『恋心ノート』
「数学B」終わりのチャイム。
教師は「ちゃんと復習しろよー」と言ってチョークの粉のついた手を払ってから、荷物をまとめ教室を出てゆく。
眠たげな空気から一転し、生徒たちはそれぞれ自主行動にはしる。
ほんの10分間の喧噪が始まる。
「よしざわぁ~」
黒髪に短髪、健康的に焼けた肌に細いながらしっかりと筋肉のついた体型の快活な雰囲気の少年が、情けない声で隣の席の少女に声を掛ける。
「イ・ヤ!」
少女はそんな彼を一瞥すると、一音一音を強調しながらきっぱり言い放つ。肩にかかるか掛からないかぐらいの黒いボブカットと、辛辣な口調にしっくりくる意志の強いつり気味の目。
「なんだよ、まだなんも言ってねぇじゃん」
「あんたが授業中隣で気持ちよさそーにいびきまでかいてたら、言いたいことぐらいわかるっての」
少女はそう言ってそそくさとノートと教科書をしまう。
「うわ、ケチ! 鬼畜! 女王様!!」
「何とでも言えば?」
「うう、お前のノート見やすいんだよー、お願いだから見せてくれよー」
「……自助努力、って言葉知ってる?」
「マジドSだなお前!!」
「マジデリカシーってモンがないなお前。」
「高梨くん、ノートならあたしの見せたげよっか?」
そんなやり取りを横目で見ていた吉沢の後ろの席の少女があっけらかんと尋ね、その声に二人が振り返る。
「え、うっそ、いいの? 佐和子ちゃん」
「うん、いーよー」
「あんがとー!」
佐和子は「ちょっと見づらいとこあるかもしんないけど」と言って、水色のドット柄のノートを高梨に手渡す。
そして、高梨と他愛ない会話を交わしながら、ちらりと吉沢の方を見て、にっこりと微笑む。
その笑顔を見て吉沢はいくらか顔をしかめ、前へ向きなおった。高梨も前へ向きなおり、ノートを書き写しながら言う。
「お前と違ってイイ子もいるもんだよなー」
「……うるせぇよ」
吉沢は先ほどよりもいっそう憮然とした表情で頬杖をついていた。