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第十九話 「倉橋の巫女 後編」


 騎士―――

 

 世界最強の戦闘能力を持つ者達。

 

 日本においてその力を暗殺や諜報に特化した組織。


 それが、(しのび)


 彼らが今、分家当主の首を狙って集結しつつあった。


 警護にあたる者達は、彼らの存在に気づいていない。


 (なんということだ)


 忍を率いる頭領、“黒”はその光景をはにがみしながら睨んだ。


 (騎士に対する警備がまるで出来ていないではないか)


 代々、血生臭い歴史のある倉橋家の分家にもあろう者が、あまりにずさんだ。


 これ見よがしに銃を手にした者達を歩かせ、狙撃の的にまでしている。

 これでは襲ってください。殺してくださいといっているようなものだ。


 (なら、殺してやる)

 黒は手で合図を送り、部下と共に一斉に分家の儀式へと突入した。




 雅楽の音色


 香の匂い


 冴えた月光

 

 世界の全てが神妙に畏まっているかのようにすら感じる中、


 綾乃が場に立った所だった。


 千早を纏い、額には天冠てんかんを戴き、神楽鈴を手にしている。

 

 その彼女の口から流れるように祝詞が読み上げられる。


 舞の始まりだ。



 他の神官と共に幕屋に座った祐一は、その光景を高揚感と共に見入っていた。


 これで終わりだ。


 ついに俺が実権を握る。


 新たなる巫女


 倉橋綾乃と共に、倉橋の力を手にするのだ。


 あの時かなわなかった想いを、この力(権力)と共にこの手中に収めてやる!!


 祐一は、舞う綾乃の姿に、母由里香の在りし日の姿を重ね合わせ、万感の思いでただ舞を見つめていた。


 心から愛し、求め、そしてその血故に手に入れられなかった最愛の存在。


 倉橋由里香。


 祐一の目に映るのは綾乃。


 だが、心に映るのは、在りし日の由里香でしかない。


 まるで祐一の中に眠っていた由里香への思慕が形となったようだ。

 走馬燈のように、由里香の顔が、姿が浮かんでは消えていく。

 (ああ。俺は……)

 祐一は改めて痛感した。

 (俺は、由里香さんをまだ……愛している)

 


 「由里香さん……」




 それは、誰にいったわけではない。



 

 ただ、口から零れた言葉。




 それが、倉橋祐一最後の言葉だった。











 


 首尾は上々だ。

 その気になれば、あの巫女も殺せた。

 黒は祐一の首をかき抱いたまま、本家へ向かって部下と共に戻る道を進んでいた。


 (その気になれば、あの巫女も殺せたものを)


 それが、黒にとって腑に落ちない所だ。


 分家による瀬戸綾乃誘拐成功と同時に暗殺命令が撤回され、一切の手出しが禁止された。


 何故だ?


 黒にはわからかった。


 有里香が、何を望んでいるのか、何を考えているのか。


 (まぁ、よい)


 黒は、手にした首の重みを感じながら呟いた。


 (我らは忍。(めい)に従うのみじゃ)


 黒は、そう思うことにした。






 神官達に起きたことに関係なく、舞は進む。


 世俗ではトップアイドルとしての名声を欲しいままにする瀬戸綾乃の舞。


 正統なる倉橋の巫女、瀬戸綾乃の舞。


 それは、優雅にして優美。

 天上の舞というにふさわしい

 まさに“天女の舞”。



 だが―――


 「まっずい!!」

 その美を前にして舌打ちしたのは、黒達の突入のせいでタイミングを逸した水瀬だ。

 

 水瀬の目は、綾乃の身の回りで起きている不可視の出来事を、すべて捉えていた。


 舞う毎に、単なる暗闇にしか見えない空間へ向けて綾乃の身体から魔力が放出され、渦を巻いて天へと伸びていく。


 上空100メートルほどの所まで伸びた魔力の渦が、蜷局(とぐろ)を巻き広がっていった。


 それが水瀬にはどんな現象だかわかっていた。


 “召還”だ。


 この世界、すなわち人界を含む六界……神界、天界、精霊界、人界、魔界、霊界……のうち、自らの存在する人界と任意の界同士をつなげ、求める“存在”を招く魔法。

 それが“召還”だ。


 目の前で起きているのは、精霊界からの召還、つまり“火蜥蜴(サラマンダー)”などの小精霊を召還する魔法程度のチャチなそれではない。


 それと目の前の召還は、はっきり線香花火と反応弾(原子爆弾)ほどの違いがある。


 もし、綾乃や神官達が線香花火のつもりで反応弾を爆発させるつもりなら……。

 それを水瀬は恐れた。

 単なる爆発でもこの周囲の地形は一変するよ?

 隕石の直撃でも受けた方がまだマシだよ?


 そして、まっとうに力が作動したら……。


 ……もっと、冗談じゃない。


 この規模での召還により、二つの世界に大穴が開けばどうなるかは、全人類が知っていることだ。


 人類はそれを味わったことがあるのだ。


 あの一年戦争だ。


 人界と魔界をつなぐ(ゲート)


 あれがすべてのカギだった。

 あれから飛び出してきたのが無数の魔族・妖魔達。

 彼らにより、自分たち人類がどのような代償を支払ったのか、あの連中はわかっていないのか?

 

 焦燥感にせき立てられるように、水瀬は上空を見上げた。


 上空の蜷局は拡大の一途をたどり、そして空間を浸食しはじめている。

 浸食された空間のほころびから何が飛び出してくるか、それはまだわからないが、無事で済むことだけはありえない。


 小型の“門”が完成するのは時間の問題だ。


 そして……。

 もっと問題なのは地上。

 つまり、綾乃だ。

 綾乃の身体から放出される魔力の強さは明らかに異常だ。


 あまりに強力すぎる。


 綾乃が自分の対、つまり、自分と同じレベルの魔力の持ち主だとしても、これは異常だ。

 水瀬にはすぐにわかった。

 並の魔法騎士なら近づくことすら出来ないだろう。

 すでに周辺で倒れ伏す神官や巫女達が動かないのは、彼女の魔力により殺されたからだ。


 水瀬はすぐに結論を出した。


 “魔力暴走”


 魔力を原子炉に例えたら、綾乃という炉から発せられるエネルギーは、暴走を覚悟しなければ取り出せる代物ではない。

 いや、暴走していることは明らかだ。


 このまま放っておけば、綾乃は暴走する魔力により―――。


 上空には門。

 

 地上には爆発寸前の世界最大級の魔力の塊




 

 (逃げようかな)

 水瀬は一瞬、本気でそう思ったあと、頭を強く横に振った。


 

 「ダメダメダメ!」

 水瀬は自分に言い聞かせるように言った。

 「やめさせなくちゃ!」


 でもどうやって?

 「えっと……えっと……逃げるんじゃくって……ううっ」


 水瀬は綾乃に向かっての強行突入を決めた。


 

 綾乃を儀式から引きはがして儀式を止める。

 それしかない。

 意識を奪うか、精神に侵入して魔力へのコントロールを奪えば沈静化だって不可能じゃない。

 それが無理なら……

 無理なら……


 水瀬の顔が苦痛に歪んだ。

 刀を掴む手の震えを押さえられない。


 やりたくはない。


 でも、それでも。


 その選択肢が実現しないことを祈りながら、水瀬は祭壇に飛び込んだ。








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