『輪廻転生』
「倫理」終わりのチャイム。
教師は淡々とした子守唄のごとき授業を終えて、そそくさと荷物をまとめて教室を出てゆく。
気だるい空気から一転し、生徒たちはそれぞれ自主行動にはしる。ほんの10分間の喧噪が始まる。
廊下側から5番目、窓側から4番目。前から2番目、後ろから4番目の席でノートを見つめながら深いため息をつく少年がいる。
栗色に染めた髪に、黒目がちの大きな二重の目。ブレザーには一糸の乱れもなく一見すると清潔な優等生という印象である。
その少年に近寄って来るのは、細い穏やかそうな目の左側にある泣きぼくろが特徴的な、黒い髪でより色の白さが際立つ細身の少年。
優等生は泣きぼくろの気配を感じ取るやいなや、ノートに視線を落としたままつぶやく。
「俺はとんでもないことをしてしまった」
「何だよ、いきなり」
「これさ。これ」
「あ、ちっちゃい虫が潰れて何とも言えない色の染みが……。コレは生理的にアレだなぁ」
「アレ、って、指示代名詞の元をハッキリさせろ」
「えぇ……文法の授業じゃないんだから……アレ、は嫌悪感があるとか、ヤバい手で潰しちまったとか、ノートが汚れた! とか、色々だよ」
「違う。お前は根本的なことを全く分かっていない」
「全否定……。お前の言う『根本的なもの』って何さ」
「今日の授業を聞いていなかったのか?」
「聞いてたよ。寝ながら」
「……今日の授業は仏教思想の話だったろう。俺はもしかしたら、授業に夢中になるあまりに俺のひいじいさんを潰してしまったかも知れない」
「はあ?」
「輪廻転生の話だ。肉体は絶えても魂は絶えず、魂の修行を終えるまでこの世界をさまよい続けるんだ」
「はあ……」
「仏教国のひとつであるブータンではな、自分の親族・知り合いの生まれ変わりかも知れぬと虫をも殺さぬそうだ。なのに、俺は一つの命を簡単に殺めてしまった……ひいじいさんかも知れないのに……」
「……つか、何でひいじいさんにそんなにこだわんの?」
「『おれはいつか空を飛びたい』とよく言っていたからだ」
「根拠薄っ! でも、まあ、小虫になって死んでもまた新しいものに生まれ変われるんだから、いいんじゃないの?」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない。命の尊さと命への寛大さの問題なんだ。やっぱりお前は根本的なことがわかっていない……」
「根本的なことよりも、お前の思考回路の方がわからなくて不思議すぎて笑えてくるよ」
(人を憐れむような、深い深いため息)
「……」