『世界はかくも美しい』
「英語I」終わりのチャイム。
教師は快活な声で授業の終わりを告げ、古臭いラジカセを片手に教室を出てゆく。
気だるい空気から一転し、生徒たちはそれぞれ自主行動にはしる。ほんの10分間の喧噪が始まる。
窓側一番後ろの席で、その喧噪に浮かんでいる一人の少年。
苦痛でしかない10分間をどうやり過ごそうかと思案しながら、机に突っ伏して窓の向こうを眺める。
空が青い。
孤独の強さと、空の青さが比例するのは何故だろう。
少年はふと思う。新しい環境に馴染めず自分がこうして一人でいると、決まって空は青さを増す。世界が美しく見える。
春から初夏にかけては特にそうだ。空は穏やかな色から鮮やかさと力強さを持つ色へと移りゆき、命が芽吹き花が咲き緑がもえる。
世界はかくも美しい。
なのに、今、自分のいる世界は美しくない。
欺瞞だ、と思う。空が美しく見えるのは、世界が美しく映るのは、世界が自分を騙しているから。
孤独に耐えきれず世界から逃げ出そうとする自分を引き留めようとしているのだ。
もしくは、自分で自分を騙している。
世界はかくも美しい。
そういうふうに無意識下の自分が、自分を騙しているのだ。
こんな自分にでも備わっている防衛本能。
これで守れるものは幾らほどだろう。
まあ、それでも、世界を憎んで生きるよりは良い。騙されていよう、もうしばらくは。
そう思って少年は目を閉じた。