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CHERRY  作者: のの
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あのあからさまな伏線はこのためだったのか。

と思いながら、おれは今、吉原の住むマンションへと歩いている。

左手はあいりの右手と繋がっていて、数歩先には吉原もいる。

この奇妙な、いや必然的な組み合わせに、正直おれは、少し戸惑っているところだ。

それは遡ること数分前、おれとあいりが駆け落ちを決心して、必要最低限の荷造りで家を脱出し、そうして、さて出発するか、と歩き出したそのときだった。

「……よ……しはら?」

夏とはいえ時刻は8時を回っていた。外は真っ暗で、そんな中に佇む吉原の姿は、顔を識別するのも困難だった。今思うとどうしてそれが吉原だと分かったのか不思議でならないが、とにかくおれはそのとき、人影にそう呼びかけた。すると人影は手を軽く上げて、

「よう、………遅かったな」

と言った。

その声は紛れもなく吉原のもので、おれは吉原に駆け寄って、駆け寄ってから彼と喧嘩していたことに気付いた。

一瞬気まずさを覚えたおれをよそに、あいりはにぱっと笑って、

「じゃあ、いこっかぁ」

と言って進んだ。手を引かれるままにおれがあいりについていくと、吉原は何も言わずにあいりの先を歩きだした。

「あの……行くって、どこに?」

軽くタイミングを逃したことは無視して、おれは先を行く二人に尋ねた。といってもあいりには返事を期待しておらず、やはり吉原が答えてくれた。

「決まってるだろう、俺の家だ」

俺の家。

吉原の家。

吉原の家?

なんで?

「行くところ、ないんだろ?」

うわ、ばれていやがる。

「ならうちに来ればいい」

「………え、もしかして吉原泊めてくれちゃうかんじってかんじ!?」

「なんだそれ、なんちゃって女子高生か?」

「おれは女子じゃねぇよっ」

「ハイハイ」

むぅ。

吉原が冷たい。

いや、冷たいのはむしろ普段の、そしておれが期待していた、そんなん知っとるわ、的なツッコミのほうなのであるが、なんというか、ハイハイだなんて軽くあしらうようなのは、なんか、寂しいじゃん。

と、そこでまたやっと、吉原と喧嘩していたことに気付いた。

ははぁ、吉原クンったら、ちょっとばかし気恥ずかしいのね、とおれが完全に調子に乗ろうとしたところで、

「おにーちゃん」

あいりがおれを呼んだ。

「何?」

「よかったねぇ」

まるで風船を貰った子供に言うみたいに、あいりはそう言ってにぱっと笑った。


『おにーちゃんさぁ、もしウチにかえれなくなったりしたトキ、とめてもらえるアテってある?』


予測、していたのだろうか、あいりは、こうなることを。

おれは一瞬そう思って、けれど、そんなはずはない、と否定した。

なぜならあいりがその質問をしたのは昨日、つまり、おれが駆け落ちを思いつくよりも前のことなのだから。


で、今に至るわけだが。

吉原は、貧乏でもなく金持ちでもない学生が一人で住むような、ごくごく普通のアパートに、おれとあいりを案内してくれた。

一人で住むような。

そう、吉原は一人暮らしだったのだ。

「実家は今どこにあるかわからん」

らしい。

なんというか、吉原家の事情がいまいち掴めない。

もしかしたら吉原自身も掴めていないのかもしれないが。

吉原の部屋は二階の真ん中の扉で、その左隣、一番奥の部屋には、おれらよりも少し歳上のお姉さんが住んでいるようだ。吉原が鍵を開けている間に、左隣の部屋から、綺麗なお姉さんが出てきて、にこ、と笑いかけられた。その笑顔はなんとなく、おれとあいりの考えをすべて見透かしているように見えて、おれはつい目を逸らした。すると目を逸らした一瞬の隙に、お姉さんは家の中に引っ込んでしまったようだった。

1Kのそのアパートは、贅沢にも風呂まで完備で、とりあえずおれは風呂を借りることにした。あいりと吉原を二人きりにするのはいかがなものかと、ちらっと吉原を見ると、さすが吉原、そのアイコンタクトを上手に受け取り、

「無ぇよ」

と頼もしい言葉で返してくれた。

だからおれは、安心して風呂に入ってしまったのだ。

今思えばおれはその時、二人の手のひらの上で踊っていたのだと思う。

いや、もしかすると吉原も一緒に、あいりの手のひらの上で踊らされていたのかもしれないけれど。

しかも社交ダンスみたいなお洒落なもんじゃない、どっかの民族の伝統の踊りみたいなやつ。吉原がそんなのを踊っているのだと想像すると、なんか、アレだが。

吉原は自分の意思で踊らされていて、

おれは自分の意思で踊っているのだと思い込んでいたのだ。

本当、ばかみてぇ。

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