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102 誘惑

 ◯ 102 誘惑


 ヘッジスさんから、この前の女性達から、謝罪をしたいから会って欲しい、と頼まれたと実に嫌そうな表情でスフォラの画面越しに言われた。……さて、どうしたもんだろう。


「えーと、実は明日から出かけるんです。なのでその後でも良かったら……」


「用があると言っておく。手間を取らせた」


 何故か嬉しそうな顔で、帰ってくる日程も聞かずに通話を切られた。……良いんだろうか? 


 明日から、新人恒例のランダムテストに引っかかったので、仕事という名のテストに出かける事になった。

 今日はその準備と注意事項を読んで対策を練っていた。持ち物には制限がされてなかったけれど、自分の持ち物を用意するように書かれていたので自分の荷造りをする事にした。

 魔法陣の開発もまた少しやったのでお金には困っていなかった。マリーさんとの靴下の売り上げもそこそこ良いし聖域の管理やカシガナの魔法アイテムの開発も順調な為、自分専用の移動用の収納スペースを買って荷造りした。

 ……ちょっと痛かったけれど、収納スペースはマリーさんのよりも少し大きめのを買った。

 集合場所は寒冷地なので服もかさばるし、寒いのは苦手なので準備は万端だ。組合の事だから普通の服も少し用意しておいた。現地ファッションに似た服も少し用意して荷物は多めだ。

 あったかグッズとあったかご飯、あっためグッズに予備の食料まで詰め込んで、チョコレートもポケットに常備する事にした。どんなサバイバルだと言わんばかりの重装備だ。これだけやれば遭難する事は無いと思う。


「これ、最新のモデルね〜?」


 収納スペースを指さしてマリーさんがしげしげと見ていた。マリーさんのは肩掛けの小さなカバン風だったけれど、僕の買った物はただの丸いペンダントみたいな感じだ。重さも殆ど無いしスフォラ経由で内容リストから選択するだけで自分の前にある空間からムニュッと出てくる。


「うん。もし使う事があったら、言ってくれたら良いよ?」


「ありがとう。大丈夫よ〜、これを出せばグレードアップさせる事も可能だから問題ないわ〜」


 どうやら、収納スペースは空間の拡張やら、外観の変更が出来るみたいだった。その場合はお値段はそんなに掛からないみたいだ。一度買えば時々メンテナンスすれば使い続けれる感じだ。

 一応、この前の経験から、小さめの旅行バッグは持っている。リュックタイプだから両手が空くのが良い。靴はマリーさんと開発した蒸れない防水ブーツと試作のスニーカーを用意した。スニーカーも蒸れないし防水だ。空を歩く事も出来るけれど、普通に飛んだ方が良い感じだ。スフォラが空を飛ぶ時の方向転換に宙を蹴って遊んでいる。手袋もその機能を付けたら面白いかもしれないけれど、それはまだ製作中だ。


「あ、手袋だ」


 考え事をしていたら、忘れた物に気付いた。必須だ。防水使用の蒸れない手袋を予備と一緒に入れて、マフラーと耳当て付きのキャップも一緒に入れておいた。ついでにそこにあった暖め効果付きの膝掛けまで入れた。収納スペースがこれで半分埋まった。

 出来ればお土産のスペースも余裕を持って空けておきたいので、圧縮袋が欲しい。そういった便利グッズは日本は多いと思う。日本の神界で旅行用の圧縮袋を買って来た。背中のリュックに入れておいた防水使用のダウンのコートが半分以下になった。その他の物を引っ張り出して魔法で空気を抜いて圧縮していく。その様子をマリーさんが見ていた。


「布団だけじゃなかったのね〜」


「うん、母さんが良くこれで旅行の用意をするから……。冬物は便利なんだよ」


 荷物は収納スペースの三分の一に減った。これで良しとした。


 次の日、現地について自分の甘さに愕然とした。寒冷地ってまさかマイナス二、三十度とかの世界だとは……殺す気ですか? 管理組合が直接管理している世界らしく、ブレンダナードという名だった。現在地は冬の時期なのは見ての通りで、氷雪の世界だった。

 外に出て体感した早朝の空気は業務用の冷凍庫の中のようだった。砂漠といい氷雪といい、綺麗な程厳しいんだろうか?

 兎に角、スキーゴーグルを持ってきて良かった。目深に帽子を被って顔までマフラーでぐるぐる巻きにした自分の姿はどう見ても不審者だけれど、周りの十五人もそんな感じだった。

 持って来たあったかグッズが大活躍だ。靴の中敷を、暖め効果のある物に早速変更し、膝下ブーツに履き替えた。リタイアは自由だと書かれていた理由が分かった。準備不足だと感じたら帰った方が良い。リタイアする時は報告すれば、ここから出て行ける。

 仕事は犬ぞりで村から村に荷物を運ぶ事だった。大体三日ぐらい掛かる距離を進む。……野宿は無いみたいで良かった。一日休んでから、来た道を帰ってくるので一週間だ。天気に寄ってはもっと時間が掛かるかもしれなかった。

 四匹の犬達との息が合わないとそりは難しいみたいで、まずはそりの講習と訓練が同時進行で行われ村までのルートが手渡された。三チームに分かれそれぞれ違うルートで進み、向かう村も違っているようだ。

 移動隊のジグ隊長について後ろを走りながら、カーブが遅れるのを注意されつつ二時間の講習は終った。なんとか合格が貰えたので、仕事することになった。

 荷物が詰まれたそりを四匹の犬達と運ぶ。なんて好い仕事だ。休憩中は犬と好きなだけ戯れて良いなんて……もふり放題じゃないか!! かなり大型のフサフサ犬の毛皮にターゲットをロックオンした僕には最早、仕事だという意識は片隅あたりに追いやられていた。

 しかし、現実は甘くなかった。犬は僕達がすぐにいなくなるのを分かっていて、隊長の言う事しか聞かなかった。そりの手綱を握っている僕なんて、これっぽっちも気にしてなかった。単に隊長命令だから、仕事の間だけ言う事聞いてくれてたのだと最初の休憩で思い知った。目の前にあるもふもふが隊長に向かって駆けていくのを寂しく見送り、雪原に膝と手をつき、


「やっぱり猫が良い」


 と、泣いた。が、こんな最初から諦めてどうするっ!? 犬達の後ろ姿のフリフリしっぽがおいでおいでと誘っているみたいだ。


「群れのトップと仲良しになれば、行けるかな?」


 スフォラに慰められられながら、犬と戯れる作戦を考えていた。


「ねえ、あなた。名前は? 私はナーセイ」


 後ろのそりの所にいた人物が声を掛けて来たので振り返った。


「あ、僕はアキ、よろしく」


「何だ男か。まあ、よろしく」


 挨拶したら、そう言って他の人に声を掛けていた。なんだったんだろう? まあこんな格好じゃ、男も女も分からないか。僕は目つきの悪いクマみたいな外見のジグ隊長の所に勇気を出して行った。

 地図のポイントを見ながら、何処にいるかを聞いて、スフォラとルートの感じから、何回休んだら今夜の休憩所に着くかを計算した。犬達にじっと見られたり唸られたりしつつ、次の休憩時間の確認をした。次はもう少し長めに移動するから、トイレを済ませておけと注意された。僕はその事を離れた位置にいた皆に伝えておいた。


「……セクハラで訴えてやる!」


「え? そんな、隊長から聞いた話なのに……」


 隊長と僕の他は全員女性だった。その中の一人がきつい口調で言って来た。これはスフォラに映像を保存しておいて貰おう。


「そんなの、女性に向かって言う事じゃないわ。デリカシーが足りないわよ」


 イライラした口調でセクハラ発言した人の隣にいた女性も同調した。声からしてさっき声を掛けて来たナーセイさんの声だった。


「こんな雪原の真ん中で出来る訳無いでしょ? あんたとは違うのよ!」


「…………」


 これ以上の発言は控えた方が良さそうだ。多分トイレを我慢して苛ついてるだけだと思う。しかし、僕に切れられても困るんだけどな。


「分かったよ。隊長の方に行くから。じゃあ」


 後ろから何よあれは、生意気とかむかつくとか聞こえて来た。でも、僕もこんな事で訴えられるのは遠慮したい。僕が離れればすると思うんだけど……荷物の影に隠れるとか色々方法があるはず。できれば冷静になって欲しい。


「あ、隊長、彼女達に伝えたんですけど、セクハラだって言われました。訴えられたらどうしましょう?」


「あ? なんて言ったんだ」


「次の休憩はさっき走ったよりも長く走ってからだから、トイレは行っておいた方が良いって言いました」


 ついでにスフォラの映像を見せてみた。


「…………。あー、めんどくさい女は嫌いだ。以後、伝達よろしくな?」


 目を逸らされた。


「そんな、酷いです!」


「評価下げるぞ?」


 今度は睨みをきかせて脅された。


「パワハラです!」


「このぐらい乗り越えろ。ちゃんとそこも見るぞ!」


 指をさされたが食い下がった。


「上手い事言って逃げてるのはジグ隊長な気がする!」


 指をさし返した。


「はい、減点!」


 意外とノリが良い?!


「心が狭いです! 隊長らしくフォローも少しはしましょうよ。隊の面倒は見ないとダメですよ?」


「ぐ、痛い所を〜。中々やるな!? だが、断る!」


 少しひるんだ後は開き直ったみたいだ。


「むう〜! トイレ行ってきます」


 大分食い下がったが、ダメだったか……。僕は雪原の先に向かって進んだ。女性達とは逆の方向だ。適当に魔法で穴を掘って、そこにして埋めておいた。後ろから隊長も付いて来ていて、似た様な感じで用を済ませていた。そりの所に戻って、犬達を繋ぎ始めた。

 女性達も少し手間取っていたが終ったみたいだ。軽く、指示を出すと犬達が進み始めた。良く訓練されている。

 目の前のフサフサしっぽに癒されながら進んだ。次の休憩はお昼休憩だ。温か効果の膝掛けを掛けてジグ隊長に配られたご飯を開けてみた。……冷たいスープと冷たいパン。そんな気はしていたので、練習しておいた魔法で暖めてから食べた。お昼の気温はマイナス十五度前後まで上がっていたので朝の冷え込みから比べたらましだった。犬達にもご飯が与えられていた。水と犬用の餌を貰ってめちゃくちゃ嬉しそうだった。


「普通は女の所に行くだろう。……なんでこっちに来る」


 僕がジグ隊長の横を陣取っていたら、横目で睨まれた。


「犬が可愛いから」


「なんだ犬が目当てか? 人懐っこいから仲良くなれるはずだ」


 急に声が優しくなった。この人も動物には弱いみたいだ。


「本当ですか? 犬はあんまり分かってなくて……。家は猫派だから」


「何、簡単だ。無害だって分かれば寄ってくる。ビギーは好奇心が強いから既にお前の事を気にしてるぞ、もうちょっとしたら寄ってくるから仲良くしたら良い」


「はい。ありがとうございます」


「いつもこの試験の時は人間にも避けられるから、何の下心かと思ったぜ。ホッとした」


 ……確かに取っ付きにくい顔だと思う。仕事なのに未だに女性達が近寄ってこないから、何となく気の毒になった。

 食事の休憩時間の一時間が終わってまた出発した。勿論、ちゃんと用は済ましておいた。女性達の方向とは逆の方向に進んで隊長と犬と一緒に。……少しは打ち解けて来たみたいだ。


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