかき出す事に成功していた。……空を飛べたらそれで逃げれるけど、それは出来なかったみたいだ。お疲れの所をスフォラが電撃を飛ばしてもう一度気絶してもらった。
「マリーさん達が帰ってくるまで、もう少々お待ち下さい」
そう言ってから、僕は二人を穴から出してあげて、タキと同じように猿轡と目隠しをもう一度してあげた。一度、電撃を人に当てたせいか慣れてしまったのか、そう罪悪感は感じなかった。いやまあ、痛そうだからちょっと可哀想ではあるんだけど……。でも、妖精達の敵だし、酷い事してる仲間だからちょっとぐらいいいと思う。
暫くして、マリーさんと闘神の二人が帰ってきた。妖精達も一緒だ。なんとか生きていたみたいで、妖精達を近くのトーイの木に連れて行った。木の精霊ならそれだけで分かるので、トーイの木の精霊に無事が伝わっただろう。光のベールで皆を包んで癒しを掛けていたら、突然大地が震えて周りの木々が萎れ始めた。
「ダンジョン化が始まったの〜?」
「どう言う事だ?」
「もう一つ、用意されてるみたいだよ。あっちだよ」
妖精達が焦って教えてくれた。もう一つの方はノーマークだったせいで術の起動が始まったみたいだ。
「ダブルダンジョン〜? 侵蝕を早めるためね?!」
「今から解除は間に合うか?!」
「やるわよ〜」
妖精達にビジョンを送ってもらい、道を指し示す。ここから二十キロ以上先だ。転移装置が反応した。いつかのティランと呼ばれていたスピンさせすぎな女性が現れた。
「ちっ」
と、舌打して、元に戻り始める。が、ネリートさんの方が早かった。即、小屋をぶちこわす程の衝撃波を打ち込んだからだ。周りも少し空気の揺れを感じる程で、僕は酔いそうだった。




