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CHERRY  作者: のの
5/35

4

おれは図書委員である。

各クラスから必ず男女一人ずつ選出しなくてはならない図書委員の候補に、特に理由も無くおれの名前が挙げられてしまい、他のやつらは当然面倒な図書委員などやりたくはないので、一人推薦されると、おれ以外の男子の票がおれに集中し、押し付けられる。お決まりのパターンである。

まぁ、別にいいんだけどさ。本は嫌いじゃないし。

いや、本を読むのは特に好きというわけではないが、おれは、図書室の匂いが好きなのだ。教室では感じることのない、あの本の匂い。あの空気の中にいると、なんとなく落ち着くから。

「あれ」

がらんがらんの図書室に、珍しく人を発見してしまった。

おかしい。

今の時間に、人がいるはずがないのに。

何故なら、今は授業中だから。

うん、やっぱりサボりはよくないよ、おれが言うのもなんだけど。

その姿を追うと、彼は文学の棚の前で、ぱらぱらと本をめくっていた。彼のことは知っている。委員会の集まりで見たことがある。隣のクラスの図書委員だ。たしか名前は、ええと、や……ゆ?や?ゆ?よ?ええと、たしかなんかそんなかんじの名前だった気がするぞ。

そうだ、山口だ。

うん、きっとそうだ。そうに決まってる。

「山口!」

おれは山口に声をかけた。だが、聞こえていないはずがないのに、山口は本から顔を上げようともせずに、というか、微動だにせずに、うぅ、無視されてしまった。

「や……山口?」

おれがもう再び声をかけると、山口はやっと顔を上げ、一度向こうを見たあとに、おれのほうを見てくれた。本に集中すると周囲が見えなくなるタイプなのかもしれない。あいりみたいに。

「どうしたんだ山口?サボりか?」

「……吉原だ」

あれ、違った?

「おしいっ、おれ」

「どこがだ」

言いながら、吉原、は、読んでいた本を棚に戻した。

“僕って何”

……題名からして純文学作品だった。

「吉原ってこういうの読むの?」

「ん?あぁ……」

吉原はそっけなく肯定した。無愛想なやつだ。おれが言うのもなんだけど。

「純文学系?」

「あぁ……夏休みの読書感想文、何を書こうかと」

え。

だとするとかなりのチャレンジャーだ。文学作品の中でも、純がつくものは非常に感想を書きにくい。というより、感想を抱きにくい。

結構前の話だが、おれも、純文学本で夏休みの読書感想文を片付けようと試みた経験があった。挫折した。やめておけばよかったと後悔した。

ちなみにそのときの本は、町田康。きれぎれ。2000年の芥川賞受賞作品。やめておけばよかったと後悔した。

いや、面白くないことはなかった。むしろ面白かった。かなり面白かった。

いや、話自体は意味がわからなかった。非常に理解し難い内容だった。が、面白かった。いや、話自体は、主人公が、妄想して、妄想して、妄想して、終わる。という、起も承も転も結も無い、というか、あるのかもしれないけど判らない、意味不明の話なのであるが、その意味不明の中に散りばめられた、面白さ。崩壊した世界の中に散りばめられた、面白さ。崩壊した世界だからこそ散りばめられた、面白さ。

いや、話自体は意味が解らない。例えるならば、デスノート面白い、と言うのと、銀魂面白い、と言うのとでは、違う。面白いのベクトルの方向が違う。で、この、きれぎれの面白い、とは、銀魂の面白い、と同じ方向である。

よくわからない所は適当に流し読みして、面白いなぁという所だけ、面白いなぁ、と思う。これが、町田康の読み方なのであり、面白い所なのである。

で、おれはその町田康に、ハマった。残念なことに、ハマった。あの独特な、作者の正気を疑いたくなるような、クレイジーな文章は、強い依存性を持つ、ということを知らなかったばっかりに。

ん?

あれ、そういえば、きれぎれの、悪役の名前は。

「吉原だぁ」

「うん?」

吉原はふとおれを見た。見下ろした、と言ったほうが正しいかもしれない。

「吉原はさ、純文学をよく読むの?」

「よく読むってわけでも無いけど」

「きれぎれって、知ってる?」

「あぁ……題名だけなら」

あぁ。

もしかすると、あぁ、が吉原の口癖なのかもしれない。

「芥川賞とった本なら大体わかる」

「ふぅん」

「それがどうかしたのか?」

「ええと、きれぎれの悪役がね、吉原だよ」

「………」

あれ。

怒った?

「……すごいな、お前」

ん。

すごい。

何が?

「さすが、特進クラスのベスト3だ」

ベスト3?

何の?

「知名度?」

「知名度ならナンバーワンだろ」

いや。

いやいやいや。

おれはナンバーワンよりオンリーワンがいいのだ。あ、でも、初恋がまだのヤツオンリーワンはあんまし嬉しくない。

前々から思ってはいたのだが、チェリーというおれのあだ名は、宇垣が言うには、チェリーボーイのチェリーらしい。

が、チェリーボーイ、という言葉の意味は、俗語で、童貞、という意味である。で、おれはまだ童貞であり、まぁ、それはいい。が、考えてみれば、おれはまだ高校生である。そして、おれをチェリーボーイと呼ぶやつらも、同じく高校生である。で、何が言いたいかというと、高校生ならば、童貞なのは普通のことなんじゃねぇの。ということだよ。

「違う、成績の話だよ」

「成績?」

「お前、特進クラスの中でも上だっただろ、この前の期末」

ん〜……。

そうだっけ。

いつもどおりだったと思うんだけどなぁ。

「さすがに、頭の回転が早いな」

「どのへんが?」

吉原が図書室の椅子に座ったので、おれもその正面に座った。吉原は笑った。

「お前、自分で気付いてないの?」

理系クラスの吉原、といえば、かなりの有名人だ。

この学年で一番、格好いい。と聞いたことがある。おれはそのへんよくわからなかったけど、この笑顔を見たら、まぁ、大抵の乙女は恋に落ちるかもなぁ、と思った。

そっか。こういう男がモテるのか。

「な……何?」

「自分で考えてみろよ。お前ならすぐに気付くか、あるいは永久に気付かないかのどっちかだ」

そう言って吉原は、大きな飴玉をおれの口に押し込んだ。

いや。

これは、さっき日野にもらった、

「飴なんて持ち歩くなよ、しかも落としてるし。図書室では飲食禁止なんだぞ、絶滅危惧種のチェリーくん?」

おれの口に入れたのは自分だというのに、吉原は軽く咎めるような口調で言った。

でもおいしい。

もらった時も思ったが、口に入れたら一層、その大きさを感じた。あいりが近所のくそじじいにもらった、いちごみるくとか、ミルキーとか、そんなのの二倍くらいの大きさがあるのではないかと思うくらいに大きい。

しかも泡玉だ。おれの好きなやつ。

「しかしでかい飴だな」

おれが右頬に飴を移動させたのがよほどおかしかったのか、吉原はけらけらと笑った。

「ひがうよ、あめやないよ」

「は?」

「人を好きになる種らよ」

吉原はキョトンとした。

おれが日野にそう言われた時も、こんな顔をしたのかもしれない。

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