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CHERRY  作者: のの
7/35

6

チャイムと共に皆が散り、教室ではお決まりのグループがお決まりの場所を陣取る。

昼休みである。

おれがいつものように母さんお手製のお弁当を広げていると、おれの正面を日野が陣取り、日野の隣を宇垣が陣取った。これもお決まり、いつもどおりの現象である。

「いただきます」

おれが手を合わせると、日野も同じようにした。宇垣は手を合わせずに、口だけで、いただきますッ、と言う。これもお決まり、いつもどおりの現象である。

「ねぇ日野」

「ん、なぁに、チェリー?」

食べながらの雑談。

人によっては、行儀が悪い、と言われ、人によっては、楽しむためには必要不可欠だ、と言われる、使っていいのかダメなのか風邪薬のようなよくわからない、行動。ちなみに我が家では、母さんが積極的に食事中に会話をしようとする。

食事中の会話というのは、マナー的には、やはりあまりよろしくないことなのだろうが、最近の社会問題の一つとなっている、家庭崩壊、の原因は、そこにあるのでは、と考える者がおり、母は、その説を信じ、積極的に食事中の会話を勧めているのである。

だがしかし考えてみれば、神波家では食事中の会話を推進しているにもかかわらず、昨日のシュミレーション、もしも神波家に泥棒が侵入し預金通帳及び高価な装飾品や時計及び父母のへそくりが盗まれてしまったらパート1、では、神波家は、木っ端微塵に崩壊してしまったのであり、だから、そう、食事中の会話の有無は、別に、家庭崩壊とは、何の関わりも無いんじゃねぇの?

「親ってさ、絶対にへそくりとかあるよね」

「へ……へそくり?」

「そう、へぇそくり。宇垣、箸の持ち方違うよ」

「いいじゃんそんなの、ちゃんと食べれてるんだしさ。いつもこれだぞ」

「そんなんじゃ社会に出たとき恥ずかしいよ?」

「う……大体チェリー、今まで何も言わなかっただろ。なんで急に箸の持ち方なんか」

「へそくりかぁ………」

日野は軽くにやけている。主婦になったら絶対にへそくりにハマるタイプだろう。将来日野を嫁に貰う男は大変だなぁ。

「まぁ、へそくりくらい、あってもいいんじゃない?」

日野はそう答え、さくらんぼを柄ごと口に放り込んだ。

さくらんぼだって。

チェリー。

おれじゃん。

「あれ、日野、さくらんぼは柄まで食べる派?」

「う、違うよ!」

日野は口をもごもごさせながら否定した。

「口の中でね、さくらんぼの柄を結ぶの。舌を巧く使って。結構難しいんだよ?」

「へぇ、何のおまじない?」

「んっと、おまじないじゃなくて」

「キスの上手い下手の話だ!」

横から宇垣が口を挟んだ。キス?とおれが聞き返すと、宇垣は得意気に言った。

「口の中でさくらんぼの柄を結べたら、キスが上手いんだぜッ」

「だぜって………」

宇垣の隣で、日野が苦笑した。軽くひいているようだ。

「キスが?なんで?キスに上手いとか下手とかあるの?口同士が触れるだけなのに?」

ぶほっかしゃん。

宇垣が吹き出すのと、日野が箸を落とすのは、ほぼ同時だった。

「ち……チェリー……」

「ごめん、俺チェリーのことなめてた」

「え、ホントに?」

「チェリーすぎるぜぇ………」

なんで?

「チェリー!」

教室の扉の方から、クラスメートの女子がおれを呼んだ。ええと、名前はなんだったかな。確か……ええと……杉……杉元?吉原のこともあることだし、おれの記憶力は頼りにならないからなぁ……。

「お客さんだよっ」

杉元(暫定)はそう言うと、そそくさと退いた。杉元(暫定)の向こうにいたのは、3限に図書室で共にサボタージュした男。

「吉原?」

おれが首をかしげると、吉原は扉に背を預けたまま、左手を軽く挙げた。

「ちょっと行ってくる」

おれが言うと、日野と宇垣はこくこくと頷いた。

大分呆然としているようだ。

なんでだろう。

「どしたの、吉原?」

「図書当番」

こつん、と吉原は手の甲でおれの額を軽く叩いた。ノックをするな、ノックを。

「知らなかったか?昨日から俺とお前が当番だったんだぞ」

知らなかった。

てか図書当番って何?

「そんなのあったんだ……」

「………」

吉原は大きなため息をついた。あわわ、呆れられた。

「昨日来なかったから、まさかとは思ったが」

言うなり吉原は、おれの首根っこ、襟首、を掴み、行くぞ、と囁いた。

「あっ、ちょっ、待って吉原、まだおれお弁当食べてないんだよう」

「なら向こうで食えばいい」

「図書室は飲食禁止なんでしょっ」

「飲食スペースがあるんだ。図書委員なのにそんなことも知らないのか?」

「えぇ?知らないよそんなの、誰も知らないよおれのお弁当持ってってぇ」

「昨日はおれが一人で二人分働いたんだ、今日はお前が働け」

ずるずると引きずられるおれを皆が見てる、見てるよ吉原、おれら見られてるっ!

「とぉっ、りぁえず放してっ、吉原ぁ」

おれが必死に言うと、吉原は意外とあっさり放してくれた。

う、普通に言えばよかった。

普通に言ったら放してくれないかもと思って結構がんばってるように聞こえるように言ったらぱっと放してくれた。普通に言えばよかった。

「ごめん吉原、本当に知らなかったんだ。ごめんね?」

「……まぁいい」

ふい、と吉原は先を歩いた。もちろん行き先は図書室である。おれも大人しく吉原についていくことにした。

「ねぇ吉原」

「何だ」

………やっぱし怒ってんじゃないの、この人?

「キスってさ、どういうのが上手いの?」

「………は?」

吉原はぴたりと歩を止めた。

吉原を追い越してから、おれも立ち止まって吉原を振り返る。

「おれ、キスに上手いも下手も無いと思うんだけど」

「………」

吉原はこめかみに手を当てて少し考えるようにしたあと、再びおれの先を歩き出した。

「……そうだな。俺もキスの上手い下手を判るような奴にはなりたくない」

………質問と解答が微妙にかみ合っていないような気がするが、おそらく、吉原なりに考えて答えてくれたのだろう。

「どういう意味?」

「……それは自分で考えろ」

うわぁまたか。

日野と違って、吉原は教師に向いているのかもしれない。

「んぅ………」

あ、そっか。

「わかったぁ」

おれがそう言うころには、もうおれたちは図書室にたどり着いていた。

「わかったって?」

「キスの上手い下手を判るような奴にはなりたくない理由」

吉原は少し驚いたようにおれを見下ろした。

やだなぁ。

やだなぁこの身長差。

「お前、ずっとそれ考えてたのか?」

「好きな人とのキスだったら普通、上手い下手を判別する余裕が無いんだ!」

おれが言うと、吉原はますます奇妙なものを見るような目でおれを見た。

まるで、絶滅危惧種の珍しい動物を見るような目で。

「だから上手い下手を判るような奴ってのは、好きじゃない人とキスできるような奴ってわけで、だから、吉原は、好きじゃない人とキスできるような奴にはなりたくない、ってことだ!そうでしょ?」

「………お前、よくそんなこと大声で言えるな」

吉原の声には苦笑が混じっていた。

吉原の言葉の意味がわからずに、おれは首をかしげた。

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