18
ゆっくりと意識が現実世界に戻されて、まばゆい光におれは、両手で顔を覆った。
同時に、おれの視線の先にあった天井が、見慣れないものであるということに気付いて、んう、と声をもらしながら、重たい両手をどけてみる。
おれの部屋じゃない。
なんかすげぇ和風なかんじの天井だ。
忍者とかいそう。
きっといるだろう。
いるに決まっている。
「お代官や……そちも悪よのう……」
なんか違うような気もするが、大体正解だろう。
そうだ、そういえばおれの部屋には、布団が無いのだ。つまり、今おれが布団に仰向けで寝ているということ自体、不可解で不可思議で、非日常と言っていい、結構重大な事件だということだ。
実はおれ、生まれてこのかた、自分の部屋以外で寝泊まりしたのなんて、小学校と中学校の修学旅行の、二回だけなのだ。
「ふぁ……あ」
しかし、こんな急な大事件に体がついていけていないのか、思いっきりあくびをする余裕、というかのんきさを保っているおれは、特に理由も無く寝返りをうった。
吉原の寝顔が目の前にあった。
「あー……思い、出したかも」
ここは、リョウさんの、家だ。
お酒を飲むと記憶が飛ぶ、と母さんは言っていたけど、おれはそうでもないらしい。昨夜起こった一部始終を、比較的鮮明に憶えている。
あのあと、高校生がカラオケにいられるギリギリの時間までどんちゃん騒ぎは続けられ、その後リョウさんがタクシーを呼び、宇垣と日野のことは、5人のうち一番意識がしっかりしていた(けどテンションの高さは宇垣さえ抜いてダントツだった)望月に任せて、住所のわからない、訊いてもロクに答えてくれない吉原と、未成年飲酒なんて父親にバレたら本気で勘当されてしまうであろうと容易に想像がつくおれは、リョウさんの家に泊めさせてもらうことになったのだった。
そんなわけで、8畳の和室に、おれと吉原は並んで布団に寝ていたのである。
「あーあ……」
ファーストキスはあいり、セカンドキスは僕って何、サードキスは吉原。
妹と本と男。
だめだ。
おれの人生もうだめだ。
スタートして16年で派手に転んでしまった。
もう追いつけねえ。
誰にだよ。
「ちくしょー、吉原が悪酔いするのがいけないんだぞお……」
とか、人のせいにしてみたり。
「うう……リョウさん……リョウさん探さなきゃ……」
結局抜け出したまま外泊してしまったのだ。母さんはどうにかなるとしても、あの父親をごまかす自信など、おれには無い。
憂鬱。
だけど、早く帰らなきゃ、もっとややこしいことになる。
リョウさんにお礼言って、そうして、帰って謝ろう。
さすがに、お酒を飲んでしまいました、なんて言えないけれど。
だるい体を無理矢理起こすと、頭にズキンと痛みが走った。二日酔い、というやつだろうか。
まだなんとなくボーッとしていて、それでもふらふらと廊下を歩いた。
「リョウさん……?」
リビング、にはいない。
台所にも誰もいない。お風呂に入っている様子もない。
「あれ……リョウさん、二階?」
のろのろと、手すりに頼りながら階段を上って、階段に一番近いドアをノックしてみた。
「……ぅん?」
中から声がした。
けど……リョウさんの声じゃ、ない?
「……どしたの、あんたがノックなんてめずらしー……」
と、
言いながら出てきたのは、上半身裸で、髪を茶色に染めた、20歳前後のお兄さんだった。
「………あれえ?」
お兄さんは頭を掻きながら、キョトンとおれを見下ろした。リョウさんや吉原ほどではないが、おれよりも少し背が高い。
「………、……誰?」
それはこっちのセリフだった。
「ええと……」
どう答えるべきか迷っていると、お兄さんはその間に全てを察したらしく、あぁ、と納得したように頷いた。
「あーあーあーやだもうリョウさんったらこんなカワイイ子連れこみやがっちゃって!あの性悪サディストになんかヒドイことされなかった?」
「し……性悪?」
それって、リョウさんのことだろうか?
だとしたら大変な誤解である。リョウさんはとてもいい人で、性悪だとかサディストだとか、そんな言葉とは無縁の人なのに。
「り……リョウさんは、性悪でもサディストでもありませんからっ」
言ってもいいのかとためらいつつ、おれがお兄さんの言葉を否定すると、お兄さんは、
「え……あ、はぁ」
と目を丸くして、首をかしげた。
「んーっと……まあ、キミにとってあの人がそーゆーヒトだってんなら、じゃあ、キミにとっては、そーゆーヒトなんだろうな、あの人は」
お兄さんは困ったように、よくわからないことを言った。
それからしばらく、おれとお兄さんの間には気まずい沈黙が流れ、もう、もういや、耐えられません、ということでおれは、
「ええと、リョウさんを、探してるん、ですけど」
と言うと、お兄さんは、
「あー……ゴメン、知らね」
と答えたので、あ、そうですか、と頷き、おれはそそくさとその場から離れた。
………本当に誰だったのだろう、あの人。
雰囲気からして、ここに住んでいるか、少なくとも昨夜おれや吉原と同じようにここに寝泊まりしたらしかったが。
「リョウさんの……弟、とか?」
弟がいるなんてきいたことなかったけれど、そもそもリョウさんは、兄弟どころか両親の話すら話そうとしなかったからなぁ。
あのお兄さんが知らないということは、リョウさんは二階にはいないのだろう、と若干しっかりしてきた思考回路でおれは考えて、とりあえず一階に降りてみた。
「おぉ……かんなみ」
おれがお兄さんとの気まずい沈黙に耐えている間に起きていたらしい吉原が、和室に戻ったおれに声をかけた。
ものすごく顔色が悪い。
大丈夫なのか?




