17
「かき氷食ったらさあ」
吉原は、まるで明日がノストラダムスの大予言で地球が爆発すると言われた年月日だとでも打ち明けるかのように、絶望に満ちた瞳で言った。
「頭がキーンってなるんだよなあ………」
………。
知るか。
「かき氷食ったらさあ、頭がキーンってなるんだよなあ」
「………」
「かき氷食ったらさあ、頭がキーンって」
「だぁからぁ、知らねぇって言ってんだろォ!」
ついにおれの堪忍袋の尾はぶちギレて(あれ、堪忍袋にはしっぽなんてないはずなのにどうして堪忍袋の尾って言うのだろう?)、意味の解らないフレーズを繰り返す吉原に、温厚なこのおれが、珍しく怒鳴った。
大体おれは、かき氷を食べて頭キーンってなったことが無いのである。だから、かき氷食ったらさあ、頭がキーンってなるんだよなあ、なんて言われても、知るか!!というかんじなのであるよ。わかるかい?
しかも吉原、かき氷のくだり以外にも、絶望先生のくだりが存在し、それがまた意味不明なのである。というか、絶望先生という言葉自体が意味不明。何、絶望先生って。どんだけ反面教師だよ、と言いたい。というかさっきから言ってるんだけど完全にスルーされている。寂しい。
で、その絶望先生のくだりというのは、
「絶望先生のさあ」
これである。
「第七集のさあ、最後のピクロスさあ」
この時点でもう銀河のレベルで理解不能である。
「あとでコピってゆっくり解こうって楽しみにしてたのにさあ、友達に貸してさあ、返ってきたらさあ、解かれてたんだよおぉおおぉぉぉおおぉおおお」
頼むから病院に行ってくれ。
「絶望先生のさあ!」
「なんで人に貸す前に解いておかなかったんだよおっ、ばか!」
「第七集のさあ!!」
「せめてコピっておけばよかっただろお!!」
「最後のピクロスさあ!!!」
だめだ。
今の吉原には日本語が通じない。通じる気配がしない。
「あとでコピってゆっくり解こうって楽しみにしてたのにさあ!!!」
しかもその声が半涙声なのである。聞いていて鳥肌が立つくらいの同情を買う美声なのである。もうそろそろ勘弁してほしいのである。
「友達に貸してさあ、返ってきたらさあ、頭がキーンってなるんだよなあ!!!」
「ならねぇぇぇよッ!!!」
「かき氷食ったらさあ、最後のピクルスさあ!」
「かき氷にはピクルスなんて入ってねぇよ!!」
「友達に貸してさあ!!」
「ピクルス入りのかき氷とかどういうのをモティーフにして生み出されたのか皆目見当もつかねぇよ!!」
「返ってきたらさあっごほっげほ」
「ベジタリアンをターゲットにした新商品かッ」
「げほ、う、むせちゃった」
というかんじで意味不明のフレーズを繰り返しては吉原、けらけらと陽気に笑うのだ。
なんてこった。
吉原は笑い上戸だったのか。
誰かに助けを求めようと周囲の人間に目を配ってみるが、だめですわ。
宇垣も日野も望月もリョウさんも泥酔状態である。
まあ酔わせたのはおれなんだけど。
いや、ノリで。
飲ませたら飲ませたで、なんかおれ自身は、みんなに反比例するみたいに酔いがさめはじめ、さてどうしてくれようこのぐだぐだな空気。と、でろんでろんなボックス内の中心で綾波レイ並みの冷静さを取り戻しつつあるおれは、重大な問題に、気付いた。
泥酔した5人の高校生。
その中でただ一人、成人した男が焼酎をちびちびと口に運んでいるこの光景。
どう見ても、
どう見てもこの状況、リョウさんの招いた惨事ってことになるんじゃねぇの?
「どーしよ」
悪いのは勝手にリョウさんのお酒を飲んだ挙げ句に全員をめちゃくちゃに酔わせてしまったおれなのに。
リョウさんが捕まったらどうしよう。
「い……今のうちに、言い訳考えとかないと」
なんて。
えへ。
おれ、着実にズルい大人に近づいていってら。
ごまかすことばっか考えてさ。
これじゃあきっと、あいりに嫌われちゃうなぁ。
あいりは大人が、大っ嫌いだから。
「かぁあんなみぃいっ」
と、
さっきまでおれの背後で、絶望先生の頭がキーンだの、かき氷食ったらピクルスが返ってきただのと、ますます意味の解らない言葉を繰り返していた吉原が、後ろからおれを羽交い締めにし、おれの口に焼酎の瓶をそのまま突っ込むものだから、おれはがぼっ、と吹き出しつつ、喉に冷たくて熱い液体が流れていくのを感じて、ふふ、なんかまた酔いが回ってきたかもしれないよこれ、ふふ。
というふうにおれがまた気持ち良くなってきたところで、
は、
なんだこれ。
吉原はけらけら笑いながら、絶望先生のかき氷食ったらピクルスがキーン、ともうとっくの昔に何かの歯車が狂ってしまったフレーズを繰り返し、しまいにはおれに脱げよこのやろうと一見何の脈絡もなさそうに見えて実は何の脈絡もない要求を突きつけてきやがります。
おれがやだよなんでだよと抵抗する間もなく吉原はけらけら笑いながらおれの服を有無も言わさず剥ぎ取りはじめ観衆、つまり宇垣や日野や望月やなんかがそんな吉原の一挙一動になんでか知らんがめっちゃウケている。
ウケてる。
おれ、ウケてるよ。
とおれが軽い快感を覚えたのと同様、おそらく吉原もつい調子に乗ってしまったのだろう。しょうがない。気持ちはよく解るのだからおれは何も言えないのだが、あろうことか、あろうことか吉原は、おれの頬にキスをしやがったのである。
普段のおれならば、うわ、キモい、なにしやがるあっちいけ、と吉原を殴り倒すところであるが、あいにく今のおれは吉原と同じように酒をのみ、吉原と同じようにいい気分になっているのであり、おれ、ノリノリである。
しょうがねえやつだなまったくもう、ノってやるか、なんちって、おれは、おれの服を脱がす吉原の唇に、キスを、してしまったのだった。
あーあ。