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これは想定外だった。
本当はこんなはずじゃなかったんだ。
ほら、宇垣はともかくとして、クラスの皆は基本的に、おれの友達じゃん。
なのに、誰一人おれの無実を信じてくれていないっていう、この状況。
「まぁ……しょうがねぇよ、それは……チェリーもだけど、吉原にだって、あんなモテんのに彼女いないってんだから」
今まで吉原が、何人ものマドンナを振ってきたのが、一つの原因らしい。
確かに男が好きで、恋人までいたなら、そりゃあ、どんな美女に告白されても、OKはしないだろうけど。
おれが恋もキスも未経験だったっていうのも、女はダメでそれを隠すためにそういうことにしておいた、とかいう理由があれば、他人からすれば充分納得のいくことなのかもしれない。
「宇垣はおれの言うこと信じてくれるんだよね?」
「ん?そりゃ……、酔ったノリで、なんだろ?」
「うん」
「まぁ、俺もその場で一緒にべろんべろんになってたわけだし」
そうだよな。
そう考えるのが通常なはずなのだ。
なのに、だ。
「……あの日野の態度は一体何なんだよ」
さっきからおれと目を合わせようとしない。
それどころか、話しかけてもわざとらしく無視するし、それでも話そうと追いかけたら、力の限り逃げるのである。
「あぁ……なんかイライラする……おれが何したってんだよぉ」
「吉原とキスしたんだろ。……ごめんなさい」
きっと睨むと、宇垣は情けなく頭を下げた。
そういえば宇垣は、どうしてここにいるのだろう。
いつも日野と行動、というか日野についてまわっている、ような気がしていたのだが。
「宇垣さあ」
「ん?」
「日野のトコに行かないの?」
「はっ?」
おれが言うと、宇垣は驚いたように声を上げた。
「……チェリー……」
「ん?……ってぇ!?」
宇垣にでこぴんされ、おれは大声を出してしまった。クラスメイトたちの視線が、一斉におれと宇垣に注がれた。………日野以外は。
「チェリーのくせに生意気なんだよッ!!」
「う〜……生意気って何がだよぉ……」
涙目になりつつ言うと、宇垣はもう一度、チェリーのくせに、と小さく呟いた。
………チェリーのくせに、か。
はーあ。
なんでもチェリーというおれのあだ名も、吉原が言うにはまずかったらしいじゃないか。
「知らないのか?チェリーボーイって、英語の俗語で、童貞の他にホモって意味もあるんだ」
とか言われても納得できねぇ。
そんなこと、おれは吉原に聞くまでまったく知らなかった。
それどころか、チェリーというあだ名も、おれが自分で、おれはチェリーだぜいえい、なんて言ったわけでなく、いつのまにか周りからそう呼ばれていただけなのである。
だから、チェリーにどんな意味が込められてたって、おれが知ったことではないのだ。
なのに生徒たちときたら、チェリーってのはつまりそういった意味だったんだな、みたいな雰囲気ですよ。
意味わかんねぇ。
「チェリー、」
「だから別におれチェリーなんて呼ばれようと努力したことなんか一度もないんですぅ!!」
突然肩を叩かれ、おれはうんざりと振り返った。
が、
「……う?麻生?」
おれの肩を叩いたのは、噂を聞いて真相を確かめに来た他クラスの生徒ではなく、おれの図書委員のパートナー、麻生だった。
この前は目の前で名前間違えてごめんね。
あと今も驚かせたみたいでごめん。
「あの、えっとね、今日、チェリー、当番、だよね?」
ゆったり、というよりゆっくり、というよりゆぅっくりな麻生独特のペースは、あいりの喋り方みたいで、おれは結構好きだ。
けれど日野はあんまり好きではないらしく、麻生がおれに話しかけるといつも、気付くとどこかへ消えていた。
そういえばそんなときも、宇垣は日野についていくことはなかったっけ。
「ううん、今日は月曜日だから、当番は吉原だよ」
「吉原くん、なの?そっか、残念。」
「どうかした?」
「あ、ちょっとだけ、お話、したかったんだけど、当番じゃ、ないなら、別に、いいの。今日じゃなくても、いいから。」
「話なら今でもいいけど」
「ううん、できたら、図書室、みたいな、静かな場所、が、いいし、時間、取るほどの話でも、ないから、当番しながら、とか、でも、平気だし。明日は、チェリー、当番?」
「明日は吉原と二人で、かな」
「二人?そっか、なら、明日で、いいよ。」
「ん、わかった」
麻生の、小さくてか細いのに聞き取りやすい言葉に、おれが笑ってうなずくと、麻生も微笑んで、そのまま自分の席に戻った。
「麻生はおれのこと信じてくれてるのかな?」
「……さぁ……?」
宇垣は首をかしげた。
相変わらずテンションが低いな、宇垣にしては。
――おれと二人だから?
そういえばこの前も、おれと二人で登校してる時、こんなかんじでテンションが低かったのに、日野が来た途端に元気になったし。
……おれ、宇垣に、嫌われ………いや、いやいやいやいや、そんなにおれがイヤなら、さっさと日野の方に行くはずだし、今おれの方にいるってことは、ねっ?
宇垣を見上げると、妙にばっちり目が合って、
「俺は信じるって言ったろ」
と言われた。
「うん。まぁ宇垣にだけ信じられてもアレだけどね」
「うわっ、油断したトコに来るか、おのれチェリーめッ!」
おぉ。
いつもほどではなくても、宇垣の反応が期待通りで、おれはけらけらと笑ってみた。