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おれに、マジで吉原と付き合ってんの、という意味の質問をしてくるやつは、必ずと言っていいほど、質問ではなく確認のつもりで訊いている。それは今日一日でよくわかった。
「あっ、チェリー!!」
やつらは必ずそう叫んでおれにかけより、
「あのさ、理系クラスの吉原と付き合ってるって本当?」
と聞いてくるくせに、おれが否定すると、
「そんな隠さなくったっていいんだよ?」
とバシバシおれの背中を叩いてとっとと逃げていく。
人の話を聞け。
思い込みで話をするな。
おれがいくら違うと言っても、それを信じてくれた人間は一人もいなかった。
しかも、この噂を面白がる人間ばかりではなく、どういうことかというと、まぁ、いわゆる、ファン、なのであろう。吉原の。
彼女らはつかつかとおれのもとへ早歩きで来て、
「特進クラスのチェリー……」
とおれをまじまじと見つめ、
「言っておきますけれどねっ、あたし、男には絶対に負けませんから!」
と高々に宣戦布告したかと思うと、くるりときびすを返し、それはもう全力疾走である。
速い。
人差し指でおれを指したり、白い手袋をおれに投げつけたりと、言葉や行動は実に様々だが、彼女らが吉原にメロメロであるということは共通しており、おれはそれをひしひしと感じて、その度になぜか罪悪感を覚えるのだった。
勘弁してくれよ。
また、宣戦布告はせずとも、おれの目の前でいきなり号泣し出して、
「今までずっと、チェリーのこと信じてたのにぃ!」
とかなんとか、いや今のおれを信じてくれよ、と言いたくなるようなことを叫んだのち、やはり全力疾走で逃げていく生徒もいて、まだ昼休みだというのに、すでにおれは、めちゃくちゃ疲れている。
まだ昼休み。
先週までのおれなら、よっしゃもう昼休みだ、これで一日は終わったも同然だぜ、と思っていたのに、今日は、まだ昼休み、である。
それくらい疲れている。
現在進行形で疲れている。
「確かに貴方、中々綺麗なお顔立ちをしていらっしゃるけど、私、遠慮はいたしませんからね」
どこのお嬢様かというような、刺々しくもご丁寧な言葉だが、やはり今日だけで何度も聞いた宣戦布告だ。
「……あのさ。おれ、吉原とはただの友達で」
「ではチェリーさん、ご機嫌よう」
……………。
そういや今の時間、ごきげんようやってるんだよな。今日は当たり目出るかなぁ?
なんちって、現実からの逃避行。もちろん道連れは吉原だ。
いや、吉原の道連れがおれか?
まぁどっちでもいいや。
ていうかもうどうでもいいかも。
……………。
ってだめだめだめだめ、諦めちゃダメだ。
危うく自分に流される所だった。
吉原には今朝以来会ってないけど、多分吉原も、おれと同じくらい疲れているはずなのだ。
おれが諦めて否定するのを止めてしまったら、困るのは吉原なんだ。だから、がんばらなきゃ。
あ、いや、宣戦布告が無い分、吉原はおれほど疲れていないのか?
ん?
もしかしておれのほうが余計にがんばってんのか?
………不公平だ。
そんなのって不公平だ吉原に文句言ってこなきゃ。
とまぁそんなかんじで、なんとなく使命感に駆り立てられたおれの足は、無意識のうちに、図書室へと向かっていた。
カウンターの向こう側で、吉原は新しい本に夢中だった。
その姿の格好良さと、読書中の人間独特の近寄りがたい雰囲気に、一瞬声をかけるのをためらったおれは、その一瞬がまずかった、数人の女子生徒に気付かれ、あぁどうしよう、とおろおろしているのに読書中の吉原は全く気付かない。
驚異的、というより脅威的な集中力。
実は気付かないふりしてるだけだったりして。
「ねっ、吉原くんに会いに来たの?」
にやにやと笑いながら尋ねてくるのは、ネクタイの色から推測するに三年生の、少しオトナっぽいお姉さんだった。
「いや、まぁ、ええと」
吉原に会いに。
それはそのとおりなのだが、ここで簡単に肯定してしまってよいものかと、聡明なおれは言葉を濁すが、女というのはなんと面倒で自分勝手な生き物なのだろう、まったくもう。
「やっぱりそうなんだぁ?」
と自分のいいように解釈し、また心底嬉しそうにはしゃぐので、おれとしてはやはり、そこまで喜ばれちゃったら、ほら、否定とかできないじゃん。
「う……あう」
「あっ、そうよねーっ、大丈夫よチェリーくん、あたしたち、二人の邪魔するつもりはさらさら無いの!ほらぁ、気にしないでいってらっしゃい♪」
かなり強い力で背中を押されたおれは、何がそうよねーっなのだかよくわからないまま、仕方なくのろのろと吉原に近寄った。しかし吉原は相変わらず本の世界で、おれに気付く様子は無い。
ほら愛が無いでしょ、とお姉さんたちを振り返るも、ウインクされるだけだった。なんだそれ。
「よ……吉原?」
「うん?…あぁ、お前か……」
おれを見上げた吉原は、露骨に嫌そうな顔をした。
「なんで来たんだよバカ……」
「ばっ……ごめん」
バカ、と言われたことに反論できなかったのは、お姉さんの期待を裏切れないおれは本当にバカなのかもしれない、と思ってしまったからだった。
でもそれを言ったら
「自覚はあるんだな」
なんて言われてしまいそうだから言わない。
「あのな神波」
「うん?」
吉原が声をひそめ、反射的に顔を近付けようとしたが、お姉さんたちと目があって、そんなことをしてはお姉さんたちの思うつぼである、とおれは賢明な判断を下し、しゃがんでカウンターの高さに視線を合わせるだけにとどめた。
「今おれたちが一緒にいるのはまずいってのは、お前でもわかるよな?」
「まぁね」
「何だその得意気なかんじ。わかってんなら来んなよ」
「えぇ?それじゃあおれは図書室に来ることも許されないのかぁ?」
「俺が当番でここにいる間はな」
即答されてしまった。
本当は吉原を目的に来たので、長々と文句は言えないが、なんだか理不尽な気がする。
「じゃあ明日も?麻生と約束しちゃったんだけど」
「約束って、何の?」
「なんかね、話がしたいって。明日はおれ当番だから、その時話そうって」
「昼休み?放課後?」
「ええと、それは決めてないと思う」
「じゃあ明日の昼休みはお前が当番な。俺は放課後やるから」
おれが答えると、吉原は迷わずそう言った。
「吉原、放課後でいいの?」
おれだったら絶対に、早く帰りたいから、迷わず昼休みを取るのに。
「遅くなるとバスが無くなるんだろ?」
「え?バス?」
吉原が急におかしなことを言い出すので、おれはつい聞き返してしまった。
そう、おれは忘れていたのだ。
「……バス通じゃなかったのか?」
「何言っ……あ」
数日前、放課後まで残りたくないがためについた嘘、咄嗟に言ってしまった言い訳を。
「ええと、うん、そう、そうだよ。ありがと吉原」
いぶかしげにする吉原に、精一杯笑顔を作って、半ば逃げるように図書室の出口に向かった。
出るときにすれ違ったお姉さんの目は、色々なことを語りすぎていた。愛想笑いをしようとして失敗し、おれは下を向いて歩くことにした。
そのせいで途中、この間名前を思い出せなかったイケメンとぶつかったけれど、謝る前に逃げられた。
どうしたんだろう。