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CHERRY  作者: のの
10/35

9

青い空、白い雲。

うふふ。

うふふふふ。

「そんじゃ、いってきます母さん!」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

母さんに手を振って、おれはさわやかに家を出た。

うふふ。

うふふふふ。

「よぉ、桜ん坊」

おれがにやけながら行こうとすると、不意に背後から声をかけられた。

さくらんぼ。

チェリー。

違う、違うよそれは。

おれはもうチェリーじゃないんだよ。っていうか、チェリーなんて呼ばせねぇ。

と、そこまで考えて、いや実際はそこまでどころではなく、一発お見舞いしておれがただのチェリーではなくなったということを力の限りアピってやるぜ、まで考えたのだが、あれっ、皆は通常おれを、チェリー、と呼ぶのであって、桜ん坊、なんて漢字で呼ぶのは、絶対に、クラスメートではなく、というか、学校の誰かではないんじゃないの。ということにおれは気付いた。

で、考えられる可能性、今思いつく限りの可能性は3つ。

1,おれはパッと見さくらんぼ

2,後ろの誰かは英語と日本語を間違えるような日本人失格

3,そもそも桜ん坊というのはおれのことではない

振り返った先にいたのは、4,お隣の家に一人で住む、お兄さんだった。

そういえば一人だけ、このお兄さんだけは、おれのことを、桜ん坊、と呼ぶのだ。理由は多分、おれの名前から取って桜ん坊、であり、決して、チェリーボーイのチェリー、とかいう軽く下ネタっぽい理由ではないはずである。

「おはようございます、ええと、ジュンさん?」

「あーおしい、リョウさんだ」

「あれ……すみません、いっつも間違っちゃって」

「いいさ、名前ぐらい。それよりお前、何かいいことあったの?」

リョウさんに言われて、おれはつい、うふっ、と笑ってしまった。

いや、しょうがないよ、これは。いいことがあったってのは、事実なのだから。

「わっ、わかりますぅ?」

「何、すげぇ嬉しそうじゃん。何があった?」

いつのまにかリョウさんは、おれと一緒に歩き始めていた。

リョウさんはまだ20代だというのに、無精髭のせいで10歳くらい老けて見える。いい人なんだから、ヒゲさえ剃ればモテるだろうに。もったいない。

「ふっふっふっ、聞きたいですか?」

「ん、いや、それほどじゃねぇけど、言いたいなら聞くぜ」

「じゃあ言います」

「おう」

おれは目一杯、体感的にはみのもんたなんて比じゃないくらいにためて、隣を歩くリョウさんに言った。

「チェリーを脱出しました」

「え」

うふふ。

驚いている。

リョウさんは驚いている。

「ってことはお前、まさか、童貞卒業?」

「あ、いえ、童貞はまだ卒業してませんけど」

否定すると、リョウさんは安心するでもがっかりするでもなく、あっ、そうなの、と相づちを打った。

「ってことは、何?チェリー脱出ってのは」

「あのね、恋をね。したんですよ」

「ほーぉ」

「で、昨日、キス、しちゃいましたっ」

「ほーぉ」

きゃあ、恥ずかしい、とおれが手で顔を覆うと、リョウさんはぐしゃぐしゃとおれの頭をなでくりまわし、そりゃよかったなぁ、と祝福してくれた。いい人である、ホント。

「ほーかほーか、よかったなぁ桜ん坊」

「はいっ」

おれが返事をすると、んじゃ俺ぁここで、とリョウさんは片手を挙げた。それじゃあまた、とおれが返すと、ニカッとリョウさんは笑った。

「おう、またな、桜ん坊」

リョウさんが見えなくなるまで、おれは手を振り続けた。

「いーひとっ」

ぽつりと呟いて、おれはきびすをかえした。

宇垣がいた。

「うおっ、びっくりしたぁ」

「な、なんだよ、その反応は。まじで気付いてなかったの?」

「気付くわけないだろぉ」

「どんだけ手ェ振るのに集中してんだよッ」

言いながら宇垣は歩き出した。おれが追いつけるように、歩調をゆるめている。

「宇垣ぃ」

「ん?」

「どうかしたの?」

「何が?」

何が?

その受け答えが、だよ。

「なんか、テンション低いなぁと思って」

「そぉか?いつもどおりだけど」

宇垣は苦笑した。

いつもどおり、なんて、日野が見ても、そんなわけが無い、と思うに決まっている。

けれど。

確かに、宇垣のテンションがものすごく高くなったのは、高校に入ってからのような気もする。中学のころはもっと普通の、むしろ落ち着いた雰囲気を持っていたような。

「なぁチェリー」

「何?」

「お前さ、本っ当に、初恋、まだなの?」

う?

いや、いやいやいや、まだじゃないよ。もう、おれの初恋は、うふ、あいりに、うふふふ、やだもーどーしよ。

「ど……どうしたチェリー?」

「えっ?」

「超にやけてる」

「うひっ」

あっなんか変な声出ちゃった。

ん?

あれ?

そういえばおれと宇垣は、中学のころからの付き合いであり、おれは宇垣に、中学のころから、チェリー、と呼ばれていた。

でもチェリーって、あれ?チェリーボーイのチェリーだとしたら、あれ?中学生でチェリーって、あれ?

「ねぇ宇垣」

「んー?」

「なんでおれはチェリーなの?」

「はぁ?」

何を今更、と宇垣は言った。

「まぁ、今さらっちゃ今さらだけどさ、いいじゃん別に」

「悪いなんて一言も言ってないだろ」

「そっか」

「そうだよ」

うーむ……なんかやっぱり変だ。

宇垣はなんかこう、ひゃっほう、みたいな。んで、お前病院行けよ、っていう。そういうキャラが定着していたはずなのである。にもかかわらずのこのテンションの低さは、一体何なわけ?

いやでも中学のころはこんくらいが普通だったわけで、それを考えると、やはり今の学校での宇垣のテンションは、誰だよお前、というかんじなのだよな。

「へーんなのっ!!」

「はぁ?お前が変だよッ!」

「いやぁ宇垣のほうが変だって!」

「いんや、チェリーのほうが俺の2.5倍は変だぞ」

「でも宇垣のほうが変だもん」

「ってか何だよこの会話は」

宇垣が笑うので、おれもつられて笑った。

「もういやだお前、なんか、チェリーと話してると、会話が逸れすぎるんだもんなぁ」

「えぇ?なんだっけぇ?」

「お前本当に初恋まだなの?」

「その前に宇垣のテンションだよ」

「だから、これがデフォルトだって」

「じゃあなんで学校ではあんなにテンション高いのさ」

「え?そりゃあ」

宇垣は言葉に詰まって、

「チェリー!!………と、宇垣くんっ」

前方からの声に顔を上げ、ものすごく嬉しそうな顔をした。

「あッ、彩香さぁぁぁぁん!!」

気が付けば学校の前まで来ていた宇垣は、昇降口前で手を振る日野に、おお、いつものテンションで絶叫した。

「おはよぉ、二人とも!珍しいね、二人が一緒に登校なんて」

「おはようございます彩香さん!!今日もお美しゅうございますねッ」

「おはよー日野」

いつものあいさつを交わして、おれたちは仲良く教室に向かった。

そういえば、おれがチェリーになった理由、聞いてないや。

どうして話が逸れたのだろう。

忘れちゃった。

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