118 微温湯
◯ 118 微温湯
「まあ、誰でも似た空間は作れるが、本人使用しか出来ないのが普通だよね。もしくは意識体のみで本人も入れないか」
「他の人も入れるのは珍しいですわね。招待しても自由にはならなかったりするのですが……」
「そこがアキちゃんの好いところなのよ〜」
「ちょろいだけある」
「マシュさん……」
紫月が空中に海を作ってしまい、時々海水が降ってきて困るから、その海水は勝手に水玉になって空に帰るように怜佳さんと董佳様が作り替えてしまった。色々とハチャメチャな空間は、みんな思い思いに過ごしているみたいだった。僕は雲に乗っかって漂いながら、うたた寝をしていた。
水蒸気で作ったベッドがある意外は、何も無い僕の場所は妖精達の遊び場……遊園地になっていた。いつの間にか家の庭の様に植物が生えて、葉っぱの上に座ったり、わざと大きくした葉のしなりを利用して跳んだりと楽しい事になっている。時々紫月と同じ背丈になったり、スフォラの分体が何倍もの大きさになったりして楽しんでいる。子猫姿の背中に乗っかって散歩も出来る……最高ではないだろうか? 勿論、全身で毛並みを堪能しておいた。
出鱈目なファンタジー空間でのルールは、お互いのいる空間には干渉しないそれだけだった。中央には皆が集まる為の空間も出来ていた。しばらくここに住んで思うのは外の空間の厳しさだった。だけれど、ここにずっと籠ってたらダメだと思う。ここは皆に息を抜いてもらう為には必要だし、この場所はこのままで良いと思う。それでも、だからこそ僕は外に向かおう。皆の世界がそこにあるから。厳しさの裏に愛情を隠している、そんな世界も好きだ。
「……?」
外、アストリューの家にいるのだけれど、なんだか妙な感じだ。妙に皆の気配が近くに感じる気がする。守られているみたいなそんな意志を感じる……なんだろうかこれは。
家族との癒しの循環にも似たそんな流れを感じる。期待と信頼と微笑ましさと色々な愛情を感じる。暖かい。応えるだけでなんだか自身がその流れに乗って意識が広がるみたいだった。
多分、これを僕はずっと知っていた気がする。僕と繋がる皆との絆だ。夢の中でも感じるあの流れを、ここでも感じ取れた様なそんな気分だ。カシガナの夢で揺らぎの中に皆を感じていた。何処までも広がる世界を感じる……不意に痛みと冷たさを感じる世界に行き着く。悪意と敵意に満ちた意志を感じた。直ぐに意識を元に戻した。
「アキ?」
「あ、レイ」
「大丈夫?」
「う、ん」
「そう? まあ、あれは妬みから来てるから、余り気にしなくていいよ」
「妬み?」
「嫉妬。誰でも持つけれど、どう向き合うかは自分次第だね。アキは割と他人に流され慣れてるから気が付いてないけど、多少は持ってるよね。でも巧く付き合ってると思うよ。他人と自分との環境の違いだってちゃんと受け止めてるし、自分の出来る事に集中してるから余り他人の才能には嫉妬を持たないみたいだし。まあ、そこまで気が回ってないというか、助けてもらえれば良いと思ってるよね。甘えではあるけど、それはアキの好い所だから変えなくていいよ。」
「褒めてるのかな?」
「そうだね、アキの周りにはおせっかいが多いから、合ってるよ」
「……」
確かに皆が面倒をみてくれている。紫月も色々と世話焼きだ。僕のせいなんだろうか?
こんな風に念いとか感情のエネルギーが回っているのを感じれたのは、自分以外の世界を受け入れたせいだろうか。あの悪意と敵意。憎しみと妬みそれすらもエネルギーとして回っていた。感情の世界があったと思う。
「感情に負けないで、コントロール出来れば、この流れているエネルギーを取り扱えるようになれるよ。膨大なエネルギーがここに詰まっている。これが分かるのなら、すぐに扱えるようになるよ」
「う、ん……」
「不安になる事無いよ。ゆっくりで大丈夫だからね」
僕は慎重に頷いた。その日はベッドの中で色々と考えた。僕は色々出来ないけれど、それでも皆に助けて貰いながらもこうやっていられている。僕は皆に何か返せているのかな? あの信頼で一緒にいていいんだと思える事に少し心が暖かくなった。この生活をこの繋がりを大事にしたいと願い、そのまま眠った。
夢の中で、僕は色々と思念を受け取った。僕に向かってくる思いは色々だった。感謝や、信心等良く分からない物まであった。たどればオオカミのお守りだった。何だこれ? そんなものを受け取りつつ、困惑と有り難い様な良く分からない、もやっとした感じにもなりつつ楽しんだ。
カシガナもこれと同じものを受け取っているのが分かった。僕よりも先にこの事に気が付いていたみたいだ。さすがだな……カシガナ達からも紫月を通して感じていた好意を感じる事が出来た。僕の人生を変えた出会いだから、正直感謝したり無いのはこっちだと思う。この繋がりをたどって僕を捉えてたんだと気が付いた。案外簡単だったんだ。単純で簡単で難しい。気持ちを掴んでたどるのは、日常の中ではなおざりになりがちだ。
ポースの感情も友情として信頼を貰えているのを感じた。今度はカシガナが、紫月を通してやったように僕がちゃんと気持ちを捉えていよう。きっと、離れていても上手く繋がれると思うんだ。
スフォラも僕の事を支えてくれている。その事にスフォラ自身も誇りに思っているみたいだった。僕からの信頼が嬉しいと思っている、そんな感じだった。当たり前のようにスフォラに頼っていたけれど、どうやらスフォラも色々と努力していたんだと気が付いた。ここまで来たら機械だなんて、やっぱり思えない。大事な仲間だ。
家族もここからでもどんな気持ちを持っているのか分かった。皆、心配と呆れとそれから愛情と信頼そんな感じだった。危険な事は無いと言いつつ、色々と危険を持ち込んでいるのだからどうしようもない。反論は出来そうにない。
色々な感情のお風呂に入っているみたいだ。気持ちよく、カシガナとしばらく揺れてそれを楽しんだ。感謝と親しみの念を込めて送り出す。きっと届いていると思うけど、僕の力が届く限り優しく緩やかに広がる波紋を届けるんだ。紫月が波に乗って歌っている気がする……。
「朝?」
「おはよう。アキ」
「おはよう……」
随分機嫌の良さそうなレイが、隣でノビをしながら起き上がった。
「朝から紫月が歌ってるよ。行こうか」
「うん」
あれは夢じゃなかったのかな。まあ良いか。僕達は階下に降りてマリーさんの朝食を一緒に食べた。朝日が眩しいけれど、外に出て紫月と一緒に歌った。ポースが伴奏を付けてくれた。レイも一緒に歌っている。猫スフォラは僕の肩に乗ってしっぽでリズムをとっている。マシュさんはコーヒーを片手に庭のカフェテーブルに陣取って、マリーさんはその横で新しい服のデザインを描いていた。




