表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CHERRY  作者: のの
8/35

7

「ねぇ吉原」

「何」

「これって必ず2人でやらなきゃいけないの?この、図書当番って」

「別に、そういうわけでもないと思うけど」

「じゃあどっちか1人でよくない?」

「交代制で?」

「え、交代制で?」

「お前、俺に一週間ずっとやらせるつもりだったのか?」

「いや、まぁ、ええと、じゃあ、こうしよう。ええと、今日は何曜日だっけ」

「火曜」

「じゃあ、こうしよう。火曜日はしょうがないから、2人で出るとして、月・木と水・金に分けよう。で、吉原は月・木に当番に出る。で、おれは水・金に休む」

「お前それ火曜しか出て無いぞ」

「あ、ちくしょうバレた」

「ふざけんなよ」

おれと吉原がこんなことをくっちゃべっているのは、暇で暇で仕方がないからであり、暇で暇で仕方がないのは、図書当番の仕事が、ほぼ皆無に等しいからである。

図書当番の仕事、というのは、図書室の本の貸出し、及び返却、には、それなりの手続きが必要なのであって、その手続きの受付。これが、図書当番の仕事である。

しかしこの図書室、市立図書館並みの広さであるが、いや、利用者はたしかに多い。がしかし、こんなに利用者がいるにもかかわらず、この図書室の、貸出しシステム。返却日を忘れていても、親切に図書室の方からお知らせをしてくれる。予約制もアリ。という、非常に便利なシステムを、この多くの図書室利用者たちは、いかんなぁ、有効利用しようとしないのである。

図書室利用者たちは、実際はあんまり面倒ではないのだが、本の貸出しシステムの手続きは面倒、年金をもらえるようになる手続き並みに面倒、と決めつけ、貸出しシステムを避け、図書室の一角には、ご丁寧に机と椅子が並んでいるものだから、その並ぶ席のどれかに座り、その場で本を読んでしまう。

図書室利用者たちは、大抵それで済ませ、家でもこの本が読みてぇわ、という考えには至らないのである。

したがって、この、図書当番の仕事は、暇で暇で仕方がない。

吉原なんて、ほらね、本読んでんじゃん。ね、だから1人でも十分なんだってば。てかむしろ、1人も必要無いんじゃないの?

「吉原ぁ、おれ帰りたい、おれ教室に帰りたいよ」

「帰しません」

「違うんだ吉原、ここじゃないんだよおれの居場所は」

「いいや、お前の居場所はここだぞ、神波」

吉原はにっこり笑った。

ううむ、やはり一筋縄ではいかぬか。

「ねぇ吉原」

「何」

「なんか視線を感じない?」

「………あぁ」

あぁ。

久々に聞いたぜ、吉原の口癖。

いや、久々に聞いたぜ、ってんなら、これ、別に吉原の口癖でもなんでもないんじゃないの。とおれは気付いた。

「うお、なんじゃありゃ」

図書室の入口に目をやると、女子生徒。しかも5人。あれ、6人?

「ねぇ、あれって、吉原目当てなんじゃないの?」

「……俺はそうでもないと思うが」

吉原は本から目を離さずに言った。

クールだ。

なんか少女マンガの主人公の憧れの人みたいな、なぁんか、完璧なんだよなぁ、吉原って。

本当に、羨ましいことこの上ない。

女子生徒の一人と目があったので、手を振ってみようかなと思ったが、いやしかしこれで彼女が吉原を見ているのだとしたらおれ、超恥ずかしくね?と思慮深いおれは考え、とりあえず、ごまかせる程度に、にこ、と彼女に笑いかけてみた。

すると、きゃあ、笑った、きゃあ、と彼女は唐突に叫び出し、え、もしかしておれのせい?おれの笑顔の不気味さに彼女、発作を起こしてしまったのかしら、と吉原に救いを求める視線を向けるが、吉原はやはり本に熱中しているのである。まったくもう。

「ねぇ吉原ぁ、どうしよう、おれのせいで一人の尊い正気がぁ」

「まぁ、女の考えていることなんて、男にはわからんものだよ」

なんか吉原が難しげなことを言うので、おれは、そうなの?と聞き返すが、薄情なる吉原は、もうだめである。完全無視である。

まてよ。

今の吉原にとって、群れる女子生徒たちのことで喚くおれなど眼中にない。つまり、どういうことなのかというと、このノリで行けばおれ、解放してもらえるかもしれないんじゃん?

「じゃあ吉原、おれもう教室に」

「こら」

やっぱだめですかそうですか。

「あの」

不意に降ってきた声に顔を上げると、カウンター越しに、一人の少女が立っていた。

「はぃ?」

「えっと、本を、借りたいんですけど」

「え」

なんですと。

「じゃあカードかして」

珍しすぎる貸出しシステムの利用者に、おれが少なからず動揺している隣で、吉原は手慣れたように少女に指示した。

って、おれ、もしかしてこの、図書当番の仕事、つまり、本の貸出しの受付、の手順なるものを、知らないんじゃないの。

これはマズイよぉ、って、おれはすぐに吉原にそれを報告することにした。

「ねぇねぇ吉原」

「どうした?」

「あのさ、おれ、手順わかんないんだよねぇ」

「何の」

「この、貸出しと、返却の」

「わかんないって……お前、本借りたこと無いの?」

「そういえば無いんだぁ」

「よく図書室にいるの見てたから、てっきりそういうのわかってるんだと」

「や、おれ、図書室で読んじゃうタイプなんだよね、家で読もうって気になれないっていうか」

「そうか。でも今の見てただろ」

「今のって?」

「貸出し」

「あ、さっきの女の子の?」

「そう」

「あのさ吉原」

「見てなかったんだな」

「うん、ごめん」

「まぁ……いいさ」

「待って、がんばって思い出してシュミレーションしてみる」

「うん、シミュレーションな」

ええと、まず、利用者が、あの、本借りたいんですけど、と言う。おれは、吉原のように、じゃあカードを、と言う。すると利用者はおれにカードを差し出す。おれは傍らのコンピュータにカードをかざす。そしたら、ええと、何だ。

「とりあえずカードを洗って」

「待て待て待て待て待て」

む。

「何故洗う」

「汚れてたらいけないでしょ」

「洗ったら機械が読み取れなくなるだろ」

「そなの?じゃあなんでここに都合良く水道と洗剤があるのさ」

「これは手洗い用。そしてそれは洗剤ではなくハンドソープ」

「えぇ?こんなところで手なんて洗わないでしょ」

「知らねぇよそんなこと、この図書室設計した人に聞けよ」

「だよねぇ、吉原、しがない図書委員だもんね」

「なんか無性にむかつくぞ」

「もういいよ、シュミレーションの続きね」

「だから、シミュレーションだって言ってるだろ、ばか」

「あっ、吉原は今おれの心を傷つけた」

「はいはいそうかよ。で、何がわからないんだ?」

「あぁっとね、カードかざすとこまでいったよ」

「じゃあこのスタンプを本の最後のページ、ほら、紙が貼ってあるだろ、これに押す。この日付が本の返却日な」

「へー」

「本当にわかってるのか、お前?」

「大丈夫だよう、そんなにバカじゃないもん」

「そーですか」

「じゃあシュミレーションに戻ろう」

「あぁ、もういいよ、シュミレーションでいいよもう」

「おっけぇ、貸出し完了だぜ、イェーイ」

「………。そんじゃ、次は返却な」

「えぇ、まだやんの?」

「返却もできなきゃ、明日お前一人でできないだろうが」

「え、明日おれ一人なの?」

「お前が言ったんだろ、水・金は神波の当番だって」

「まじで?」

といったかんじのやりとりが昼休み中続いた結果、おれは雰囲気をちゃんとふんいきと読むから偉い、そして吉原は天然である、という結論に至ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ