13 抗議
◯ 13 抗議
アストリューに戻って早速、買って来た呪符の本を見ていたら、マシュさんが魔法陣かと言って、本を手に捲っていた。
「かなり基本だな……アキが興味を示すとは驚きだよ」
「えーと?」
「機械で言うと動力とかの知識だぞ? エンジンじゃないな、もっと基礎だな……歯車とか? あの辺だな、梃の原理とか、庭の水車とかかな? うまく言えないがそんなところだ」
「ふうん、そうだったんだ」
「その顔はやっぱり分かって読んでかったな?」
呆れられたが仕方ない。
「うん、でも自分でもこういうのが書けるってことかと思ったんだけど……」
「まあ、確かにな。何か発明したら、相談しろよ? 専売契約、特許の取り方は任せろ」
「ありがとう。ところでよく見る立体的なのはどうなってるの?」
アストリューで見る魔術の道具に多いのは立体式だ。重要な部分は隠されていて、一部しか見えないけれど、殆どがそうだ。
「ああ、あれは、本当に水車だと思えば良い。魔法の力をまんま立体的に表してる」
「平面より複雑?」
「そうでもない。水をコップに注げても絵のコップじゃ出来ないだろ? そんな感じだ」
「確かに無理だね」
「平面はそれをするのにかなり複雑に書かないといけないが、立体だと魔法陣を単純化出来る。ただ、立体は慣れないと難しいからな」
「何となく分かったよ」
「立体の魔法陣なら、スフォラの機能で作れるのがあったはずだ。実際に使うには媒介が必要だけどな」
そう言って半透明の画面を空中に具現化して開き、魔法関連の物を取り扱ってるページを見せてくれた。そこに立体用の魔法陣を組み込む魔結晶が売られていた。
一番安いのは止めとけと言われてマシュさんお勧めの練習用のを教えてもらった。どうやら、組合の管理員用の通信販売サイトみたいだ。ついでに書き込み用の魔道具と、魔法陣用のセットを買ってみた。
その日は、書いてある魔法陣を写して効果を確かめてみた。と言っても僕がまともに使える魔法は未だに明かりを灯すライトだけだ。そよ風は出るけど、それでは全く分からないし……紫月が魔法は得意だから手伝って貰うかな。特に水を出すのが得意だから、分かりやすそうだ。
その日は色々試した。試した事をデッサンノートの端に書いていたら、何か降って来た気がする。ノック式のペンを持ったまま、じっと凝視して考えた。抑えるとバネが縮んで中の歯車が回って、もう一回押したらまた回って戻る原理を考える。これを記号とかで表すのってどれだろう……。
取り敢えずは、一つずつ分解して考えてみる事にする。普通に歯車を斜めにずらすだけの一部分の絵を描いた。それをベクトルを考えて記号化する。紫月に魔法陣を使って、水の魔法を使って貰う。魔法陣を通しての魔法は魔術と言うみたいだ。真直ぐ飛ぶはずの水は少しずれた所に命中した。めちゃくちゃ単純な魔法陣の完成だ。
きっとスフォラの不意打ちはうまくいく。次の日の、マリーさんとの訓練が楽しみだった。
「今日は一撃もらちゃったわ〜、いや〜ん、悔しい〜」
スフォラの電撃を貰ったマリーさんは、本当に悔しそうだった。体をくねくねと捩り、何度も同じことを言った。
10枚渡した魔法陣は全部使ったけど、一回しか当たらなかった……。本当の一番最初の不意打ちだけは、避けれなかったみたいだ。後は直ぐに対応されて、スフォラはその事にがっかりしていた。
相手の動きをある程度読めるスフォラでさえ難しかったみたいだ。マリーさんも『スフォラー』を使ってるからお互いに読み合ってそうだけど。
「この魔法陣、誰よ〜」
小さく残った残骸を手に、マリーさんが恨めしそうにマシュさんを見た。マシュさんは犯人扱いされたら困ると嫌な顔をしてすぐに答えた。
「アキだろう……私は書いてないぞ、そんな真直ぐ飛ばないものなんて」
マシュさんは呆れ顔だ。僕が魔法陣の本を読んでた事をマリーさんに伝えていた。
「きい〜っ! アイデアの勝利ね〜、悔しい〜」
マリーさんの悲しげな目が僕に向いた。当たったと言っても静電気ぐらいだし、パンチが一発当たった方が痛そうだよ? そんなに見つめられても……。
「う……」
「あたしにも頂戴〜」
予想外のお願いだ。
「はあ、良いですけど」
手を出して来たが、魔法陣のセットは全部使い切ってしまったので、買い直さないといけない。それを伝えたら、初心者用のセットじゃダメよ〜、とごねられた。一緒に昨日の通信販売の商品を見て決めた。
その日の午前中は魔法陣を書くのに費やされてしまった。マリーさんが使うのでマリーさんの魔力を込めたインクで書き上げた。どうやら、考えた人が念を込めて書くのが一番魔法の効率が良く、使用する人の魔力、もしくは血を少し入れると魔法、呪(祝)術の勢いを調整しやすいらしい。使い勝手を追求すると一番それが良いみたいだ。
「早速、練習してくるわ〜」
と、言ってどこかへと出かけてしまった。
午後はカシガナの様子を見たり、他の植物の収穫をしたりと忙しかった。レポート作成しつつお茶を楽しんでいたら、蒼史と紅芭さんがぼろぼろになって家に来た。聞いてみたら、マリーさんにやられたそうだ。
「あんな物を渡すなんて、ダメですよ! 師匠は武器を持つと人が変わりますから」
何やら真剣に抗議に来たらしい二人の様子に気圧されながら、紅芭さんの話しを聞いた。
「えーと、武器になるの?」
「微妙だが……使い方次第で強力な効果があるのは、この姿で分かるだろうか……」
珍しく恨みがましい蒼史の視線が痛い。マリーさんはきっと八つ当たりに行ったんだ。どうやら、普通に魔法を使ったりフェイントと織り交ぜてと色々試されたみたいだ。マリーさんの本気の特訓はスフォラとは段違いの魔法の威力だから当たったら、かなり痛そうだ。
「う、ごめんね?」
「では、我々にも同じ物を」
と、伊奈兄妹は真剣にお願いをしてきた。この頼みは断れない……どこかの誰かの頼みと違って。
八つ当たりはこの二人はしなさそうだし、まあ良いか。マリーさんと同じセットを書いて渡した。どうやらマリーさんはあちこちに八つ当たりに行ったみたいだった。見知らぬ誰か、ごめんなさい。帰ってきたマリーさんは上機嫌だった。
「この魔法陣は熟練者に効くのよ〜」
と、楽しそうに言った。
「そうなんだ……」
「紙一重で避けるから〜、調度当たるのよ〜。力の流れ的には真直ぐ打たれてるのに、飛んでくるのは調度避けた位置でしょ、焦った顔が面白かったわ〜」
と、八つ当たりの成果を報告してくれた。ああ、皆さんごめんなさい、どうかご無事で……。
そう思いつつも次の日、斜め歯車の記号を立体に起こし、螺旋状にずらして配置した魔法陣を埋め込んだ魔結晶も、昨日の魔法陣と一緒にスフォラに持たせてみた。マリーさんはカーブを描いて飛んでくる電撃を嫌がっていた。嵌ると追いかけられてるみたいだわ〜っ、と訴えられた。ごめんなさい、自重します。
……その日もマリーさんは八つ当たりに行ったみたいだ。本当は魔法が得意なら魔法陣は要らないくらいの業なんだけど、魔法陣での魔術の軌道は発動した後にしか分からないので、不意打ちにはぴったりみたいだった。




