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明日は晴れるかな、というのと、明日は雨るかな、というのとでは、一体どっちが当たりやすいのだろう。
まぁどっちでもいいんだけど、明日は曇るかな、が一番当たりやすいのではないか、とおれは思う。
たしか曇りの正確な基準は、空の8割以上が空でなく雲が見え、かつ雨が降っていない状態、が曇りだったはずだ、が、おれは、4割が雲ならもうそれは曇り、と判断してしまう、言うなればせっかちさんなので、おれの場合、明日は曇るかな、が一番当たりやすい、という、おれの見解である。どうでもいいけど。
「チェリー、さっきの体育サボったでしょ」
「違うよ、サボったんじゃないよ、どうせ前回と同じハードルだから、もうこれ以上良い結果は出ないと判断して休んだんだよ。無断で」
「それを世間ではサボりって言うの!」
日野は腰に手を当てて言った。
「何で体育は男女別々なのに、日野はおれが体育抜けてたってこと知ってるのさ」
「え!?や、それは」
日野はよく言葉を濁す。
なのでおれは、日野の将来がちょっとだけ心配だ。
日野が将来、たとえば、そうだなぁ、教師になったとする。あ、さっき教師は向いていないってことになったんだっけ。じゃあ、大学教授になったとする。
教授の日野は、心理学を教える。
男は嘘をつくときに、目を逸らす。だが女が嘘をつくときは、じっと相手の目を見つめる。何故なら、男は浮気が露見した時のことを考えながら嘘をつくが、女の浮気は命がけである。身籠ったら一大事である。そのため女は、浮気は絶対に露見してはならない、と考える。だから女は、嘘をつくとき、つい相手の目を見つめてしまうのだ。
そこまで言うと、生徒は日野に質問をする。
「じゃあオカマはどうなんですか?」
日野は答える。
「えっと、それは……あっ、それはそうとねチェリー、あたし昨日ね、」
「これはよろしくない!!」
おれが机を叩くと、日野がびくっとする気配がした。いや、でもダメだって、このままだと、びくっとするぐらいじゃ済まない、大変な目にあうのだ、他でもない、日野が。
「それじゃあダメだよ日野、誤魔化すのはよくない!ね、日野、言葉を濁すのは政治家だけで十分だ。あ、そっか、日野は政治家になるのか」
「え?せ……政治家?」
「政治家は大変なんでしょ?がんばって、おれ応援してる。ところで日野」
「なっ、何?」
日野はまあるい目でおれを見つめる。
おかしい。
これはおかしいぞ。
おれは日野に、人を好きになる種なるものをもらい、さっき吉原にそれを食べさせられた。だからおれは、人を好きになるはずなのである。で、一番おれの近くにいる異性、といえば、この、日野である。だからおれは、自分は日野を好きになってしまうのでは、と考えた。
が、実際に日野を目の前にしても、やはりおれの心臓は単調なリズムを刻むだけである。
あのしゅわしゅわと口の中で弾けた種は、偽物で、つまり、人を好きになる種ではなかったのか?いやそれはない。だって、初恋はしゅわしゅわしてるって、宇垣が言ってたもん。……あれ、そういえば。
「宇垣は?」
「え?あれ、そういえばいないね」
日野はキョロキョロと辺りを見回した。
むぅ。
やはりあれは単なる飴玉だったのか?
「いやない、それはない」
「そういえばさっき宇垣くん、なんか、俺の想いはやはり届くことなど無いのですね俺は旅に出ます探さないでくださいぃぃぃとか言ってどっかに……体育もそういえばいなかったかも」
「旅?何、宇垣、旅に出たの?」
「そうかも」
そうかぁ?
「でもカバンあるし、多分昼休みには帰ってくるでしょ」
「え、そんなに早く?」
「宇垣の根性の無さをなめるな」
どうせ屋上あたりで泣いているに違いないのだ。
おれが言うと、日野はくすくすと笑った。
むぅ。
やはりあれは単なる飴玉だったのか?
「まぁ、宇垣はどうでもいいや。それより日野、さっきの、人を好きになる種のことなんだけど」
「えっ?」
日野はなぜか顔を赤らめ、どもりながら、あれがどうかしたの、と言った。
「あれって、もういっこない?」
「へ?」
日野は間の抜けた声を上げた。
「無いかな?」
おれが聞くと日野はやはり言葉を濁した。
日野はきっと良い政治家になる。