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CHERRY  作者: のの
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「桜世、あいり、帰るぞ!!」

怒鳴り込んで来たその人は、あいりの細い腕を掴んだ。はたから見たらあいりの腕が折れてしまうのではないかと思われるほど、二人の力量差がそこにはあるように見えたが、あいりの腕は見た目ほどやわじゃないから、そんなことで折れるはずもなく、また、父さんもやはり力を加減しているようだった。

「ごめんねー吉原くん、うちの子が迷惑かけちゃってさ」

「あぁ、いえ、いいですよ。ええと……お姉さん、ですか?」

「やだなぁもう、あたしなんてもうすぐ40だよ?オバサンだよオバサン!」

「はっ?よ……40?」

と、あいりたちの隣では母さんと吉原がのんきに年齢の話なんかしている。確かに母さんは実年齢より若く見られがちだが、今驚くべきところはそこではないんじゃないのか吉原?

「なっ……何だよ、父さんも母さんも、いきなり押しかけてきて!」

「お兄ちゃんがそれ言う?」

「え……ええと、なんで吉原んち知ってるんだよ!」

「問うべきはそこじゃなくて、なんで居場所知ってたかでしょ?」

いちいち的確にツッコんでくる母さんに、おれは少々まごつきながら、

「そう、そうだよ母さん?なんでわかったのっ!」

と尋ねた。母さんは笑っただけで、質問には答えてくれなかった。

「よ……吉原ぁ」

吉原を見上げると、さっと目を逸らされて、おれはちょっとだけショックを受けた。

ほら見ろ、父さんと母さんが騒がしいから吉原に嫌われちゃったじゃないか。

「桜世……お前はまた他人様に迷惑かけて!」

「う……父さんには関係ないだろっ」

ふいとそっぽを向くと、母さんがくすくす笑う声がしたので、おれは母さんを軽く睨んだ。けれど母さんはそんなことを気にする性格ではなく、にっこり笑顔で返されてしまった。

多分、いつまで経っても子供だとか思われたのだろう。

……………。

なんか、急に恥ずかしくなってきた。

「え……あれ?」

なんで?

なんでおれは駆け落ちなんてしようとしたんだっけ?

あいりが好きだから。

好きならこんなことに巻き込んでいいのか?

おれはあいりが好きで、だから駆け落ちだってできるような気がした。あいりと二人なら、何でもできる、と。

でも、あいりはどうなんだ?

あいりはおれのこと好きじゃないかもしれない。

あいりはおれなんか頼りにしてないのかもしれない。

なんでもできるとか思い込んでいるくせに、つい吉原を頼っちゃってるおれを、あいりはどう思っているのだろう。

子供。

ひとりじゃなんにもできない、浅はかな子供じゃないか。

これじゃあ、吉原に子供扱いされたって、言い返せない。

「あの……、神波?」

「吉原」

俯くおれの顔をのぞき込もうとした吉原に向き直って、おれは頭を下げた。

「ごめんなさい」

「………、は?」

おれの突然の謝罪に、吉原は面食らったように声を上げ、戸惑いを露わにした。何を謝っているのかわからないのかもしれない。

「か……神波?」

「迷惑かけて、ごめんね?」

もう一度謝ると、吉原は不思議そうな顔をしつつも、

「いや……、別にいいよ」

と小さく笑った。

それだけでおれはなんとなく安心して、あいりに目を移した。

あいりは、いつもどおり、にぱっと笑った。

「あいりも、ごめんな」

あいりの少し湿った髪を撫でると、あいりはちょっとだけ、首を傾げた。

可愛い。

「桜世」

静かで威厳があって、まるで一昔前に流行っていた関白亭主の鏡みたいな父親の声が、おれを呼んだ。

そうして父さんは、おれに手を伸ばして、

「っ、………」

……………。

………、あれ?

殴られると思ったのに。

父さんは、たった今おれがあいりにしたみたいに、おれの頭を撫でるだけだった。

「どうしてこんなことをしたのか、父さんは聞かん。家出をした理由はどうでもいい。だが、お前の可愛い妹まで巻き込むのは良くないな」

「わ……わかってるよ、父さん」

「あぁ、そうみたいで、安心した」

父さんの、あぁ、がどこか吉原に似ていて、おれは少しだけ可笑しく思えた。

「家出じゃなくてね、父さん、違うんだよ。ええと……ごめんなさい、おれ、なんにも考えてなかった」

視界の中央で父さんが、やっぱりそうか、という顔をして、視界の端で吉原が、やっぱりそうか、という顔をした。微妙に悔しかった。

「その……もう、こんなこと、しない……から」

しない、の後に、と思う、を言おうかどうか迷った末、言わないでおいた。多分、それが正解。

「ええと、だからね、父さん」

帰ろう。

それだけ、どうしても言えなかった。勝手に家出しようとして、それで勝手に自己解決して、迎えが来たから帰ろう、なんて、あまりにも身勝手すぎる。吉原にも父にも悪い気がして、おれが言葉を探すように視線を宙に泳がせていると、


ぎゅ、


と、突然右手を握られた。

「……あいり」

小学生のそれのように小さすぎる両手は、放すまいとでも言うようにおれの手にしがみついていた。


「じゃ、かえろっか、おにーちゃん」


あいりはいつもと変わらぬ可愛い笑顔で、迷うことなくそう言った。

「………うん、そうだね」

どうやらおれはやっぱり、この小さい妹に、一生かかっても勝てないらしい。


「帰ろう、家に」


駆け落ちなんてするよりも、家で父さんと母さんと、そしてあいりと一緒にいるほうが、ずっと楽しいから。

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