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CHERRY  作者: のの
11/35

10

吉原が怒っている。

けれどおれは知らなかったのだ。本当に。第一、吉原だって何も言ってなかったじゃないか。

放課後も図書当番の仕事があるなんて。

「でも放課後も図書室が開いているってことはお前でも知ってただろう?」

「そりゃ知ってたけどさ」

「どうして当番のことには頭が回らないんだよ」

「どうして当番のことにまで頭が回るのさ」

あっ、反論なんてやめとけばよかった吉原がすげぇ殴り飛ばしてやりたいって顔してる。

「違うよ吉原、これは言い訳じゃないよ。理由なんだよ。言い訳と理由は違うでしょ?」

「この場合なら言い訳と理由は類義語になるんだよ」

そんなの理不尽だ。知らなかったんだからしょうがないじゃないか。

「でも吉原ぁ」

「何だ、まだ口答えするつもりか?ぁん?」

「うっ……」

だんだん吉原の口が悪くなっていっている気がするのはおれだけではないはずである。

「おっ、おれね、バス通なわけよ」

「当番で遅くなったらバスが無い?」

「そうそうそうそうそうそう」

「歩いて帰れ」

「うわっ、なにこいつ鬼ですか悪魔ですか」

「おれは鬼でも悪魔でもなくただの図書委員だ。そしてお前も図書委員だ。図書委員としての仕事をする義務がある。意味が解るな?」

「………つまり、おれは夏休みまでに学級文庫の本を図書室に返さなければならない」

「そう、夏休み中に本の整備やら入れ替えやらをせにゃならんからな。……って違うだろ!なんで今学級文庫の話になるんだよ!?」

吉原のノリツッコミだった。

期待以上だった。

「困ったことにこれは癖になりそうな気持ち良さだ」

「何の話だボケ」

はうあっ、ついに吉原はおれを罵倒するようになってしまった。吉原は乙女たちが憧れるさわやかジャニーズ系のクールガイだったはずなのに。

「一体何があったんだ吉原……一体何が吉原をこんな鬼キャラに……」

「てめぇだろうが!」

おれらしい。

「まぁまぁ吉原、もういいじゃん過ぎたことは」

「お前が言うな」

「日野だってそう思うでしょ?」

「えっ、あ、あたし?」

少し離れた場所にいる日野に聞くと、日野は困ったように吉原を見た。唐突にふられて戸惑いを隠しきれないらしい。吉原は、関係の無い人を巻き込むんじゃない、とおれを叱った。

「っていうかチェリー、オレにゃ聞かねぇのな」

「宇垣は頼りにならないからなぁ」

「あぁっ、ひどい」

「お前、旧知の相手には本当に強いんだな……」

本当のことを言っただけなのに、吉原は呆れたようにおれに言った。

「………まぁ、過ぎたことをぐちぐち言っても仕方がないのは確かだが」

「なぁんだ吉原、ちゃんとわかってんじゃん」

「なんかお前いちいち腹立つな」

「えへ」

「えへじゃねぇよ。今日はお前が一人で当番なんだから、サボるなよ」

よく言う、自分だって授業サボってたくせに。

「でもさぁ吉原…」

「あぁあぁぁあぁぁぁあ!!」

……………。

なんだ今の叫び声は。おれが反論しかけていたというのに。

吉原の背後から、一人の女子生徒が、おれたちのうちの誰かを指差しながら、こちらに駆け寄ってきた。

「みぃつけたっ、よっしぃ!」

宇垣並みのテンションである。

何者?

「も……望月」

「おはろー」

吉原が望月と呼んだ女子生徒は、吉原にピースして、含みのありげな笑顔を見せた。

ほんとに誰?

「吉原のカノジョ?」

「はぁ?冗談じゃないな。単なるクラスメートだ」

吉原に耳打ちすると、全力で否定された。吉原は望月のことがあまり好きではないらしい。

そんなやりとりが望月には聞こえたらしく、望月はけらけらと笑った。

「ナイナイナイ、安心してあたしよっしぃよりもチェリー派だからぁ」

何の派閥だよ。

「なんでヨッシーとおれを比べるのさ、次元が違うじゃん……いくらなんでもひどすぎる」

「言うと思った」

吉原は、だめだこいつ、と言わんばかりにため息をついた。

「あはは、チェリーおもしろー!噂通りの天然くんだねっ!」

天然くんと言われてしまった。

悪かったな。

悪かったな天然記念物で。

悪かったな特別天然記念物で!

悪かったな絶滅危惧種で!!

「違うおれはもう絶滅危惧種じゃないんだ、絶滅危惧種は卒業したんだぁぁぁぁ!!」

「え?なにそれ、どゆこと?」

「………どうしたんだ神波?」

望月は首をかしげ、吉原はおれの様子を伺うように、うつむくおれの顔をのぞきこんだ。

そうだった、おれはもう絶滅危惧種じゃないんだ。

ん?

いや、そもそも絶滅危惧種って何だよ。別におれは動物なんかじゃ、パンダとかトキとかメダカじゃないんだよ。おれは人間なんだよ。「ねぇ吉原、おれはなんで絶滅危惧種なの?」

「はぁ?」

吉原は間の抜けた声を上げた。

「チェリーがキスも初恋もまだだからじゃない?」

「んー、そこはむつかしいトコでさぁ」

日野の答えに、望月が付け足した。望月は結構なおしゃべりらしい。秘密をすぐにバラすタイプだろう。気を付けなきゃ。

「キスしたことない男子高校生なんて、そこいらにいっぱいいるよね。初恋もまだなヤツだって、珍しくはあっても、稀少価値はそんなに高くない。だけどねチェリー、そんな男どもとキミとの間には、決定的な違いが、越えられない壁があるの。何だかわかる?」

なんか熱弁し出した望月に、おれは首をかしげてみた。望月はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。

「ルックスよ」

………。

「その顔の良さでその純情さ。その二つがあってチェリーの価値があり、その二つが、キミが絶滅危惧種である所以なワケ」

……………。

「はいチェリー、そんな露骨に何言ってんだコイツってカオしなぁい」

「あ、うん」

「いやそこは否定しようぜ?」

宇垣が苦笑した。

宇垣に苦笑された。

よりによって宇垣に苦笑された。

「チェリー、あんた自覚無いみたいだけど、可愛いんだよ」

それは褒め言葉なのだろうか。

と迷うと同時におれは、男相手に可愛いなどという形容詞を使う望月の人格を疑った。

可愛いなんて言われても。

「あんまし嬉しくないし……」

「そりゃそうだわな」

吉原が同調してくれた。

「あ、もしかして吉原も可愛いって言われたことが」

「無い」

無かった。

でも考えてみると、おれが可愛いのであれば、もっと、周囲の大人たちに、可愛がられてもいいんじゃないの?

あのあいりを狙うえろじじぃだって、おれなんか見向きもしなかったじゃないか。それどころかあれは絶対に、おれを避けていた。なるべくおれと関わりあいにならずにすむ方法を常時考えていたに違いない。

「ねぇ、やっぱおれは可愛くないんだと思うよ。っていうか可愛げがないんだよ。ねぇ吉原もそう思うでしょ?」

「……可愛げがないというのは同感だな」

「だぁよねっ」

おれが笑ってみせると、吉原はおれを見下ろして、ため息をついた。

「この学校にはチェリーファンが多いっての、知ってる?」

望月は再び口を開いた。こいつ絶対にチェリー派じゃないぞ。なんか企んでるよ、絶対おれを貶めようと企んでるよ。そういう顔してる。

「………いやいやいや、ファンって」

「あぁ、多いな」

「えぇ!?」

吉原まで何を。

「あのさチェリー」

おれの背後から、宇垣が口を挟んだ。

「世界一可愛い人って、誰だと思う?」

「あいり」

「うん、そう言うよなお前は」

「宇垣くん、あいりって……?」

日野に質問されて、宇垣はきらっきらと目を輝かせ、チェリーの妹ですッ、と元気良く答えた。

「……神波、お前、シスコンだったのか」

違うおれはシスコンじゃない。シスコンっていうのは妹として、もしくは姉として相手を大好きなのがシスコンなのであり、だからおれは、シスコンじゃない。

「あのなチェリー、お前はあいりちゃんの兄貴だよな。血を分けた兄貴だ」

……………。

そうなのだ。

おれは、あいりの兄なのだ。

血のつながった、兄妹だ。

「兄妹ってさ、少なからず顔が似るだろ?」

「でもあいりは母さん似だ」

「お前、自分が親父さん似だと思ってんの?」

「え、違うの?」

「どう見たってお袋さん似だろ!」

そうだったんだ………。

でもやっぱり可愛いって言われることに喜びは感じないよなぁ。

「そっか、おれって可愛いんだ」

「チェリー……本当に知らなかったの……?」

日野が目を丸くしている。

ううむ。

じゃあなんでおれは可愛がられずに育ったのだろう。

あいりが可愛すぎて、みんなそっちに目が行くのかもしれない。うん、そう考えると納得がいく。

「吉原、おれ可愛いんだって」

「……俺6組に帰るわ」

吉原の声には、呆れたような色が混じっていた。

「あっ、吉原……」

おれの声が聞こえなかったのか、吉原はすたすたと行ってしまった。

聞きたいことがあったのに。

時計を見ると、もう始業時間が迫っている。望月はいつの間にか消えていて、教室にはクラスメートたちが登校していた。

また次に、吉原に会ったら。

「きょうだい」

誰にも聞かれないように呟いてみた。

兄妹。

あにいもうと。

「やっぱり……なぁ」

倫理的に……問題が、ある、よ、なぁ。

そんなの。

「おれにだって、わかるよ」

けれど。

「おれは……あいりが好き、だ」

昨日は、自信を持って言えたんだ。

言えたんだよ。

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