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あっさり吉原と望月を道連れにすることに成功し(この成功のおかげで後々大変酷い目にあうのだが)、時刻は19時13分、場所はこのあたりで一番安いカラオケボックス。メンバーは、おれ、宇垣、日野、吉原、望月、そしてきちんと髭を剃り、歳よりも若く見えてしまうくらいに格好良くなったリョウさん、の6人。
何故リョウさんが混じっているのかというと、まぁ言ってしまうと、おれの保護者役である。
夕方6時ちょい過ぎ、そんな時間から一人で家を出たのは初めてであり、母とは対照的に妙な厳しさを持つあの父親にだけは見つかるまいと、こっそり自分の部屋の窓から抜け出したおれは、コンクリートの地面に華麗に着地する際、髭を剃ったばかりらしいリョウさんに偶然その姿を見られてしまい、あちゃあ、どうかこのことは父さんには内密に、と言うとリョウさんは、にかっと笑って、
「おう、ところで桜ん坊、ドコに行くんだ?」
と何気なくおれに質問し、おれが何気なく
「カラオケです」
と答えると、うちの門限が今どき高校生にもなって7時という異例の早さであることを知っているリョウさんは、
「ふぅん……一人じゃ帰ってきたとき言い訳がメンドーだろ、リョウさんがかわいい桜ん坊のためについてっちゃる」
と優しく言ってくれたので、たしかにこのまま消えたらひょっこり帰ったとききっと父さんに大目玉をくらうに違いない、よし、ここはリョウさんの好意に甘えよう、リョウさんなら頼れる、ということでおれは、その場で宇垣にメールを送って了承を得、リョウさんに同行してもらうことにしたのである。
そうしてたった今、日野が浜崎あゆみという人の歌を歌い終わったところであるが、吉原の歌声はまだ聴けていないのであるが、盛り上がってきた宇垣や日野や望月の隣で、おれはリョウさんに恋愛相談を持ちかけていた。
「だから、だからねリョウさん、おれ、おれはあいりにきらわれたくないんすよぉ」
「あぁあぁ解るよその気持ちは。そうだよなあ、なんかこう、暴走、しちゃうんだよなあ、気持ちが先に先にって突っ走ってって、あぁ解るよ、うん、押し倒さなかっただけ偉いぞ桜ん坊」
そう言っておれの頭を撫でるリョウさんの顔がほんのり赤いのは、リョウさんがお酒を飲んでいるからである。
焼酎というやつらしい。
「………あの、リョウさん?」
「おう?どーした、吉原くんとやら」
「その……いえ、なんでもありません」
「あん?そうか?」
と、吉原はしきりにリョウさんと会話をしようと試みている。だがその度に、おれに気を使っているのか、おれのほうをちらっと見ては言葉を止めるので、こちらとしてはこの恋愛相談を止めるべきかどうか悩むところだが、吉原はなんでもありませんと言っているので、まぁいいか、とおれは相談を続けている。
で、
まあそんな調子でおれが一度も歌わぬままに二時間くらいが過ぎ、また吉原も一回しか歌えず(やっぱ普通に上手かった)、リョウさんはかなり出来上がっている様子、そして宇垣と日野は最近知り合ったとは思えないほどに望月と仲良しさんで、もうボックス内の熱気はすごいことになっている。
「そーお、おれはあ、ええとお」
「ほーお、そおかあ」
まだおれは何にも言っていないというのにリョウさん、赤らんだ顔でへらへらと笑って相づちをうつ。そばで宇垣がめちゃくちゃに歌っているため、おれもリョウさんも叫びあうように大きな声で話をしなければ、会話が成り立たない。
いや、叫んでも叫んでも会話は成り立つ様子がないのであるが、伝わらないと会話は絶対に成り立たないしね。いや、というかこのリョウさんを見ている限りじゃこれ、ちゃんと伝わってんのかあ?ってかんじなんですけど。
で、もうだめだこりゃ、みたいな、長さんみたいな、で、吉原のほうを見てみたら、吉原、ものっすごくシケたツラしていやがりますから、ふふ、吉原ったら、つまんなそお(笑)
と、吉原は唐突に、おれを見て、首をかしげて、はは、なあんかインコみてぇ、ふふふふ、んで、吉原は唐突に、おれに近寄って、おれの顔をまじまじと見て、言った。
「神波、お前……酔ってる?」
「はあん?寄ってねえよ!!」
「寄っ……酔ってんじゃねぇかどう見ても」
「寄ってないってえ」
「ハイハイお前は寄ってないなぁ、お前は弁当じゃねぇもんなぁ」
「うひひひ、ひのまるべんとーかッ」
「なに欧米かみたいなツッコミ入れてんだ、意味わかんねぇよ」
「そもそもおれが寄るりゅうーがないじゃないですかあ」
「りゅう?理由?あぁ……って」
吉原は一度きょとん顔をしてみせてから、んふ、おれが飲んでた、にがいじゅうすをとりあげた。
「これ酒だぞ!?」
は?さけ?
「あひゃん」
なんだよーこれ、ミョウにニガイにゃあと思ったら、なんか喉に熱が残るなあと、思っ、たら、なんだよー、リョウさんの酒かよお?
「うひっ、みせーねんいんしゅ?おれぇ、もしかしてーいけない子れすかっ?」
「………」
「っすよねーえ、ぼくってばもお、お酒はのむしぃ、門限はやぶるし、プラスイオンかもしだすし、リポDを一日に3本飲んで巨大化して街をめちゃめちゃにするし」
「安心しろ、最後のは絶対にしてない。俺が保証してやる」
「えへ、ありがとっ」
「いや、可愛く礼とか言われても」
吉原、なんか焦ってる。ふふ、おもしれー。吉原が焦ってる。どうやらこのへんが吉原の焦点らしい。
焦点?
焦点ってなんだっけ、なんか社会か理科か国語か数学か理科か英語できいたことあるきがするぞ。
まいっか。
「吉原さあ、吉原はぁ、お酒は呑んだことあるのかい?」
「な………無い」
「だったらあ」
その時は、なんか、テンション上がっちゃったんだ。
なんでか知らんけどめっちゃ楽しくてさ。
だから、まあ、それは、しょうがないよ。
「はつたいけん、だなっ!」
そう言っておれは、
吉原の喉に、おれが飲んでいたにがいじゅうすを、ぐいと流し込んでみた。
そのときの吉原の表情といったら、もう、………。
コトバにできねえ。