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明日の体育は高跳びらしい。
せっかくサッカーをやる気になったというのに。
これではモチベーションが根こそぎ奪われてしまうじゃないか。
「少なくとも今週はサッカー無いってことかあ」
ため息をつきながらおれは、放課後の図書当番に向かっていた。
今度カラオケに行こうよ、と日野に誘われた。
当然のごとく、宇垣も一緒だ。
おれは三人で十分だったが、日野は、人数が多い方が楽しいからと、おれに、吉原も誘うように言ったのだ。
吉原がカラオケなんて、どんな歌をチョイスするのか想像もつかないが、その分、吉原の歌を聞いてみたい気がして、日野のそのお願いを聞くことにした。
だが今思うと、吉原がそんなところに来てくれるか、わからないよな。
吉原はそういうの、付き合ってくれるタイプだろうか。
「ちぇーりぃッ!!」
ばし、とおれの背中を叩いた誰かに、おれは反射的に身構えた。
「あ、れ、望月」
「いよっす!図書室行くんでしょ?一緒に行こ!」
「うん……あ」
望月の、やはりどこか含みのありげな笑顔を見て、おれはひらめいた。
「望月さ、カラオケって、好き?」
「カラオケ?超すき」
「ほんと?だったらさ、おれと、宇垣と、日野と、まだ誘ってないけど吉原と、五人で行かない?今度の土曜日。多分、夜なんだけど」
おれと宇垣と吉原、三人の中に、日野だけ紅一点は、かわいそうかな、と思い、おれは、望月も誘うことにしたのだ。
「いくー!!」
良いノリだ。
「じゃあ、時間とか場所とか決まったら、また教える」
「楽しみにしてるねぇ♪」
そう言うと望月は、何の前触れもなく走り出した。
しかも全力疾走である。
どうしたんだろう。
まさか、望月、壊れた?
「もっ、もちづきぃ!?」
「なーあにっ、チェリー?」
おお、大丈夫そうだ。
望月は、もうすでに図書室の前で止まって、おれを待っている。おれはかけ足で望月に追いついて、望月よりも先に図書室に入った。
「いきなり走り出すから、望月が壊れちゃったのかと思った」
「あははぁ、あたしゃもうとっくの昔に壊れてるさッ!」
カウンターに向かうおれの背中に、望月は比喩めいた発言をした。
これが比喩なのかそうでないのか、おれにはわからない。
「そんじゃチェリー、あたしはあたしの仕事をするよ」
「うん」
おれもおれの仕事をするよ、と望月の真似をしてみるが、とはいえ放課後の図書室。客の姿は多けれど、カウンターにまで用のある人はそういない。
本の貸し借り目当ての利用者は、大抵昼休みに済ませ、放課後は部活に専念したり、さっさと帰ってしまう人ばかりなのだ。
暇だ。
昼休み以上に暇だ。
「帰りたいなぁ……」
おれはカウンターに伏せて、ぼんやりと図書室の入口を眺めていた。
と、ふいに長身の男前が入ってきた。
あれぇ……絶対に知ってるんだけどなぁ、顔も見たことあるし、ただ、名前がね、思い出せない。
「や、や、やま……山口?」
違うような気がする。
ってか、山口って、吉原のときとおんなじ間違いじゃね?
「あー……だめだ、思い出せん」
「何がだ?」
「あのイケメンの名前がぁ……って」
おれは閉じていた目を開いて、真上を見上げた。
さかさまの吉原が視界に入った。
「吉原、なんでいんの?」
いつのまに背後に回り込んだのだろう、吉原、気配がまったく無かったぞ。
「本を返却しに来ました」
わざとらしい敬語で言い、吉原はおれの顔面に本を直撃、させた。
「んぶ」
僕って何、という文字にキスしてしまった。
いーもん、おれのファーストキスはあいりだもん。
「んう……ごへんきゃくですねえ?」
ちょっと不機嫌なかんじに言ってみると、吉原は、ぷっ、と、何がおかしいんだこのやろう、吹き出しやがった。
「………。てかさ、これ、昨日借りてなかった?」
「あぁ、昨日借り……」
吉原は、何かに堪えきれなくなったように、再び吹き出し、口元を押さえて、声を殺すように笑った。
おれから目を背けている。
ということは、つまり、おれが吉原を笑わせてるってことかぁ?
「一日で読み終わったの?」
「あ……あぁ……っく」
だから、何がそんなにおかしいんだよ!?
「…………」
「あ、いや、ごめ……思い出し笑い……くっ、くはっ」
「何だよお、……思い出し笑いするヤツはえろいんだぞ!」
「ばぁか、お前以外の男はみんなそうなんだよ」
「えっ、そなの!?」
「ぶはっ」
吉原はついに爆発したらしく、カウンターの影に隠れるようにしゃがみこんで、けらけらと笑い出した。
こうなると、吉原が一体何を思い出して笑っているのかが気になってくる。
「一体何を思い出したらそんなに笑えるの」
「や、いいよ、気にするなよ!」
意味がわからない。
なんでおれがなんか吉原に悪いことしたみたいなかんじになってんの?
「まぁ……そういうことだから」
どういうことなのかさっぱりだが、吉原はそんな自己完結の合間に、おれがあんなに苦戦した本の返却の手続きを、さらりとこなしてしまった。
「あっ、今日はおれの当番なんだぞ!!」
「はぁ?何、お前、やりたいの?なら明日もやれよ」
「それはやだ」
「わがままなやつだなお前」
「負けず嫌いなだけだもん」
「あまり変わりは無いだろう?」
そんなことを言いながら、吉原はおれの隣に座った。
………ん?
「吉原、もしかして、おれの代わりに……?」
「代わりにじゃない。一緒にだ」
「そぉれじゃあ意味ないじゃあんっ!」
「……………」
おれの嘆きは完全に無視し、吉原はカウンターに頬杖をついた。
「……あ、そうだ吉原」
「どうした?」
「一緒にカラオケ行かない?」
吉原は一瞬固まって、ゆっくりとイスの背もたれに体重をかけ、
「何だそれ」
と言った。
「思いつきか?」
「違う違う、日野がさ、ええと、宇垣と望月も行くんだけど、日野が、吉原も一緒にどうかって」
「………へぇ。まぁ、別にいいけど」
それは実にあっさりとした答えで、おれは軽く拍子抜けしてしまった。
もしかすると吉原、カラオケとか、嫌いじゃないのかもしれないな、と思った。