13
「つまりそれは」
吉原は凄まじくざっくばらんに、おれの悩みを要約した。
「近親相姦ってことか?」
「やっ、それは違って、まだやってなくて、キスしただけでね」
「あぁ、そう」
「うん」
吉原の表情を伺うが、おれに吉原の感情は読めなかった。
「ねぇ、おれ、どうすればいいんだろ」
「どうすればって言われても……」
吉原の言葉には、戸惑いなど微塵も含まれてはいなかった。むしろ他人事である。
「俺には妹も姉もいないから、そんなことを考えたことも無いしな」
「…………」
なんだよ。
なんだよ友達がこんなに悩んでいるというのにその態度は。
せめてもう少しさぁ、フリだけでもさぁ、もう少し考えてくれたっていいじゃない。そんなんじゃ嫌われちゃうぞ。
なんて。
吉原がそんなの気にするわけないか。
「その、妹……あいりだっけ?あいりはさ、どんなかんじなわけ?」
「どんなかんじって?」
「反応。したんだろ、キス」
「うんうん」
「そんときの反応は?」
「反応は、……別に」
「別にって……」
「だって、別に、普通だったよ」
「まったくの普通?」
「まったくの普通。普通に、お腹空いたって言うから二人でハンバーグ弁当を食べました」
「ハンバーグ弁当?」
「ジャスコのやつ」
「あぁ、ジャスコのは安いよな」
「うん、安くて美味い」
「で、あいりはお前に対してどうなの」
「どうって?」
「ええと、あいりがお前を、好きであるか否か」
「わ………っかんない」
「わかんない!?」
「わかんないよ。あいりが考えてることなんて、あいりにしかわかんないよ」
「じゃあお前、一方的に好きだからキスしたの?」
「でも、あいりは嫌がらなかったよ?」
「そう……だとしても」
吉原は、さっきとうってかわって、慌てるようにおれに言った。どうしたんだろう。
「拒否できなかったとか、そういうので、嫌がれなかったんだとしたら、どうすんだよ」
………は?
「拒否……できなかった?」
そんなの……あいりに限って。
「ありえないよ、それは」
眉をひそめる吉原に、言われた言葉を理解出来ぬまま、おれはぼんやりと否定した。
「ありえないよ」
あいりは嫌ならはっきりイヤって言う子だ。
腕は細いけど、抵抗するくらいの力もある。
「どうしてありえないなんて言い切れる?」
吉原はおれの肩を掴み、顔を覗きこんだ。
そうされてやっと、おれは自分がうつむいていることに気付いた。
「どう……しよう」
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
「あ……あいりに」
視界がぼやける。吉原の顔が歪む。おれの声が震えている。声を。
「あいりに、嫌われたら、どう、どうしよう」
やっと、声を絞りだした。
絞りだせた。
「あいりに………嫌われたら、おれ、どう……どうし、よ」
「落ち着け神波、……ちょっ、おい泣くなよばか、俺が泣かせたみたいだろ!」
吉原は困り果てたように、おれの頬を強くこすった。
「よっ……吉原に泣かされたんだもん」
「……ほう、言うじゃないか」
「うそだよう、怒るなよう」
「………」
おれの髪をぐしゃぐしゃにして、吉原は困ったように言った。
「まぁ、その……ごめん、神波を責めてるわけじゃないんだけど」
責めてるじゃん。
「俺はあいりがどういう子なのか知らないけどさ、多分お前のことだから、……お前のことだからって言うほど俺はお前を知ってるわけでもないんだけど」
そういえば、おれと吉原がこんなに話すようになったのは、つい昨日のことである。
なんでかおれも、吉原のことを何でも知っているような気がしていた。
どうしてだろう。
まるで吉原が、昔からの友達みたいに思える。
「無理矢理キスしたってわけでもないんだろ?」
「うっ、うん、多分」
「多分ってなんだよ多分って……」
「あいりは、おれのこと好きって言ったことない、から」
「まぁ、普通は言わないかな」
普通は。
やっぱりおれは、普通じゃないのか?
「ねぇ、吉原」
おれは吉原に聞いた。
一番聞きたかったこと。
「ヘン、かな」
吉原が目を丸くした。
「妹を好きになるなんて、やっぱり、ヘンかな?」
不安になって。
吉原にさっき、シスコンだったのかって言われて、不安になって。
だから聞いてみたかった。
「変じゃないよ」
吉原は笑った。
初めて会った時みたいに。
大抵の乙女は恋に落ちるのであろう、綺麗な笑顔で。
吉原は答えてくれた。
「少なくとも俺は、変じゃないと思う」
応えて、くれた。
「ほっ、本当?」
うなずく吉原に、おれは心底安心した。
おれはあいりが好きだ。
好きで、いいんだ。