ウォシュレットは使わない
ここに日本人の落ち着く空間がある。そうトイレだ。
風呂にも引けを取らない、気が静まり落ち着くスポット。
暗く狭い個室で座る人を待つ孤高の存在。だが人が近づけば自動で便座の蓋が開き、お出迎えをするというお節介な一面もある。座る人を考え便座を暖かくして待機することもあるおちゃめな存在。
光沢のある白銀のなだらかなフォルムで排泄物を受け止め、流し去ってくれる頼もしさ。女性には音楽で排泄音を隠してくれる紳士的な一面も。
だが一つだけ。そうたった一つだけ暗黒面へと通じている、人を苦しめ事のある機能がある。
勝手に便器が開く? 違う。
音楽がうるさい? そんなのかわいらしい。
くさい? いやいや、そんなものじゃない。
『ウォシュレット』
そう、おしりを洗う機能だ。
ただおしりを洗うだけ。そう、それなら人畜無害な響きがするが実際はそんなものではない。水量を『最大』これにするだけで、何人もの人を病院送りにし長年苦しめる、凶悪な存在だ。その威力は肛門を突き破り腸にダメージを与える。長年使い鍛えられた人は耐えられるだろう。しかし、初めて使う、しかも子供がもし使ったらシャレにならないだろう。
この家の持ち主、そしてこのトイレの支配者の彼は子供の頃、始めてみた温水洗浄便座に好奇心を抑えることが出来なかった。
小さな子供が便器にすわりまず見えるのは入ってきた扉だろう。そしてその次はやはり壁にあるボタンのはずだ。ボタンがあるなら押してみたくなる。それは幼かった彼にとっては抗うことのできない誘惑。
そして彼は押してしまった。『洗浄』を。悪戯かそれとも前の人が『最大』を使う人だったかはわからないが、その砲撃は彼の肛門を破壊し、痔と言う状態異常を引き起こした。だがそれだけでは止まらない。幼い彼の腸に穴をあけたのだ。
彼の悲鳴。駆けつけた父親の目には真っ赤に血で化粧をした便器と倒れた息子。すぐに呼ばれた救急車。『洗浄』いやいや、もはや『戦場』となったのだ。
それから彼は柔らかいダブル、二枚重ねのトイレットペーパーを愛用するようになった。
だが彼は今は二十歳。もうあの時の彼ではない。十年前からトイレットペーパーをシングルの一枚のしっかりしたタイプに変更し肛門を鍛えていた。そうリベンジするために。
子供の頃はいわば奇襲を受けたのだ。だが今は無知ではない。砲撃の来る瞬間を見極めることが出来、さらにシングルのトイレットペーパーで鍛えた肛門があるのだ。そして毎日キュッと締めてはやめてそれを二千回繰り返すと言うトレーニングを続けてきた。自慢の内肛門括約筋、外肛門括約筋、肛門挙筋により恐怖は微塵もない。トラウマなど叩き伏せた。
彼は向かう決戦の間へと。
彼はリベンジの準備に余念がない。ちゃんとダイヤルを弱に合わし確認をする。徐々に攻略していくつもりなのだ。
昨日は最高にして至高の安らぎの場だった場所だが、今は違う。魔王の城のような、おどろおどろしい雰囲気を撒き散らし、お出迎えの便座オープンが今は、今か今かと待ち構えているトラップとしか思えない。
だが彼は便座の前に臆することなく対峙する。ベルトに手をかけ金具をはずす。ガチャリとそしてシュッと勢いよく抜いたベルトを脇に投げ捨てジッパーに手をかける。
便座はウィーンと低いうなり声を響かせ威嚇している。
ジャリとジャリジャリとジッパーが開き彼はそれが開ききった後油断することなく、ズボンを脱ぎ捨てる。そして最後の砦のトランクスを脱ぎ捨て下半身をあらわにする。
そして勝負が始まった。
彼が便座に座り、低温火傷の状態異常にされないようすばやく排泄を行う。
白銀に金の筋が入り、黒い塊がそれにアクセントを加える。
たった一つの轟音によりそれらはなすすべも無く流されて行く。前置きはいい、さっさと勝負だと言うことなのだ。
そうここからが本当の勝負なのだ。いつもはここで立ち上がり紙で丹念に拭いていく。
だが今日は違う。
『弱』
彼の指はボタンを押し込みミシリと音を立てる。ウィーンと音がし彼が肛門へ意識を移したその時、生暖かいものが彼を襲う。
だが鍛え抜かれた俺にはそんなものはきかない。
これならいける。と彼の本能がささやき彼はダイヤルを一気に回す!
『最大』
便座から持ち上げられるような威力に顔をしかめながらも彼は耐える。そう耐えれるのだ。今までの訓練により彼は『最大』に渡り合えるまでに成長していたのだ。
だが砲撃はやまない。ここからは持久戦だ。そう長くは砲撃は続かない。どこかで必ず砲撃はやむ。やまない砲撃などない。
そしてついにその時がやってくる。砲撃が止まったのだ。
彼は勝ったのだ。幼い頃一撃で敗北した相手に。そこで彼はあることに気づく。
便器に血が飛び散っているのだ。
そう痔は力んではいけない。昔受けた古傷、状態異常は永久に続く。
『痔』
これにより彼は引き分けだったと悟る。
だが妙にすがすがしい。これがライバルとの戦いか。魔王の城のようだった雰囲気も今は彼らを祝福しているかのように明るく姿を変えている。
ライバルが一声つぶやき彼の血は流れて行く。血が出ていることも忘れ彼はそれを見ながらパンツを履き、ズボンを履きベルトを締める。
そして、またなと今度は勝つぜと再戦を誓い、聖域と化したこの場から去っていった。
聖域と下界を遮断する扉が閉まり、白銀の存在は蓋を閉じ眠りにつく。
再び人が現れるまで。
彼が聖域へと続く扉を閉めた頃、一人の少女が彼に怒鳴る。
いつまで入っているんだ。遅い。私だって漏らしそうだったのに。
だがすがすがしい気持ちの彼はすまないと謝り自分の部屋へと帰っていく。
不満をつぶやきながら少女はトイレへと足を踏み入れた。
そして排泄を済ませ、ボタンを押す。
そして悲鳴があがった。彼女しか使わなかった『ウォシュレット』その強弱が弄られていたからだ。
だがそのときからそこは魔王の城へと決戦の場所へと聖域へと姿を変える。
彼女もいつかはリベンジをするのだろう。今はまだ出来なくても。
彼女の魂からの叫びが聞こえる
「ウォシュレットは使わない!!」
こんな小説を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
このようなノリと勢いで書きあげた小説で有意義な時間だったと思ってくだされば幸いです。作者冥利に尽きます。