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CHERRY  作者: のの
23/35

22

「あぁ、おはよ、よっしぃにチェリー」

望月は何の悪びれた様子も無く、爽やかですがすがしい朝の笑顔で、おれと吉原に手を振った。

が、こちらは、というより吉原は、望月のような笑顔とはいかず、むしろ、なんというか、

「………これは何だ」

般若?

「んー?」

望月の席は窓際だった。イスに深く座り、背もたれと机に手を乗せて窓にもたれかかる、という非常に行儀の悪い座り方をする望月の机に、吉原が例の新聞を、ばんっ、と叩きつけた。

「これは何だ、と聞いている」

静かだがトゲの生えまくりな吉原の口調に、いっこうに怯む様子も無く、望月はにっこりと笑った。

「報道部の新聞ね」

「見ればわかる。この写真のことを聞いているんだがな、望月千浪?」

望月の下の名前って、千浪っていうのか。

「これが事実なら、報道部設立以来の大スクープよねぇ。理系クラスの人気ナンバーワン男子である吉原くんと、特進クラスの人気ナンバーワン男子であるチェリーの熱愛発覚?」

「これは事実じゃない」

「そうだよ、おれ別に人気ナンバーワンとかじゃないし」

「いや……そこは合ってるが」

「えぇ?なんで?」

「なんでって……あー、後でいいか神波?」

おれが首をかしげると、吉原はため息をついて望月に向き直った。

「とにかくこれは事実無根だ。報道部に撤回させろ」

「事実でしょ?この写真が証拠。合成も何もしてないよ、コレ」

「写真を撮ったのはお前だろう?」

「わかってんじゃん」

望月はさらっと自供した。開き直った、と表現したほうが正確かもしれない。

こんなに恐い吉原を前にしてもその態度、もう拍手さえ送りたくなる。

「あたしこの目で見たもん、よっしぃとチェリーのキスシーン」

吉原が拳を固めたのをおれは感じた。けれど相手は女なのだから、さすがに手は出せないのだろう、吉原は深呼吸をしてから、再び望月に問うた。

「どうしてこんなことを?」

「どうしてって?」

望月はきょとんと吉原を見上げた。

「報道部の部長はあたしの友達だよ?友達と噂話をするのに、特に理由はないでしょ?」

「ふざけるなよ」

吉原の声がまた低くなった。

……………。

ええと、整理しよう。

土曜日の夜、おれや吉原が酔っ払ったとき、宇垣や日野も酔ってたけど、望月はそこまでぐらぐらじゃなくて、そんでカメラを持っていて?

「え、望月どこにカメラなんて持ってたのさ?」

「あら、隠し撮り用のデジカメぐらい乙女のたしなみよん」

「そうなの!?」

「神波に嘘を教えるな、信じるから」

「なんだ嘘かぁ、びっくりしたぁ」

「ふふ。生写真ってね、結構おこづかい稼ぎになんの。特によっしぃとかチェリーぐらいのレベルになるとねぇ」

「お前っ、神波まで……節操という言葉を知れ!」

「ふっ、お断り。あ、ちなみに文系クラスの紅ノ宮くんの写真もかなり売れますよー」

「黙れ望月」

「なんでおれまで撮るのさ?」

「ちょっ、神波、お前もちょっと黙って」

というかんじで相当騒いでいると、だんだん人が集まってきた。とはいえやはり吉原が恐いのか、皆遠巻きに見るばかりだ。廊下にも他のクラスの生徒たちが群れをなしている。

「ねぇ吉原」

「どうした?」

「あのさ、」

耳打ちしようと吉原に顔を近付けると、それだけで周囲の女子生徒たちがどよめいた。なんなんだよ、まったく。

「どうするの?酒飲んで酔ってたからしょうがない、なんて言い訳できないし」

「……わかってるさ、そんなこと。けどこのままじゃお前、俺と付き合ってることになるぞ?」

「それは困る」

「俺もだ。だから望月にこうして撤回を求めているんです、わかってんのか神波?」

「ええと、うん」

「何だその『ええと』は」

「撤回なんてしたって、どうせウワサは消えないと思うよ、よっしぃ?」

おれたちに割って入った望月を見ると、いつものあの含みのありげな笑みを見せた。

「別にいいじゃないっすかよっしぃくん、人の噂もなんとやらと言いますし?」

「てめぇが言うとムカつくんだよいちいち俺に嫌がらせしやがって」

「違う違う、その顔が見たいだけなのさあたしは」

「つまり嫌がらせしたいんじゃねぇか!!」

あぁ、吉原の口調が荒い。

「でも静かに怒ってる方が恐いよ吉原」

「てめぇは黙ってろ」

「うにゃ」

吉原に一蹴され、おれは小さくなって二人を見守ることにした。

……なんでおれここに来たんだっけ。

そうだ、吉原に引っ張って来られたんじゃないか。

……なんかもうやだ。

なんでおれがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

なんで吉原はこんなに短気なんだ。理系クラスの吉原といえば、なんか、クールで理知的で完璧でちょっと近寄りがたい美形、みたいな、そういう設定の人なんじゃねぇの?

それは吉原の、単なる外面なの?

………なんて。

そんなわけない、よな。

吉原は、出会った時から、そんな完璧なんかじゃなかったじゃないか。

見た目はそりゃあ噂通りだけど、でも性格は、イメージと全然違って、ちょっと何かあったらすぐ怒鳴るし、楽しければ笑うし、おれが真剣に悩んでたら優しく励ましてくれるし、酔うと笑うわ脱がすわキスするわでぼろぼろだし、ツッコミは無意味に激しい。

所詮噂なんてそんなもので、イメージなんて嘘っぱちで、本当のその人なんか完全無視で。

実際にその人と話せば、そんなこと、すぐに解るのに。

「吉原」

「ん?」

「もういいじゃん」

吉原の袖を引っ張ってそう言った。

すぐに、何言ってんだよ、って、返ってくる、と思ったのに。

吉原はおもむろに腕を下ろした。

「夏休み挟んだら、どうせ皆忘れるだろうし、それに……」

信じたい奴は信じればいい。

ほんとにおれのこと解ってる人なら、そんなことあり得ないって、今まで通り接してくれるはずだ。

だから、いいや。

「もう、チャイム鳴るから、おれ、教室、帰るね?」

笑ってみせると、吉原は小さく息を吐いた。

「………そうか」

吉原が何を考えているのか、やっぱりわからない。

人の心を読む力を手に入れたら、真っ先に彼の心を読もう。

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