117 箱庭
◯ 117 箱庭
事件から暫くして、やっと気持ち的にも落ち着いてきた頃、ヘラザリーン達の行方が掴めなくなった、と死神の組合から連絡が入ったみたいだった。どう考えても外部からの支援が無いと、あそこからは出られないという所まで追い詰めていたというのに、忽然と消えたというのだ。何処に逃げたのかは分からなくて追跡も途絶えてしまったみたいだった。この失態は大きく返ってきそうだとレイも深刻な表情だった。
「まあ、管理組合の内部の方の人間も一緒に消えたから、誰が協力していたかははっきりしたからね。その周りにいる人達も調べて、異常が無いか確かめているよ。嫌な事に、うちとは違った似た様なブランダ商会と繋がりの深い人物だったから、そっちにも伝えたけど……そこのブランダ商会は協力的じゃないんだよ。うちより金勘定第一主義だから、邪神だろうが悪神だろうが何でも取引するみたいなんだ」
「そんなところがあるんだ」
「そうなんだよ。うち程神格のある者は揃ってないけど……まあ、それも何処から神格があるとするかも違うからね。うちからしたらまだまだって感じでも、神だと定義する場合もあるからね。まあ、全く違うところだと思ってよ」
「そうなんだ、そんな事まで違うんだね」
定義を決めるって大変そうだ。僕には分からないよ。
「取り敢えず、これまで以上に気をつけないとダメだからね。地球もまた警戒態勢に入ったよ」
董佳様も大変だ。何も無いと良いけど……。僕はお茶を入れ直してレイに渡した。
「ところで、アキは空間の扱いはどのくらい出来るようになったの?」
「う……えーと、一応は成長したよ」
僕は大きさを手で表してみた。大体みかん箱くらいかな?
「ふうん、自分が入れるくらいの大きさを作れたら、こないだの爪の長い女の子が作ってた空間の術ぐらいは扱えるようになれるよ。それに、ちゃんと外に出て来れてたから、多分もう少しだよ」
「うん、頑張るよ。ヘッジスさんにも言われてるから……」
空間内の法則は作る術者で随分変わるみたいだ。レイみたいな力のある人がやると、もう一つくらい世界を作ってしまえたりするみたいで、どんな感じにも出来るみたいだ。
だけど、僕ぐらいの術者だと自分の傾向が強く出るみたいだった。まあ、僕の空間は伸びるみたいで多少大きくても何故か入る。自分の空間を使って作った四リットルくらいな容量の収納スペースもそんな感じだ。
自分で収納する空間を作れる人は多いけど、たいてい何を入れたか忘れて整理出来ないからこういうリスト化される機能を付けた物は必要だと言っていた。自分で作れる人が結構いるのか……。確かに僕にも少し出来るのだからみんな出来て当たり前か。
「レイとかはその空間の入れ物は、要らないんじゃないの? 自分で作れるんだよね?」
僕の作ったアクセサリーを見て聞いてみた。
「アキの作った物だし、割れ物も優しく包んでくれるし、傷が付かないから良い感じだよ。ボクの空間はリストがないから細々した物はこっちに入れる方が良いしね。マシュが時間の制御もこれには付けてけてくれたしね」
どうやら僕の空間の使い勝手を調べてくれてるみたいだった。
「え、そうなんだ? 僕のには付いてないよ?」
「そりゃ、自分で出来るようにって、マシュの計らいだよ」
「う……」
そ、そうだね、何でも頼りすぎたらダメだね。頑張るよ……。
「その調子だよ。まあ、時間はかなりゆっくりだよね、アキの空間は。そういえば、時間制御してないのに、暖かい物を入れてそのまま放置しても冷えないってマシュが首を傾げてたよ。熱は逃げない空間なのかな? 熱伝導が無いのって不思議だよ」
それは、僕も聞いた。マシュさんが今、調べてくれてる……僕には分からない事だから。多分、僕の空間の認識のおかしさが出てるんだと言ってた。……随分矛盾したところがあるみたいだ。
その後、マシュさんが調べた事を報告してくれた。冷めても良いと思った物は冷めてるから、空間を使う意志の問題みたいだ。僕の空間は随分都合よく動かせるみたいで、レイが傷を付けたくないと思ったらそんな感じに作用して、マシュさんが書類の入れ替えを思ったら出来て、とめちゃくちゃならしかった。マシュさんがファンタジー空間だ、と呆れるくらいだったから。
時間が止まると思ったら止まるのかというと、その機能はなかったらしい。頑張れと言われた。それが出来たら、かなりおもしろいからと言われた。確かに使う方からしたら、便利空間を手に入れたのと同じだ。生き物が入れると思えば入れるし、植物も育つと思えば育つ。
普通は僕の意志をねじ曲げないと、空間は変わらないのに使う者の意志を尊重するように、変わってしまうのだから他人にも随分都合のいい物だと言われた。
「じゃあ、ボクが時間が止まる効果を付けていれたら、そのまま保ってくれちゃうの?」
レイが首を傾げてマシュさんに聞いた。
「そうだな、使う人間の効果の追加も出来る事が分かった。時間制御の機能を付けたのに、実は要らなかったみたいだ。レイとメレディーナなら、自分で好きな効果をどんどん追加したら良い」
「あたしが頑丈になる効果を入れたらそうなるのね〜?」
「……柔軟性が損なわれる可能性があるが、部分的にならありだろう。空間の安定化とかを補えば良い」
「じゃあ、僕が小さくなって入れって思ったら小さくなる?」
クッキーを食べて縮んだり大きくなる物語を思い出しながら、テーブルの上に置いてあったクッキーを手に取って聞いてみた。
「……確かめてない」
マシュさんがはっとした表情になってから、こっちを怪しげな物を見る目で見られた。
「質量とかも無視だね? 確かに沢山入ると思ってた」
皆の視線が痛い。
「う……」
「よし、実験だ」
結果はまあその、出来た。皆で中に探検しに入ってみるという事までやった。かなり小さくなれたので、ここの庭がすっぽり入るくらいの空間にまで感じれた。
「うわあ、アキ、これなら何でも入るよ。ボク、中に家を造っちゃおうかな」
「良いですわね、プライベート空間ですね? 貴重な素材の物が、この空間では大きさを変えれる為に大量に使えますね。物質の変換も容易ですし……実験室にしたいですわ。ここでしか作れない物が完成しそうですわね」
メレディーナさんも楽しげだ。
「好きに出来るのは助かる。書類が空中に収納出来るのは良いな。思っただけでこっちに転移してくる。現実空間の書類が簡単に管理出来るのは面白い。スフォラー経由で残りも全部管理してしまうか」
整頓嫌いのマシュさんらしい意見だ。
「アキちゃん、それは……あたしもしたい〜」
僕は水蒸気のベッドで横になってみた。うん、質量が無視なら出来ると思った。ファンタジー空間なら、ありだよね。
「童話の世界だね? アキの中身がお子様だって良く分かったよ」
レイが呆れつつも同じように雲のベッドを作っている。
「う、でも、皆楽しんでるし……」
「だが、まあ良い空間だ」
マシュさんがフォローしてくれた。
「そ、それなら好いと思うんだけど?」
「キャー、あははは」
マリーさんはレイの作った虹の上を滑って喜んでいた。光にも乗れてしまうのか……本当にへんてこ空間だ。これぞ、ナンセンス? うん、なんか分かった。もうこの空間はそれを追究する事にしよう。妖精達の遊び場に変えてしまおうと皆で計画した。
マリーさんが皆の三倍は大きくなってガオーとか言っている。レイはノリノリで、キャーと悲鳴をあげつつ張り扇で応戦し、ぴこぴこハンマーとの戦いが始まった。その横で僕はスフォラの分体に光のベールで作ったウサギの着ぐるみを着せていた。ちゃんと肉球付きだ。外ではフサフサの感じには中々出来なかったけれど、ここでなら出来た。
さっきからマリーさんにもクマの着ぐるみを着せて、妖精達との追いかけっこに迫力を……いや、シュールさを出してみている。レイは犬着ぐるみを嫌がったので。僕が着ている。うーん、この中で映像を撮って、映画化しても面白いかもしれない……非現実的な事が当たり前に出来るのだから。メレディーナさんは何やら色々な色の水玉を沢山空間に並べて混ぜ合わせていた。
皆の無茶な楽しみがカオスになり飽きてきた頃、僕達はアストリュー空間に帰ってきた。
「夢の世界にも似た感じだね?」
「そうだな。精神世界との繋がりが強いな」
「レイカちゃんと仲がいいのも分かるよ。夢界と魔法世界が巧く混ざってるよね」
「妖精達の影響も受けてそうだな……」
「あれだけ遊んだのに疲れなかったわ〜」
「そうだね、楽しんだからだね。メレディーナ、何書いてるの?」
「実験のリストですわ。生物も植物も育つなら、色々と試したいですし……アキさんに合いそうなお薬とかが出来そうですわ」
メレディーナさんは楽しそうだった。
「確かに、アキの空間で作れば面白い物が出来るな……空間をこれに繋げて、部屋にしてしまうかな?」
「あら、好いですわね」
どうやら、皆は色々と実験の為に計画を立て始めたみたいだった。僕のみかん箱の大きさの新しい空間をマリーさんが安定化させ、マシュさんが家のメインシステムに繋げ新たに部屋を追加した。
小さなドアを開けると、中に入る時には吸い込まれるように小さくなって、向こう側に行ってしまう。何とも不思議な部屋が出来上がった。みかん箱の大きさの空間内はみんなの家が出来上がっていた。神殿とも繋がっているので、メレディーナさんはそこからこっちに尋ねてくるようになった。
僕の便利空間は怜佳さんと董佳様の地球の家とラークさんの神殿にも入口が作られた。みんな好き勝手に色々と試して行って、遊んでいた。外とは全く違う馬鹿馬鹿しさが、そのまま詰まった空間は好評だったが、危険も多かった。
中に入る人を制限しないと、危ない物が色々と出来てしまうからだ。危険思想の人間は、入れる事は出来ないと言われた。
例えば、レイとかなら、いきなり他人の時間を止めたりとかも自在に出来てしまうし、危険物を作るのも容易いみたいだった。ただの張り扇で叩いただけで、心臓が止まるとか何でもありだったからだ。そういうのは気をつけないとダメだから、早く他人を入れない何かを持たないとダメだと注意された。
やっぱりそこになるんだ。皆を危険に晒すのは嫌だ、でも何となくイメージは出来てきたと思う。




