124 手錠
◯ 124 手錠
「あ、れ?」
知らない海だった。砂浜にずっと倒れていたみたいで、変な寝相になってる。周りには誰もいなかった。記憶を辿ると、昨日の事件を思い出した。確かフォーニさんが椅子を突っ込んできて……その後はここで目が覚めた記憶になってる。つまり、飛ばされたんだろう。
「スフォラ?」
反応がない。大丈夫だろうか……体の機能はなんとか無事なのか動いている。あちこち痛いし、小さな火傷があるので、光の包帯で手当てしながら辺りを見回した。スフォラのバックアップが無事なら良いけど、それも分からない。
「何処だろここ」
僕は途方に暮れた。誰もいない朝焼けの綺麗な景色はいいけれど、場所が全く分からない。転移装置は異物が入った場合は確か、世界の境界を越えれないはずだったから、まだここは派遣先だとは思うけど……。あれでは転移装置は壊れたかもしれない。スフォラが帰ると連絡してくれてるから、探してくれると思うけど……時間は掛かるかもしれない。
僕は引き金になったペンダントを見てみた。ガラスにひびが入って今にも砕けそうだ。魔法を使ってひびを慎重に直して行く……。ちゃんと使えなくなってそうだけど、頑張ってみた。魔結晶の方は軟らかいから砕ける事無く無事だった。中の物を取り出してみた。サンドイッチとジュースは無事に出てきた。手をきれいに洗って、心細さで泣きそうになりながらサンドを食べた。サンドがちょっと塩辛いのは海の近くのせいだ。
「う、スフォラが居ないと言葉も分からないかもしれない……」
重要な事に気が付いたが、仕方が無い。僕は空を飛んでみた。上から見れば街かなにかが見えると思ったのだが、何にも無かった。海と砂浜と小さな山がある島があるばかりだ。無人島な気がする……。言葉以前の問題だった。サバイバルを僕にやれというのか? 無理だ。詰んだ。
食べた後のゴミを片付けようと、収納スペースに入れようとしたが入らなかった。包んでいた紙をポケットに閉まって、ジュースを魔法で凍らせて長持ちさせてたら、妖精達が木の陰から覗いているのに気が付いた。どうやら住民は小さなりすの様な垂れ耳うさぎの様な姿の妖精が何匹かいて、一緒に暮らしていた。
目が合ったので、妖精の挨拶をしたら、少し警戒を解いてくれた。そこから徐々に打ち解けて、食料が尽きたくらいには美味しい実がなっていたら教えてくれ、綺麗な花が咲いたら見せてくれるようになった。雨が降ったら教えてくれた樹洞の影に皆で隠れた。夢でこんな知らない世界からでも皆に連絡を取れたし、寂しさは減った。
船で迎えにきてくれるみたいで、しばらくここの生活をする事にした。暇なので魔法で色々と便利グッズを制作していた。木の枝で歯ブラシを作ったり、雨よけの魔法陣を作って、葉っぱに書いて妖精達に配ったら、喜んでいた。葉っぱの傘をさして雨の中の散歩を楽しんだ。妖精がいるせいかこの島には魔法の籠った物が沢山あった。
ここに着いて五日後には、船が沖の方に止まってボートが一艘島に向かって来た。言葉がわからなかったがアキと呼ばれたのでサーコートの男に付いてボートに乗った。木の陰から覗いている妖精達にお別れの思念を飛ばして、また来ると約束した。
ボートから帆船に乗って航海を始め、二日後に船は港に着いた。何故か手錠を掛けられ、護送用なのか、鉄格子の付いた馬車に押し込まれて丸一日移動に揺られた。気分は売られた家畜だ。
「……あのー、トイレは?」
「・・・っ・・! ・・・・」
表情から察するに黙れと言われているのが分かった。言葉がわからない。しかし我慢の限界が来ている。仕方ないので馬車の端でする事にした。小さな穴が空いてるのでそこにしておいた。後ろを見れば細く濡れた箇所が続いていた。恥ずかしい……こんな目に遭うなんて。何か悪い事したかな?
あの、威厳のある教会に着いた。転移装置で飛ばされた割には、思ったよりも遠くはなかったみたいだ。不便な土地に飛んだだけみたいだった。トリージアシスターが苦虫を噛んだ様な顔をした。フォーニがミルク色の巻き毛を揺らして僕の様子を見ていた。
「・・・。・・・・、・・・・・・」
何か言ってるみたいだけど、もう僕には分からないので無視する事にした。教会に連れて行かれ、修理されたらしい転移装置を使って、ここの世界の神界に行く事になったようだ。行き先の表示が読めた。
フォーニは前を歩いて行っている。ちらりと振り返った顔には勝ち誇った表情が見えた。この顔にはうんざりだ。僕の周りには逃げないように何人かの神官が囲んでいて、そのまま神界に移った。
緑の多い神界の一角に、大きな建物があってそこに連れて行かれた。マリーさんとレイが揃って不機嫌顔を真ん中に座っている人に向けていた。その人の顔は少し憔悴している感じだ。
レイとマリーさんが何か言ったみたいで、僕の手錠は外された。
「レイ、マリーさん……」
「今、マシュが転移装置の画像を修復したのを見せて説明したから。大丈夫だよ」
レイが心配ないと安心させるように言ってくれた。マシュさんがスフォラのチェックをする為に、色々と機械を持ち込んできていると説明された後、レイに幽体にされて体は別の部屋にマリーさんが運んだ。
会話が出来てうれし泣きをしてしまった。ひどい目で見られるし、怒鳴りつけられるし、さらし者にされたせいで、こんな世界が消えてなくなっても良いとさえ思ってしまう……妖精達の島以外はだけど。早く出て行かないと本当に消してしまいそうだ。
「随分嫌われたみたいだ」
真ん中にいた人が、ばつの悪そうな顔でレイに話しかけた。
「そうみたいだね。自業自得だよ、あんなの放っとくなんて、ルージンも最悪だよ?」
「ぐぅ、確かにそうだが、内政に口出しはしないのが俺のポリシーだし」
開き直ったように良く分からないことを言った。
「それにしても、これは言っても良いんじゃないの?」
レイが責める様な口調で言っている。マリーさんが戻って来て睨みつけている。
「覚悟するのね〜、手錠なんて掛けて酷いじゃないの?」
「そうだな、俺の威光がさっぱりみたいだ」
悲しげな表情で、レイにルージンと呼ばれた神様はがっくりと肩を落としていた。
「というか、忘れられてんじゃない?」
レイの言葉が容赦なく追い討ちをかけたみたいで、
「う……」
と、言ってルージン神は更に小さくなっていた。
「放置し過ぎだよ。反省した方が良いよ?」
「だあ、分かってるよ。ちょっと隠居してただけだろ? なんとかするから、責めるな」
どうやら開き直ったらしい。レイがこっちに向き直って、
「で、何でこんな事になったのか説明して貰えるんだよね?」
と、聞いてきた。
「うん、実は……」
僕はレイに話し始めた。そして、それを聞いて、皆は溜息を付いてフォーニをちらっと見てお互い目を合わせて、話しかけるのを誰にするか、なすり付け合っているみたいだった。全員が拒絶したので、無視される形になったフォーニがたまらずに声を上げた。
「待って下さい。僕の話を聞いて下さい。両方聞いて判断するんじゃないんですか。こんな横暴は認められないはずです!」
会話の途中で戻ってきたマシュさんが映像を流し始めた。お昼休憩の話から、仕事後のトリージアシスターの説教が始まって、部屋に戻ってからの騒動、僕が帰り出した場面……そして、振り上げられた椅子が転移装置の動作範囲に打ち付けられるまでが流れた。
フォーニの顔色は最悪だった。口を開いても声にならないみたいで、厳しい目から逃れようと後ずさりし出していた。つばを飲み込んで少ししてから出てきた言葉は、
「つい、ついなんです。そ、そう、僕の物を盗ったから追いかけて返して貰おうと。だから、転移装置に椅子を……」
という言い訳だった。
「アキは盗んでないよね。これはアキの物だし、転移装置は勝手に壊れたと言ってたよね」
レイの声はいつもからは想像出来ないくらい冷たく響いた。
「これには私が付けた制御装置が付いている。本人以外は作動しない仕様になっている。何なら試すか?」
映像のペンダントを指さしてマシュさんが説明したが、僕の収納スペースは動作が不安定で出ては来るけど、中には入らなかった。
「どうかな、島に飛ばされた時に壊れたんだ。修理しないとダメかも」
僕がガラスにひびが入ったのを説明した。
「は、じゃあ、し、証拠は無いじゃないか」
裏返った声でフォーニが言った。
「でもあたし達、お揃いのを持ってるからこれで証拠じゃないの〜?」
三人は自分の物を出して並べた。僕もそこに並べた。色違いだけれど同じデザインの物が四つ並んだ。
「どうやら、お前の言分は全て嘘だという事だ。罰を受けるべきはそちらだな」
ルージン神が僕の無実を認める発言をした。
「そんな……」
フォーニさんはその場に座り込んでしまった。周りの人達も焦っている。手錠をかけて連れてきた方が罪が無かったのだから動揺も分かる。口々に騙されていたとか、トリージアシスターが僕を断罪する為だと言ったとか。なすり付け合いが始まった。
もう聞いていたくなくて僕は帰って良いのか聞いた。許可が下りたのでアストリューに帰った。家でふて寝をして、惰眠をむさぼり、温泉で心の傷を癒した。スフォラは三日後には元通りになった。
戻って来たスフォラに泣きついて困らせ、皆には笑われた。マシュさんはフォーニさんにスフォラの修理代の請求をしていた。勿論跳ね返されたらしい。なので裁判に持ち込んだが、何故か逆に僕が訴えられて、星深零の間で争う事になり、またしても僕はあそこに立つ事になった。




