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CHERRY  作者: のの
25/35

24

おれに、マジで吉原と付き合ってんの、という意味の質問をしてくるやつは、必ずと言っていいほど、質問ではなく確認のつもりで訊いている。それは今日一日でよくわかった。

「あっ、チェリー!!」

やつらは必ずそう叫んでおれにかけより、

「あのさ、理系クラスの吉原と付き合ってるって本当?」

と聞いてくるくせに、おれが否定すると、

「そんな隠さなくったっていいんだよ?」

とバシバシおれの背中を叩いてとっとと逃げていく。

人の話を聞け。

思い込みで話をするな。

おれがいくら違うと言っても、それを信じてくれた人間は一人もいなかった。

しかも、この噂を面白がる人間ばかりではなく、どういうことかというと、まぁ、いわゆる、ファン、なのであろう。吉原の。

彼女らはつかつかとおれのもとへ早歩きで来て、

「特進クラスのチェリー……」

とおれをまじまじと見つめ、

「言っておきますけれどねっ、あたし、男には絶対に負けませんから!」

と高々に宣戦布告したかと思うと、くるりときびすを返し、それはもう全力疾走である。

速い。

人差し指でおれを指したり、白い手袋をおれに投げつけたりと、言葉や行動は実に様々だが、彼女らが吉原にメロメロであるということは共通しており、おれはそれをひしひしと感じて、その度になぜか罪悪感を覚えるのだった。

勘弁してくれよ。

また、宣戦布告はせずとも、おれの目の前でいきなり号泣し出して、

「今までずっと、チェリーのこと信じてたのにぃ!」

とかなんとか、いや今のおれを信じてくれよ、と言いたくなるようなことを叫んだのち、やはり全力疾走で逃げていく生徒もいて、まだ昼休みだというのに、すでにおれは、めちゃくちゃ疲れている。

まだ昼休み。

先週までのおれなら、よっしゃもう昼休みだ、これで一日は終わったも同然だぜ、と思っていたのに、今日は、まだ昼休み、である。

それくらい疲れている。

現在進行形で疲れている。

「確かに貴方、中々綺麗なお顔立ちをしていらっしゃるけど、私、遠慮はいたしませんからね」

どこのお嬢様かというような、刺々しくもご丁寧な言葉だが、やはり今日だけで何度も聞いた宣戦布告だ。

「……あのさ。おれ、吉原とはただの友達で」

「ではチェリーさん、ご機嫌よう」

……………。

そういや今の時間、ごきげんようやってるんだよな。今日は当たり目出るかなぁ?

なんちって、現実からの逃避行。もちろん道連れは吉原だ。

いや、吉原の道連れがおれか?

まぁどっちでもいいや。

ていうかもうどうでもいいかも。

……………。

ってだめだめだめだめ、諦めちゃダメだ。

危うく自分に流される所だった。

吉原には今朝以来会ってないけど、多分吉原も、おれと同じくらい疲れているはずなのだ。

おれが諦めて否定するのを止めてしまったら、困るのは吉原なんだ。だから、がんばらなきゃ。

あ、いや、宣戦布告が無い分、吉原はおれほど疲れていないのか?

ん?

もしかしておれのほうが余計にがんばってんのか?

………不公平だ。

そんなのって不公平だ吉原に文句言ってこなきゃ。

とまぁそんなかんじで、なんとなく使命感に駆り立てられたおれの足は、無意識のうちに、図書室へと向かっていた。


カウンターの向こう側で、吉原は新しい本に夢中だった。

その姿の格好良さと、読書中の人間独特の近寄りがたい雰囲気に、一瞬声をかけるのをためらったおれは、その一瞬がまずかった、数人の女子生徒に気付かれ、あぁどうしよう、とおろおろしているのに読書中の吉原は全く気付かない。

驚異的、というより脅威的な集中力。

実は気付かないふりしてるだけだったりして。

「ねっ、吉原くんに会いに来たの?」

にやにやと笑いながら尋ねてくるのは、ネクタイの色から推測するに三年生の、少しオトナっぽいお姉さんだった。

「いや、まぁ、ええと」

吉原に会いに。

それはそのとおりなのだが、ここで簡単に肯定してしまってよいものかと、聡明なおれは言葉を濁すが、女というのはなんと面倒で自分勝手な生き物なのだろう、まったくもう。

「やっぱりそうなんだぁ?」

と自分のいいように解釈し、また心底嬉しそうにはしゃぐので、おれとしてはやはり、そこまで喜ばれちゃったら、ほら、否定とかできないじゃん。

「う……あう」

「あっ、そうよねーっ、大丈夫よチェリーくん、あたしたち、二人の邪魔するつもりはさらさら無いの!ほらぁ、気にしないでいってらっしゃい♪」

かなり強い力で背中を押されたおれは、何がそうよねーっなのだかよくわからないまま、仕方なくのろのろと吉原に近寄った。しかし吉原は相変わらず本の世界で、おれに気付く様子は無い。

ほら愛が無いでしょ、とお姉さんたちを振り返るも、ウインクされるだけだった。なんだそれ。

「よ……吉原?」

「うん?…あぁ、お前か……」

おれを見上げた吉原は、露骨に嫌そうな顔をした。

「なんで来たんだよバカ……」

「ばっ……ごめん」

バカ、と言われたことに反論できなかったのは、お姉さんの期待を裏切れないおれは本当にバカなのかもしれない、と思ってしまったからだった。

でもそれを言ったら

「自覚はあるんだな」

なんて言われてしまいそうだから言わない。

「あのな神波」

「うん?」

吉原が声をひそめ、反射的に顔を近付けようとしたが、お姉さんたちと目があって、そんなことをしてはお姉さんたちの思うつぼである、とおれは賢明な判断を下し、しゃがんでカウンターの高さに視線を合わせるだけにとどめた。

「今おれたちが一緒にいるのはまずいってのは、お前でもわかるよな?」

「まぁね」

「何だその得意気なかんじ。わかってんなら来んなよ」

「えぇ?それじゃあおれは図書室に来ることも許されないのかぁ?」

「俺が当番でここにいる間はな」

即答されてしまった。

本当は吉原を目的に来たので、長々と文句は言えないが、なんだか理不尽な気がする。

「じゃあ明日も?麻生と約束しちゃったんだけど」

「約束って、何の?」

「なんかね、話がしたいって。明日はおれ当番だから、その時話そうって」

「昼休み?放課後?」

「ええと、それは決めてないと思う」

「じゃあ明日の昼休みはお前が当番な。俺は放課後やるから」

おれが答えると、吉原は迷わずそう言った。

「吉原、放課後でいいの?」

おれだったら絶対に、早く帰りたいから、迷わず昼休みを取るのに。

「遅くなるとバスが無くなるんだろ?」

「え?バス?」

吉原が急におかしなことを言い出すので、おれはつい聞き返してしまった。

そう、おれは忘れていたのだ。

「……バス通じゃなかったのか?」

「何言っ……あ」

数日前、放課後まで残りたくないがためについた嘘、咄嗟に言ってしまった言い訳を。

「ええと、うん、そう、そうだよ。ありがと吉原」

いぶかしげにする吉原に、精一杯笑顔を作って、半ば逃げるように図書室の出口に向かった。

出るときにすれ違ったお姉さんの目は、色々なことを語りすぎていた。愛想笑いをしようとして失敗し、おれは下を向いて歩くことにした。

そのせいで途中、この間名前を思い出せなかったイケメンとぶつかったけれど、謝る前に逃げられた。

どうしたんだろう。

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