なぜ、人は罪を繰り返すのか
実在する宗教や人物はまったく関係ございません。
異世界での話です
罰なんてものは、きっとこの世のどこにも存在しない。
罪だけが、ぐるぐるとこの世界を巡り、そしてどこかに行き着く。
人間も、神も、その行き着く場所を知っている者はいない。
▢▢▢▢
「聞いてください、聞いてください。私は罪を犯してしまいました。
あのお方は、それはもう傲慢で、横柄で、普段から私のことを下に見て、ただ働きをさせ、私の人生をめちゃくちゃにして。私に「お前みたいなゴミは、文句言わずに働いていればいいんだ」「黙れ!!お前に払う金なんかない!!」などと、罵声を浴びせてきました。
ああ、あのお方は酷い。とても酷い。
私は、金を稼ぐといっても、ほとんどはあのお方の稼ぎになるというのに、必死で働いている私に励ましの言葉などかけない。
私はどこで間違えてしまったのでしょうか。
いいえ。あのお方は、間違っております。
だから、私はあのお方を殺しました。
あのお方は、殺してもよかったお方です。死んで当然のお方です。
私は、あのお方を殺しました。それはもう、殺しました。何度も、石をあのお方の頭にぶつけて、ごつ、ごつ、と音を鳴らしました。
段々と石を握っているのが大変になったので、最後の方は足でぺちゃくちゃと踏みつけましたが、それはもう、私はあのお方を殺したのです。
ああ、どうかお許しください。
あのお方は、死んで当然のお方なのです。
どうか、ああ、どうか、私をお許しください」
「ええ、神はあなたの罪を許します。
正直に自分の罪を打ち明け、反省するお姿、
私が、・・・いいえ。神があなたにつきまとう罪という化物を追い払って差し上げましょう。
毎日ここに来て、神に祈りを捧げるのです。
自分の罪が消えるように祈りを捧げるのです。
そうすれば、あなたの罪は消え、神からの赦しをもらえます」
「ああ、ありがとうございます。
あのお方は死んで当然のお方でした。
だから、殺したのです。
私は、これで許されたのですね。もう、罪を背負わなくていいのですね」
「はい。
あなたは許されました。
あのお方は、死んで当然のお方でした。
毎日欠かさず神に祈りを捧げれば、あなたは救われます」
「ああ、そうですか、そうですか。
ああ、ありがとうございます。
これで、私の人生は救われたのですね。
もう、あのお方のことなど考えなくて良いのですね。
ありがとうございます。ありがとうございます。
私は、前を向いて歩くことができます」
「ええ。
あなたの罪は、タバコの煙のように、消えてなくなります。
水面の水泡のように消えてなくなります。
人間の命のように、消えてなくなります。
あなたはどうぞ、自由に生きてください」
(1年後)
両親がいない。
元からいなかった。
人間は、オスとメスが交わると生まれる動物だ。
俺は、人間だ。
でも、両親はいない。
生まれたときから、一人だったのだ。
「めぐんでくださりませんか?」
俺は通りかかった旅人二人に尋ねた。
いい服を着ている。馬に乗っている。一人一匹だ。曇っているというのに、帽子を被っている。
俺が話しかけると、二人は馬から下りて俺の目の前でしゃがんだ。
しゃがんで、俺の立ったときの身長と横に並ぶくらいだ。
大きいな、と素直に感じた。
男も女も、まだ若そうだ。
どちらも金髪だった。
艶やかな髪が、数少ない日光をクラクラと反射している。
「こんな森の中に、君は一人だけなのかい?」
見ればわかる。
他に人などいない。
「はい、一人でございます。生まれたときから一人でございます。ずっと、一人でございました。
俺は、俺が何者なのか存じ上げないのです。どなたか教えてくれればいいのですが、」
「言葉は、どこで覚えたのだい?」
男が俺に話しかけてくる。
「知っておりました。生まれたときから知っておりました」
「そうかい」
男は、ただただ笑顔を浮かべている。
女は、こちらを見ている。ただ、穴でも見つめているみたいに見ている。吸い寄せられるように見ている。
「こんなところで、何をしているんだい?」
「お恵みをもらっています。通りかかる人に声をかけ、金を恵んでもらっています」
雲の隙間から、太陽がこちらをチラリと二度見する。
ピカピカという陽光が、男と女の被ってる帽子の縁で遮られる。
「そうか。・・・実は、ちょうどお手伝いが欲しいと思っていたところだったんだ」
男がそういうと、女が「ウソでしょ?お金をちょっと渡せばいいじゃない。汚らしいわ」と言った。
それを受けて男が「いいじゃないか」と言った。
「君は一人なんだろ?家に来てくれればいい。飯も、服も、用意してあげよう。その代わり、しっかりと働いてくれればいい」
そういって、男は俺の手を握った。
女は嫌そうな顔をしていた。男の言う事には逆らえないのだろうか?
「馬にまたがることはできるか?」
男が俺の方を見下ろして、そう言った。
「はい。できます。できますとも」
俺は、男に体を持ち上げてもらい、俺の身長三つ分はあるであろう、この大きな馬にまたがった。
馬から世界を見下ろすと、木がいつもよりも少し小さく見えてきた。
茶色い色をした道が、まっすぐと続いている。
男がぐい、と鞍を引っ張って俺の後ろにまたがってきた。
そして、女も後ろにいるもう一匹の馬に乗った。
俺は馬の向いているであろう方向と同じ方を向いた。
そっちが前だと思ったからだ。
「では、行こう!」
男が手綱をしならせて、パンッと音が鳴る。
馬はグイグイと進んでいく。
景色が滝のように前から後ろに落ちていく。
俺はまっすぐ前を見ていた。
「少年よ。馬に乗るのは初めてかい?」
「はい、初めてです。何かに乗るというのは、初めてです。ずっと、何かを乗せている側でしたので」
男は俺の後ろで「そうかそうか」と言って少し笑った。
俺は前を見ていた。
馬は、案外足音が鳴るものだなあ。
俺は前を向いていた。
いくら馬が走ろうが、なかなか景色は変わらない。
木に囲まれ、緑に囲まれ、薄暗い天気に囲まれて、こんなに早く動いているというのに、どこにもいけない無力さのようなものを感じた。
しかし、馬が走り続けるうちに、段々と木が少なくなってきて、いよいよ、人の姿が多く見え始めた。
木で作られた家がいくつも見え始めた。十個に一個くらいの確率で、石でできた家も見え始めた。足元も、同じように石で作られていた。
くるりと右を向くと、人が二人歩いていて、三人の俺くらいの子供が走っていた。
くるりくるりと左を向くと、一人の大人が大きな荷物をしょっていた。二人の大人が横に並んで俺とは逆の方向に向かって歩いていた。
「街に来るのは初めてかい?」
「はい。初めてでございます」
「そうか。ここが、これから君が暮らしていくところだ」
そうして、しばらく街中を馬に乗ってゆらりゆらりと歩いた。
街には沢山の人がいて、街の奥の方には、白くて大きい建物があった。
そして、俺達はどうやらその白くて大きい建物に向かっているみたいだとわかった。
「なぜ、街にはこれほどまでに人がいるのでしょうか?」
俺は後ろにいる男に話しかけた。
俺は前を向いていたし、男に俺から話しかけたのは二度目だった。
「街は栄えている。だから、色々な人が集まるのだ。人だけでなく、物も集まる」
「俺みたいなものもですか?」
「そうだな」
そして、もう少し歩いたところで、馬がタトン、と止まった。
男が馬から下りた。
そして、男が俺に「ゆっくり下りてきてくれ。俺が支えるから」と言って手を伸ばしてきた。
俺は、馬にピタッとまたがっていた足をまず横に揃えた。そして、そのままジャンプしようとしたところを、男に足を掴まれた。
男は、俺を掴んだあと、ゆっくりと俺を着地させた。
「これが、俺達の家なんだ。そして、今日から君の家にもなるんだ」
俺は見上げた。
他の家よりは、かなり大きい。他の家に比べて、窓が三つも四つも多くついている。
一つ一つの窓には、おそらく、まぶたみたいな役割の木の板が張り付いていた。
「中に入ってくれ」
男が扉を開けた。
俺は中に入る。
中は、まず床がふかふかしていた。そして、いくつも椅子が置かれていた。
木の椅子と、よくわからない黒い椅子。黒い方は、木の椅子よりも低い。
「今日から君はここで暮らしていくんだ。まずは、風呂にでも行こうか、」
△△△△
「悪魔です。悪魔の子です。悪魔が、いるのです。私の家に悪魔が住み着いているのです。
いつも私のことを、じっと見つめて、ニヤッと気色の悪い笑みを浮かべるのです。
最初から、汚らしいガキだと思っていたのです。
私が追い出そうとしても、夫はそんな私のことを咎めるのです。
きっと、その度にあの悪魔は私たちを見て、ほくそ笑んでいたのでしょう。
ああ、気分が悪い。おぞましい。吐き気を催します。
あの悪魔が家に来てからというもの、主人は外出ばかり。私のことは全然褒めてくれないのに、あの悪魔ばかり褒めます。
夜中に悶々とした気持ちで夫をベッドに押し倒しても、寝させてくれ、などと言うようになりました。
全部、あの悪魔のせいです。
あの悪魔が、私と主人の生活をめちゃくちゃにしたのです。
主人があの悪魔を拾ったときから、汚らわしい身なりをしていました。
あのときに、私は主人を止めておくべきだったのです。
後悔しております。
あのとき、主人を止めなかったばかりに、あの悪魔に取り憑かれてしまった。
悪魔に取り憑かれてから、主人は私と目を合わせてくれなくなりました」
「そうですか。
悪魔は、人に悪さをします。
人を騙し、人を貶め、必ず不幸にします。
悪魔は、狡猾です。
普通の人ではきっと騙されていたでしょう。
よくぞ、お気づきになられました。
今度、その悪魔の元へ私が行きましょう。
悪魔は、必ず不幸を運んできます」
「ああ、ありがとうございます。
やはり、悪魔だったのですね。
悪魔のせいで、私の主人は私への関心を失ってしまった。
人の心を、悪魔に奪われてしまった。
ああ、恐ろしや。」
「神の力をもってして、悪魔を祓ってみせましょう。
神は、悪魔を許しません」
「ええ、ありがとうございますありがとうございます。
お願いします。
あの悪魔を祓ってくださいませ」
(4ヶ月後)
「起きてくださいませ」
俺はまだ寝ていた主人の肩を揺すり、起こす。
カーテンを開けて光を中に届ける。
陽の光がチラチラと空気中に舞っているホコリやらを照らす。
「おや、もう朝かい?」
主人が目をこすりながら起きた。
「はい。約束の時間まで、もう少しでございます」
「そうか。すまないね。・・・それにしても、だいぶ大きくなったな。まだ、ここに来てからそんなに経ってないよな?」
「そうですね。トマス様のお陰です」
以前は、人間の7、8歳程度の体の大きさだったが、今では10歳程度といったところだろうか。トマス様の肩くらいまでの身長になった。
主人が完全に目を覚ましたのを確認して、俺は階段を下りてリビングに向かった。
すると、下では主人の奥様であるマリー様が朝食の準備をしていた。この家に来て、最初は俺がやっていたのだが、最近は彼女が「私がやる」と言って、俺が「俺の仕事ですから、」と言っても聞かないので、やらせることにした。
「マリー様、おはようございます」
俺が料理中の彼女に挨拶をすると、彼女は「ちッ」と舌打ちをしてから、「あんたは、ここで食べないで」と怒鳴ってきた。
なぜ、俺はこんなに嫌われているのだろうか。
すると、主人であるトマス様が寝巻きのままとたとたと階段を下ってきた。
「おはよう。・・・ありがとう」
マリー様は、あまりトマス様と仲が良くないのだと思われる。
最初の頃は、普通に話していた二人だったが、最近では目を合わせようともしていないように思える。
「ああ、おはようございます」
マリー様は料理をしながらトマス様の方を向いて、笑顔で挨拶をしていたが、どこかぎこちない笑顔に見えた。
トマス様がリビングの椅子に座る。
すると、すぐにマリー様が料理を彼の目の前に届けた。
「今日は私が作りましたの。ぜひ、食べて!」
トマス様は、一瞬マリー様の方を見て「ああ、」と言って頷いてから「いただきます」と言って、まず始めにパンを噛みちぎった。
そして、卵をぐちゃぐちゃに炒めたものをパンにつけて、それを口に運んでから「おいしいよ、」と小さな声で言った。
トマス様はそこからモクモクと食事を進めた。
「そういえば、君はもう食べたのかい?」
トマス様がパンをかじりながら俺に聞いてきた。
俺は「まだ、食べておりません」と答えようとしたが、マリー様がトマス様にバレないようにこちらをジロっと睨んできたので、俺は空気を読んで「はい。大丈夫ですよ」と答えた。
もう、昼前なのだから、だいぶお腹はぺこぺこだ。
「ちなみに、旦那様は今日、どんな御用なのでしょうか?」
俺は、トマス様の食事の様子を少し離れたところで見守りながら、彼に尋ねた。
「昼過ぎには、信者が教会に来るから、それの相手をしないといけないんだ」
「そうなのですね。具体的に、どのようなことをするのですか?」
「信者たちの罪を聞いてやるんだ。それで、許しを与える代わりに、何をすればいいのか教えるんだよ。それが仕事なんだ」
「それで、罪は消えるのですか?」
「まあ、そういうことになってるよ」
まあ、そうなのだな、と思うことしかできない。
トマス様は、朝食を食べ終えると、すぐに着替えて教会に出かけていった。
俺がトマス様の見送りを終えて家に戻ろうとしたら、突然マリー様に腕をガシッと掴まれた。
「マリー様、どうされたのですか。痛いです!!」
俺は、多少反抗的と思われても、仕方ないと思って俺の腕をガッチリと掴んでいる彼女の手をどうにか引き剥がそうと、引っ掻いたりしたのだが、力の差は歴然なので、どうにも彼女の手を引き剥がすことができなかった。
「夫を唆す悪魔めっ、待ってなさい!!」
そういって、マリー様は俺を引っ張って、2階まで連れてかれた。
「痛いですっ。やめてください、」
「悪魔の言うことになんかには騙されないわっ。あんたが、夫を変えてしまった。あんたのせいよ!!悪魔め!!」
「悪魔などではございませんっ。確かに、俺には両親がおりません。でも、きっと悪魔ですら両親はいるのだと思います。俺は、決して悪魔などではございませんっ!!」
そんな俺の訴えなど聞き入れてもらえるわけもなく、俺は2階にある俺の部屋に閉じ込められた。
鍵などは元からついていなかったので、ドアの取っ手を何か棒のようなもので固定したのだろう。
扉を開けようとしても、びくともしない。
そもそも、俺はまだだいぶ幼い子供であるからな。
俺は、どうしようか、と思いながら窓の外を眺めていた。
今日は、晴れているらしい。
俺が部屋でじっと待っていると、下の階から何やら騒がしい音が聞こえてきた。
そして、どんどんという階段を登る音が聞こえたと思ったら突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
そして、マリー様と、・・・トマス様の着ていた服と同じ物を着た恰幅の良い男が俺の部屋に入ってきた。
俺は、召使いとして礼節を持って「どうされましたか?」とマリー様に聞いたのだが、マリー様はそんな俺の言葉にはまったく耳を傾けずに、「あれです。悪魔です。祓ってください。あいつのせいで、夫は、人間の心を失ってしまったのです!」と隣にいる男に向かって言った。
「・・・奥様。あれは、悪魔などではございません。あれは、なんでしょうか?」
男の目の焦点が合っていない。
俺の方を見ているはずなのに、目を合わせようと思っても目が合わない。
「なんでしょうかって、あれは悪魔です!!私の夫の心を奪って、醜い悪魔です。子供の姿を借り、大人を騙す卑怯な悪魔です!!早く、祓ってください!!一刻も早く、あの悪魔を祓ってください!!」
「もしかすると、神父様でしょうか?」
俺は、男に尋ねた。
男はマリー様の懇願には答えずに、「そうですが、」と俺の質問に対して答えた。
「神父様、俺は何者なのでしょうか?悪魔なのでしょうか?俺には、両親がいませんでした。生まれたときから、道端で物を恵んでもらう生活をしていました。
ときには、醜いと罵られたり、無視をされたり、意地悪をされたりしてきました。もちろん、物を恵んで貰えることも多くありました。それで、今まで生きてきましたから。
でも、ずっと考えていてもわからぬことです。
俺とは、何なんでしょうか?
神父という方は、神のお力を借りられるのですか?
罪をお許しになるとトマス様から聞きました。
俺の罪が分かれば、俺は自分が何者なのかわかるのでしょうか?」
男の目が、ようやく俺の方を向いた。
男は、ゴクンと、何度も唾を飲み込んでいる。
「・・・懺悔をしてくれれば、私が神のお力を借りて何をすればいいか、君に提示することができる」
すると、マリア様が「何を仰っているのですか?あれは悪魔です。夫を騙す、悪い悪魔です。早く、祓ってください!」と言って男の肩を揺らした。
すると、男はそんな彼女に「一旦、落ち着いてください」と言って手を握ってから、「今から、悪魔を祓いますから、少し、静かにしてもらえますか?」と言い放った。
「・・・君は、教会に行きなさい。
そこには、男がいる。
以前、自分のことを雇っていた地主を殺した男がいる。
彼は、神からの許しをもらった。
でも、君はそこにいる。
彼は赦しをもらったはずなのに、君はそこにいる。
ならば、君はその男に会ってきなさい。
会って、そして、そこからは自分の満足する行動を取ればいい。
そうすれば、君が何者なのか答えを見つけることができる」
「そうなのですね。
では、マリー様。
俺に外出の許可をくださいませんか?
俺は、自分が誰なのかを確かめたいです」
マリー様は、その言葉が届いていないみたいで、「ど、どういうことなの?」と何度も言葉をこぼしていた。
「彼は今、教会にいるはずだ。
会えばわかる。
だから、行きなさい」
俺が「しかし、許可を」と言いかけたところで、男は「大丈夫だから、行きなさい」としつこく言ってきた。
俺は、走って部屋から出た。
状況が飲み込めていなかったのか、マリー様は俺が部屋から出ていくのをしばらく眺めた後で、「待ちなさい!!」と俺に向かって叫ぶ声が聞こえてきたが、その時にはすでに、俺は家の玄関の扉を開けていた。
▢▢▢▢
「神様、どうか赦しをくださいませ。どうか、この私めを赦してくださいませ」
俺の目の前には、やせ細った汚い身なりの男がいた。
後ろ姿しか見えないが、俺は何かを感じた。
男が祈りを終えると、地面を見ながらトボトボと帰ろうとしたので、俺は男に声をかけた。
「すいません!」
男は俺の呼びかけなど耳に届いていないみたいだった。
俺は男の肩をトントンと叩いて「すいません」と声をかけた。
男がこちらを見てくる。
やせ細った体や、綺麗とは言えない身なりとは裏腹に、実に清々しい顔をしていた。
「・・・なんだ?」
わからないけれども、何かを感じるのだ。
神父様はなんと言っていたか、
会えばわかる、と言っていたか。
「あれ、君はなんでこんなところにいるんだい?」
俺が男の手を持ったまま固まっていたら、教会の奥の方からトマス様が現れた。
「トマス様、
俺は自分が何者なのか知りたいのです。
罪が分かれば、俺は自分の正体がわかると思ったのです。
この男に会えばわかると思ったのですが、まだわかりません。
どうすれば、良いのでしょうか?」
トマス様は、俺と男とを見比べた後、先程マリア様と一緒に現れた神父と同じように、焦点の合わない目でこちらを見つめてきた。
「・・・あの、どういうことですか?」
男は、今のこの状況を理解しかねているようだ。
すると、トマス様が男の方を見てから「もう一度、神に祈りを捧げてください。お願いします」と言った。
男は、意外にも素直に「・・・そうですか。まあ、いいですけど、」と言って、礼拝に向かった。
俺も、男の後ろについていった方がいいのか、と思ったが、トマス様が俺の肩を押さえてから、「君は、扉の前に立っていてくれないか?」と言われた。
いつものような柔和な表情ではなく、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
俺はトマス様の言う通りに、教会の入口である扉の前に立った。
ちょうど、扉の取っ手の部分が俺のへその辺りにある。
トマス様は、こちらに来て立っている俺のことをじっと見つめ始めた。
俺はどうすればいいのか、と思ってチラチラと教会の中を見ていた。教会の前に、おそらく神が祀られていると思われる祭壇があって、沢山の横長の椅子が並べられている。
男は祭壇の前に立って、手を合わせ始めた。
すると、トマス様が俺の方を見ながら、「こ、これは、」と言った。
俺は男が礼拝する様子を眺めていた。
そして、礼拝が終わる。
すると、トマス様は俺の肩をガシッと掴んで「君、今少し成長しなかったか?」と聞いてきた。
俺はなんのことを言っているのだろう、と思ったので「どういうことですか?」と聞いたら、トマス様は「その、扉の取っ手の位置に君の腹があったと思う。でも、君の腰の位置にまで移動している。自分でも確認してくれ」と言った。
俺は扉の前に立った。
確かに、少し高くなっているみたいだ。
勘違いというレベルではなく、拳1個分ほどは高くなっているようだ。
すると、礼拝を終えた男がこちらにやってきた。
「あの、もう一回やってきましたけど、」
「あ、・・・そうですね。ありがとうございます」
トマス様は男にそうお礼を告げた。
男は、いまいち納得していなさそうだったが、そのまま帰っていった。
「・・・君は、自分が何者なのか知りたいのかい?」
トマス様は、突然そんなことを言ってきた。
俺は「もちろんです。知りたいのです。自分が、なんで生きているのか知りたいのです」と言った。
「もしかしたら、それを知ったら後悔するかもし」
俺はトマス様の言葉を遮って「知りたいのです」と言った。
すると、トマス様は俺の目をしっかりと見つめて「君は、さっきの、あの男の罪だ」と言った。
「どういうことでしょうか?」
「君は、今朝私に「罪は許されれば消えるのですか?」と言ったな。あの男は、罪を犯したのだ。何の罪を犯したのかはわからないが、懺悔に来る人というのはそういう人だ。
今、俺は確信したんだ。
神は、罪を赦しなどしない。いや、罪を許すなんてことはできないんだ。
罪が、形を変えた姿。それが、君だ。
君はあの男の代わりに、今罪を背負っているんだ。
罪が生まれ変わった姿なのだ。
我々の魂が、この世にとどまり続けるのと同じように、
物質が燃やしても壊しても、この世から無くなったりすることがないように、
罪も、この世から消えることができないのだ。
だから、君はあの男の罪なんだ」
俺は、よくわからなかった。
なんとなく、あの男のことを思い出す。
『お前みたいなゴミは、文句言わずに働いていればいいんだ』
『黙れ!!お前に払う金なんかない!!』
ああ、
ああ、思い出した。
前世の記憶か、
俺の記憶だ。俺が受けた仕打ちだ。
そして、あの男が受けた仕打ちだ。
ムカつく、地主。
酷いことをされてきたではないか。
「俺は、
俺は、罪を犯しました。
人を殺したのです。
俺のことを不当にいたぶる人を殺したのです。
あの、先程の男を連れてきてくださりませんか?
俺は、罪を犯しました。
許されざる罪です。
神であっても、どうにもできぬ罪です」
俺はその場に座り込んだ。
だくだくと涙が出てくる。
トマス様は「わかった。待っててくれ」と言って、教会の外に出ていった。
俺がその場に座り尽くしていると、トマス様は先程の男を連れてこちらに戻ってきた。
男は、今度は不機嫌そうに「何度も何度も、なんなんだよ!!」と言って怒っていたが、特に反抗する様子はなかった。
「俺は、あなたの罪です。
わかりませんか?」
俺は、男にそう訴えかけた。
「は?なんだよ。お前はガキだろ?意味のわからないことを言うな!!」
そういって殴りかかろうとしたが、ここが教会だからなのか、神父が目の前にいるからなのか、男は殴るのをやめて、貧乏ゆすりをし始めた。
「あなたが背負うべき罪なのです。
人間は皆、罪を背負っています。
俺は、罪から生まれたのです。
罪から生まれたから、罪深く、自分が何であるかなどを気にしていたのです。
俺は、自分の罪に気が付きました。
しかし、気がついたところでどうしようもできません。
きっと、俺はあんたよりも先に死ぬでしょう。
あなたの懺悔で吐き出した罪は、俺が死ねばすべてあなたに帰ってきます」
俺は、男にそう訴えかけた。
声を出す度に、押しつぶされそうだった。
俺は、またその場に座り込んだ。
男は、俺をはっきりと見下してくる。何か、汚らわしいものを見るような目で、俺を見てくる。
「しっかりと見てください。
俺は、あなたの罪です。
あなたの背負うべきものです。
罰や贖罪なんてものはございません。
罪は、一生背負って生きていくしかございません。
俺のことを見てください!!」
なんだか、段々と男やトマス様のことが大きく見えてくる。
なんだろうか。
すると突然、扉が開く。
遅れて、バンっという激しい音が聞こえてきた。
「悪魔だわっ!あいつは、悪魔なのよ!!」
マリー様だ。
「マリー、どうしたんだい?」
マリー様は、ハアハアと息を切らしている。
そして、充血した目でこちらをギロリと睨みつけながら、「あなたは、騙されているわ!こいつは悪魔なのよ!!」と言って俺の方を見てきた。
「トマス様っ、彼女を止めてください!!」
先程の神父だ。
声だけが教会の外から聞こえてきた。
恰幅がいいから、マリア様よりも遅くここに到着したのだろう。
しかし、彼がそんなことを言ったときには、もう遅かった。
「マリー!!やめろ!!」
マリー様は、ナイフを持っていたみたいだ。
そして、今それが俺の腹に食い込んでいる。
「ハハハハ、悪魔よ!!悪魔なのよ!!こいつは、」
そういって、マリー様は俺の腹にぐいっとナイフを更に押し込んだ。
不思議と、痛みは感じない。
「なんだ、・・・体が、崩れているのか?」
トマス様が俺の方をじっと見ている。
マリー様がナイフを俺の体に残したまま、俺から離れた。
俺は、自分の腹を見る。
ナイフが突き刺さったまま、俺の体は足から順に砂のようにざらざらと崩れ始めていた。
「やっぱり、悪魔だったのよ!!人間じゃないわ、こいつは!!ほら!!私の思った通りだわ!!死ねっ死ね!!」
マリー様は、だいぶ満足したみたいだった。
今までで一番良い笑顔を見せた。
そして、遅れて恰幅の良い神父が教会に入ってきた。
「ああ、ハア、ハア、遅かったか、」
そういってから、俺の姿をじっと見ている。
「・・・どうなっているんだ?・・・大丈夫なのか?」
俺は、刺さっていたナイフを抜こうとしたが、もうナイフは俺の体からポロンと抜け落ちていたみたいだ。
俺は、残された時間で、あの男を探した。
男は、その場に倒れ込んでいた。
もしかすると、もう俺の抱えていたものがあいつに乗り移っているのかもな。
△△△△
「ああ、神様。
私めはあの悪魔を倒したのです。
私めは、あの、夫に害をなした悪魔を倒したのです。
私に不幸をもたらした悪魔を殺したのです。成敗したのです。
ですが、夫の関心は私に向きません。
何が悪いというのでしょうか?
私は、なぜ夫に振り向いてもらえないのでしょうか?
まだ、悪魔が取り憑いているのでしょうか?」
「懺悔すれば、あなたの罪がわかります。
悪魔は、もうおりません。跡形もなく、消え去りました。砂のようにザラザラとザラザラと」
「しかし、夫は悪魔がいたときと同じです。
あの小汚いガキがいたときと何も変わりません。
なぜですか?なぜですか?
やはり、悪魔の仕業としか思えないのです」
「悪魔などではございません。
悪魔などの仕業では決してございません」
「では、どうすればよろしいのですか?
夫は、どのようにすれば元に戻るのですか?
神様、教えてくださいませ。どうか、教えてくださいませ」
「神は、何も教えてくださいません。
ただ、懺悔をして、毎日自分の行いを悔いれば、そのときくらいは、旦那様も元に戻るかもしれません。
罪は消えません。
いつか戻ってきます。
償いなどという言葉を神は知りません。
罰という言葉を神は知りません。
あなたは、ただ悔やむしかありません。
悔やめば、あなたの旦那様くらいは、許してくれるかもしれません」
「では、私は何を悔やめばいいのですか?
悪魔を殺し、夫を解放したというのに、何を悔いればいいのですか?」
「はい。
毎日ここに来てくだされ。
そして、毎日懺悔するのです。
そうすれば、罪は軽くなります。
しかし、罪はいつかあなたの元へと戻ります。
罪は、消すことができません。
以前、雇い主を殺した男は、自ら命を絶ちました。
罪が戻ってきたからです。罪に気がついたからです。
毎日懺悔をしに来てください。
神が、あなたの罪を無責任に軽くしてくださいます。
あなたは、それで救われたと思うことができます」
(1年後)
「君は、そんなところで何をしているんだい?親や、友達はいないのかい?」
私が道端でぐうすかいびきをかきながら寝ていたら、突然男に話しかけられた。
「お恵みをくだされ。私は、生き方を知っております。
私は、自分が誰かを存じ上げませんが、どう生きればいいのかを知っています。
人の罪をもらって生きるのです。
あなた様のような、お優しい方の罪を、ほんの少し背負いながら生きればよいと、そう教わりました」
「そうか。・・・一度、教会に来てみるといいさ。きっと、君の求める物がわかる」
私は、日の光を受けた男の顔面が、どんどんと陰っていくのを感じた。
「・・・君は、自分が何者なのか気になるかい?」
私はうん、と大きく頷いた。
「自分が何者なのかわかれば、死んでも後悔しないからです」
他のも、ぜひ見てみてください




