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世界を繋ぐお仕事 〜カウンターアタック編〜  作者: na-ho
うつくしいよそおいにかれんなうそをささげよう
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123 妄執

 ◯ 123 妄執


 今回のアストリューからの派遣先は、メラードノスト世界という所で妙に威厳のある教会っぽい建物の隣での地域住民の治療だった。随分と変な感じだ。隣の教会ではやたらと大きなスカートのふくらみを持った服を着たご夫人やら、タイツを履いているみたいな紳士を見かけた。時代考証が必要かもと、首を捻っていた。

 目の前には彼らとは全く違う市井の民がいた。出かける時はこっちの服装の方が目立たなそうだし、動きやすそうだ。あの紅白タイツは遠慮したい……。


「休憩に入りましょう」


「はい。トリージアさん」


 ここのシスターが声を掛けてくれたので答えた。


「やっと終った〜」


 隣で、別の世界から同じように手伝いの派遣で来ていたフォーニさんが伸びをした。


「これ、終ってませんよ。休憩です」


 トリージアシスターはフォーニを窘めた。ここでの治療等の取り決めは彼女がしているみたいだった。


「ダメじゃないか、そんな嘘を教えたら困るよ。予定だってあるんだから止めてくれる?」


 フォーニさんに言われた言葉は、全く覚えがなかった。大きな青い目が被害を訴えるように歪みシスターへと向いた。


「え?」


「まあ、そんな事を仰ってたんですか? ちゃんと予定を見ておきなさい。ですが誰でも間違いはあるものです。さあ、謝ったらお昼にしましょう」


 どうやらトリージアシスターは、僕が間違えて彼に教えたと思ったようだ。


「えーと、お昼休憩は知ってました。でも、フォーニさんには僕からは予定は何も言ってませんが?」


「酷いよ、僕にそんな嘘を教えて笑うつもりだったんだ」


 目尻に涙を溜めてみせ、シスターにすがる様な目で助けを求めた。ここまでして何を得たいのか目的が分からないし、何よりもものすごく気持ち悪い人だ。


「まあそんな……泣いてはいけませんわ。毅然としていなさい」


 トリージアシスターがフォーニの涙に保護欲を掻き立てられたのか、彼の言葉を信じたみたいだった。確かに年下の男の娘な容姿だけど……年上なんだよね。今朝、同じ部屋で着替える時に自己紹介したら、驚いたから。


「はい、シスター。こんな事には負けません」


 手を握って助けを乞う者に慈しみの眼差しで答えているが、基礎も土台も嘘で出来ている。目の前の茶番に呆れてものが言えそうにない……。


「ではこのままではお昼は貴方には差し上げられませんよ? 自身の罪をちゃんと見つめ、彼に謝りなさい」


 トリージアシスターは、僕に厳しくも優しい目で謝るように機会を与えてくれたようだが、やってもいない罪など謝る気にはなれない。


「えーと、分からないのでしばらく考えてみます」


「良いでしょう。祈りの間で考えなさい」


 残念そうなトリージアシスターの目が突き刺さるが、やっていないのだから僕も毅然とした方が良いのかもしれない。


「はい。身に覚えの無い罪に付いて考えてみます」


 今度はシスターと目を合わせて目で訴えてみた。通じたのかは分からないけれど。少し考える様な目をしていた。そのまま別れて僕は祈りの間に向かった。誤解は解けなかったみたいだ。

 ここの人手が足りないからとの依頼で来たけれど、そんな感じには見えない。なんだか警備が厳しそうなのは分かるけど……。


「まあ、謝って無い事にしても良いかもしれないけど……あれはダメな気がする。小さいけれど認めてはダメな部類だよね」


 スフォラからも怒りを含んだ感情が返ってきた。うん、その通りだね。怒らないとダメだね。さて困った。彼とは寄宿舎も同じ部屋だ。仲良くは早速無理だと思う。

 他のシスター達は忙しそうに交代で休憩を取っている。ここの祈りの力を使っての治療をしつつ、薬草等を煎じて薬を作ってはそれを塗り薬として小分けにしたり、色々と細かい仕事が待っている。

 薬草は乾燥した物で、名前は教えては貰えなかった。これとこれを混ぜなさいと渡された物をひたすらすり潰しては薬に変えて行った。どうも秘密主義な感じだ。

 何故か治療に来る市民の目に、時折憎しみが混じっているのは気のせいじゃ無いと思う。もしかしたら情報から隔離されてるのかもしれない。傷薬程度なら、自分達で出来そうなのにわざわざ隠す理由はあの豪華な隣の教会にありそうだ。ここの世界でははっきりと権威と民衆、個人は分けられてるのかもしれない。

 初日の仕事が終った。午後からは薬を作りっぱなしだったから借りている制服に臭いが移っていた。明日は腕が筋肉痛になりそうだ、ストレッチをちゃんとやっておこう。


「来ましたね」


 終った報告をしに院長室に行くと、トリージアシスターが持っていた書類を机に置いてこっちをみた。


「はい、トリージアシスター。薬は作り終わりました」


「貴方は仕事だけをしにきた訳ではないでしょう。ちゃんと他の人達とも良き関係を築かなければなりませんよ。もう一度考え直して、明日からやり直して下さい」


 睨みをきかした視線が少し痛い。


「はいシスター。では相談があります」


「ええ、悩みですか?」


「はい。フォーニさんは何故、僕が嘘の情報を教えたというのでしょうか? 僕はフォーニさんとは休憩の話はしていませんでしたから間違いなく、嘘はついていません。にもかかわらず、僕が嘘の情報を教えたと言うのでしょうか。教えて下さい。彼が何を求めて嘘をついたのかを」


「……ですが、貴方の方が理由はありそうです。彼にはそのような事をする理由が無いでしょう。……弱い者を排除するやり方は気に入りません。貴方には失望しました。ずっと期間は薬を作っていて下さい。教会の上層部にもそのようにお伝えします」


 溜息を付いた後、トリージアシスターは苦痛の表情でそう言った。認めない僕が悪いと言いたげだった。弱い者いじめとは彼が僕よりも背が低いせいだろうか? 確かに小動物っぽい感じを醸し出して入るけれど、毒は持ってると思う。失望と言われても何を僕に望んでいたのだろうか? 謝る事だろうか……。


「何故、僕の言葉は嘘だと思うのですか? 理由を聞かせて下さい」


「心までは明け渡せませんから。私にも矜持という物があります。貴方には分からないでしょうが、誇りを掛けて貴方には屈しませんわ」


 キッと睨みつけられ、顔を毅然と上げたシスターは心に一片の曇り無さげにそう言った。しかし、その台詞は僕が言うべき台詞な気がする。


「意味が分かりません」


 僕の何を拒絶しているのだろうか。一度くらいは僕の言葉を信じても良いと思うけど……フォーニに何か吹き込まれたんだろうか?


「それは貴方が未熟なせいでしょう。貴方のありようをこの期間ずっと反省なさい」


 僕は黙る事にした。この訳の分からないやり取りは、一体なんなんだろうか? まあ、何となく、宗教的な感じがする。盲目的に向かう何かの信念のような妄執を感じる。これを受ける方も気持ち悪そうだけど……。

 内心辟易とした気持ちで寄宿舎の自室に戻った。僕のカバンがひっくり返されている。中身が全部ぶちまけられて着替えが全て外に出てしまっていた。たいして入ってないけど気分が悪い。だが、部屋には誰もいない……。

 後ろから急ぐ足音が聞こえた。振り返ると寄宿舎の舎監と、トリージアシスターが扉の所で固まっていた僕のそばまで走ってきた。息を切らして二人の後ろから同室のフォーニが顔を見せた。一瞬目に嘲りを浮かべたのを見つけた。そのまま不安げな表情で舎監とシスターに向かって謝り出した。


「ごめんなさい。僕の大事な形見が無くなったので、どうしても探したんです。……人の物まで見てしまった事を反省します。でもあれだけは、あれだけは……」


 顔を覆って彼はそこで泣き崩れた。舎監が部屋へと入り僕の荷物を無言で改め出した。途中でこっちを睨むのを忘れなかった。シスターはフォーニを慰めて背中をさすっていた。俯いた両手の指の間から彼の笑う顔がちらりと見えた。腐敗した精神の嫌な臭いが鼻に付く気がする。


「フォーニ、それはどのような物ですか? 泣いていては見つかりませんよ?」


 今朝の着替えの時に、じっと見ていた僕のペンダントを言いそうな気がした。実際、服の上からだけどその辺りを今は見ている。


「銀色の鎖の付いたアクアマリンとアメジストのペンダントです。魔力の籠ったとても貴重な物なんです」


 そんなものは持っていないが、似た感じのペンダントは僕の首にぶら下がっている。宝石ではなくてガラスだし、収納スペースだ。僕の作った方だから僕にしか使えないようにマシュさんが改造している。中身はいつものジュースとサンドイッチと霊泉水に予備の着替えだ。


「ジュシュア、見つかりましたか?」


 舎監の名を呼んでシスターは顔を歪めていた。


「無いな。本人が持っているなら別だが」


 と、僕を二人が見つめた。騒ぎを聞きつけて廊下から覗く、他の癒し手達の注目も浴びて僕は嫌な気分になった。他の人達はともかく、ここに派遣されてきているのは、僕とフォーニだけだから多分他の人はここの住人だ。

 この寄宿舎は男女別れて十人程暮らしている。一ヶ月程ここで住民の怪我を治したり、病気を治したり薬を作ったりとお手伝いをする形だ。

 これが初日とはなんだか気分が悪い。既に帰りたくなってきた。分かって貰おうとか、無実を認めさせようとかはもうさっぱり思わない。言葉の通じない人に何を言えば良いんだろうか。それよりこの茶番を終らせたいと願う。


「ガラスのペンダントなら持っていますが、僕の物です」


「見せなさい」


 トリージアシスターが厳しく言った。


「命令ですか?」


「当然でしょう。貴方の首に掛かっている物を見せなさい」


 また、命令か。この嫌な気分は覚えがある。応じる必要は無いが、見せないと収まらないのも嫌な感じだ。


「彼の物だと言う証拠が無いでしょう。僕の物だと言っています」


 そう言いながらペンダントを服から出した。ハッと息をのむ皆が収納スペースを見つめた。


「あれですね? フォーニ」


「はい、間違いありません。返して下さい。それは僕の大事な母の形見なんです……うう、わあああああ」


 うーん、演技力は今一な気がするのに、皆は僕をものすごく睨んで返すように、と思念を跳ばしてくる。重圧だ。だけど、これは僕の物だ。返す所なんて無い。


「さあ、渡しなさい。それを持っていてはいけません。罪を認めて心を清めるのです」


「何故貴方がそれを決めるのですか? これは二週間前から僕の物です。ここに来る前からずっと僕の物ですし、ガラスのペンダントです。彼の言う宝石ではないです」


「違う、酷いよ。僕の大事な物をそんな風に扱わないで……大事に閉まっておいたのに。勝手に盗るなんて……ひ、酷過ぎる」


 ダメダこりゃ、泣きたいのはこっちだよ。卑怯な手を使ってこんな風に周りを巻き込んで断罪させる……巧妙なやり方だな。ここでは映像を使っての証明がしにくいし、スフォラを出す訳にはいかない。住民を驚かせてしまうし、正しいとは受け入れられないだろう。うーん、これはもう帰った方が良さそうだ。僕は床に散らばった荷物を片付け出した。


「何をしているのです。それを渡しなさいと言っているでしょう。その態度で貴方の心が汚れているのを証明しているのと同じです。フォーニへの数々の卑劣な行動も反省しなくてはなりません」


 僕はその言葉をあえて無視をして、床に落ちていた服に着替えて荷物を整えて、帰り支度をした。三分で出て行く用意が整った。その間もトリージアシスターとフォーニは何やら言っていたが、最初から疑いをかけて悪だと決めつけられていては話も出来やしない。反省させる事を目的とした話し合いなんて無駄だし、腹が立つだけだ。


「短い間でしたがお世話になりました」


「逃げるのですか?」


「いいえ、ちゃんと報告をしに行かせて貰います。一日で終わった事を残念に思います。この様な事をされたのを、しっかりと映像にて報告しますので、フォーニさんそれまでごきげんよう」


 僕の宣言に、フォーニさんが驚いて少し取り乱した顔をした。


「ハッタリだ」


 増悪の籠った目で睨んできた。恐ろしいがこれが彼の姿だと思う。そのまま、帰ろうとドアを通り抜けて外に出ると、見物していた人達が後ろに下がって、道を空けた。まるで罪人を見るというか、汚物でも見るようだし、泥棒とか返すべきだとかうるさかった。

 寄宿舎を出て隣の大きな威厳のある教会に入っていき、しばらく進むと豪華な所とは感じの違う古びた一角の奥の部屋へと歩いて行く。角を曲がって転移装置のある部外者立ち入り禁止の部屋に入ろうとした所で、気配がしたので振り返ったら、フォーニさんが血相を変えて走って来るのが見えた。後ろには教会の警備をしていた人達が舎監の後ろに何人か付いて来ていた。そのまま、あの勢いで来られても怖いので、急いで中に入ってドアを閉めてから転移装置の準備をした。

 スフォラにアストリューに帰ると皆に伝えて貰った。仕事が続行不可能なんて……。でも、これは僕のせいじゃ無いと思う。僕のせいにしたがっているのは彼だから、どうしようもない。排除された僕は素直に帰ろうと思う。帰る場所があってよかった。

 帰ったら、ここの仕事のレポートの中身が酷い物になりそうだと溜息を付いていたら、後ろの扉が開いた。転移が始まったと同時に部屋にフォーニさんが傾れ込んできた。


「行かせるか!」


「え?!」


 転移装置が作用し出した空間に、無理矢理そこにあった椅子を突っ込んできた。バチッという音と共に体中に電撃が走った様な、そんな衝撃を感じた後はどこかに投げ出された。そのまま気を失ったみたいだ。


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