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「ねぇ吉原」
「何」
「これって必ず2人でやらなきゃいけないの?この、図書当番って」
「別に、そういうわけでもないと思うけど」
「じゃあどっちか1人でよくない?」
「交代制で?」
「え、交代制で?」
「お前、俺に一週間ずっとやらせるつもりだったのか?」
「いや、まぁ、ええと、じゃあ、こうしよう。ええと、今日は何曜日だっけ」
「火曜」
「じゃあ、こうしよう。火曜日はしょうがないから、2人で出るとして、月・木と水・金に分けよう。で、吉原は月・木に当番に出る。で、おれは水・金に休む」
「お前それ火曜しか出て無いぞ」
「あ、ちくしょうバレた」
「ふざけんなよ」
おれと吉原がこんなことをくっちゃべっているのは、暇で暇で仕方がないからであり、暇で暇で仕方がないのは、図書当番の仕事が、ほぼ皆無に等しいからである。
図書当番の仕事、というのは、図書室の本の貸出し、及び返却、には、それなりの手続きが必要なのであって、その手続きの受付。これが、図書当番の仕事である。
しかしこの図書室、市立図書館並みの広さであるが、いや、利用者はたしかに多い。がしかし、こんなに利用者がいるにもかかわらず、この図書室の、貸出しシステム。返却日を忘れていても、親切に図書室の方からお知らせをしてくれる。予約制もアリ。という、非常に便利なシステムを、この多くの図書室利用者たちは、いかんなぁ、有効利用しようとしないのである。
図書室利用者たちは、実際はあんまり面倒ではないのだが、本の貸出しシステムの手続きは面倒、年金をもらえるようになる手続き並みに面倒、と決めつけ、貸出しシステムを避け、図書室の一角には、ご丁寧に机と椅子が並んでいるものだから、その並ぶ席のどれかに座り、その場で本を読んでしまう。
図書室利用者たちは、大抵それで済ませ、家でもこの本が読みてぇわ、という考えには至らないのである。
したがって、この、図書当番の仕事は、暇で暇で仕方がない。
吉原なんて、ほらね、本読んでんじゃん。ね、だから1人でも十分なんだってば。てかむしろ、1人も必要無いんじゃないの?
「吉原ぁ、おれ帰りたい、おれ教室に帰りたいよ」
「帰しません」
「違うんだ吉原、ここじゃないんだよおれの居場所は」
「いいや、お前の居場所はここだぞ、神波」
吉原はにっこり笑った。
ううむ、やはり一筋縄ではいかぬか。
「ねぇ吉原」
「何」
「なんか視線を感じない?」
「………あぁ」
あぁ。
久々に聞いたぜ、吉原の口癖。
いや、久々に聞いたぜ、ってんなら、これ、別に吉原の口癖でもなんでもないんじゃないの。とおれは気付いた。
「うお、なんじゃありゃ」
図書室の入口に目をやると、女子生徒。しかも5人。あれ、6人?
「ねぇ、あれって、吉原目当てなんじゃないの?」
「……俺はそうでもないと思うが」
吉原は本から目を離さずに言った。
クールだ。
なんか少女マンガの主人公の憧れの人みたいな、なぁんか、完璧なんだよなぁ、吉原って。
本当に、羨ましいことこの上ない。
女子生徒の一人と目があったので、手を振ってみようかなと思ったが、いやしかしこれで彼女が吉原を見ているのだとしたらおれ、超恥ずかしくね?と思慮深いおれは考え、とりあえず、ごまかせる程度に、にこ、と彼女に笑いかけてみた。
すると、きゃあ、笑った、きゃあ、と彼女は唐突に叫び出し、え、もしかしておれのせい?おれの笑顔の不気味さに彼女、発作を起こしてしまったのかしら、と吉原に救いを求める視線を向けるが、吉原はやはり本に熱中しているのである。まったくもう。
「ねぇ吉原ぁ、どうしよう、おれのせいで一人の尊い正気がぁ」
「まぁ、女の考えていることなんて、男にはわからんものだよ」
なんか吉原が難しげなことを言うので、おれは、そうなの?と聞き返すが、薄情なる吉原は、もうだめである。完全無視である。
まてよ。
今の吉原にとって、群れる女子生徒たちのことで喚くおれなど眼中にない。つまり、どういうことなのかというと、このノリで行けばおれ、解放してもらえるかもしれないんじゃん?
「じゃあ吉原、おれもう教室に」
「こら」
やっぱだめですかそうですか。
「あの」
不意に降ってきた声に顔を上げると、カウンター越しに、一人の少女が立っていた。
「はぃ?」
「えっと、本を、借りたいんですけど」
「え」
なんですと。
「じゃあカードかして」
珍しすぎる貸出しシステムの利用者に、おれが少なからず動揺している隣で、吉原は手慣れたように少女に指示した。
って、おれ、もしかしてこの、図書当番の仕事、つまり、本の貸出しの受付、の手順なるものを、知らないんじゃないの。
これはマズイよぉ、って、おれはすぐに吉原にそれを報告することにした。
「ねぇねぇ吉原」
「どうした?」
「あのさ、おれ、手順わかんないんだよねぇ」
「何の」
「この、貸出しと、返却の」
「わかんないって……お前、本借りたこと無いの?」
「そういえば無いんだぁ」
「よく図書室にいるの見てたから、てっきりそういうのわかってるんだと」
「や、おれ、図書室で読んじゃうタイプなんだよね、家で読もうって気になれないっていうか」
「そうか。でも今の見てただろ」
「今のって?」
「貸出し」
「あ、さっきの女の子の?」
「そう」
「あのさ吉原」
「見てなかったんだな」
「うん、ごめん」
「まぁ……いいさ」
「待って、がんばって思い出してシュミレーションしてみる」
「うん、シミュレーションな」
ええと、まず、利用者が、あの、本借りたいんですけど、と言う。おれは、吉原のように、じゃあカードを、と言う。すると利用者はおれにカードを差し出す。おれは傍らのコンピュータにカードをかざす。そしたら、ええと、何だ。
「とりあえずカードを洗って」
「待て待て待て待て待て」
む。
「何故洗う」
「汚れてたらいけないでしょ」
「洗ったら機械が読み取れなくなるだろ」
「そなの?じゃあなんでここに都合良く水道と洗剤があるのさ」
「これは手洗い用。そしてそれは洗剤ではなくハンドソープ」
「えぇ?こんなところで手なんて洗わないでしょ」
「知らねぇよそんなこと、この図書室設計した人に聞けよ」
「だよねぇ、吉原、しがない図書委員だもんね」
「なんか無性にむかつくぞ」
「もういいよ、シュミレーションの続きね」
「だから、シミュレーションだって言ってるだろ、ばか」
「あっ、吉原は今おれの心を傷つけた」
「はいはいそうかよ。で、何がわからないんだ?」
「あぁっとね、カードかざすとこまでいったよ」
「じゃあこのスタンプを本の最後のページ、ほら、紙が貼ってあるだろ、これに押す。この日付が本の返却日な」
「へー」
「本当にわかってるのか、お前?」
「大丈夫だよう、そんなにバカじゃないもん」
「そーですか」
「じゃあシュミレーションに戻ろう」
「あぁ、もういいよ、シュミレーションでいいよもう」
「おっけぇ、貸出し完了だぜ、イェーイ」
「………。そんじゃ、次は返却な」
「えぇ、まだやんの?」
「返却もできなきゃ、明日お前一人でできないだろうが」
「え、明日おれ一人なの?」
「お前が言ったんだろ、水・金は神波の当番だって」
「まじで?」
といったかんじのやりとりが昼休み中続いた結果、おれは雰囲気をちゃんとふんいきと読むから偉い、そして吉原は天然である、という結論に至ったのだった。