不知火
私が幼い頃、母は生きたまま焼かれて死んだ。
戦争だとか事件だとか、誰かの思惑が絡んでいたわけではない。ただの事故だ。
五右衛門風呂の炎のなかに脚を滑らせて死んだ。
村の中でも貧しい部類だった私達の一家はなぜか風呂だけは立派な石造りで、庭におかれたそれは大層広く心地よいものだったが、母が焼け死んで以来家に風呂は無くなり、水道が通っている隣街の銭湯まで脚をのばすことになった。父が忌まわしいその石をかち割ってしまったからである。
変化はそればかりではない、母の焼死は村中に広まり人目を集めたし、調査に来た警察に日夜問いつめられた父はそれから後、外出を嫌い、仕事もしなくなってしまった。
あの日、母を残して私達を祭りに連れ出してくれた父は、行事や娯楽の大好きな父は、満面の笑みで、強引も振りまく勢いで、子供らを楽しませていたのが、そんな気強さは見る影もなく消えてしまった。何もする気が起きないようだった。
それで私は、幼いその日から、ほとんど家に居て仕事もせずに人を嫌って愚痴をこぼす、ろくでもない父親を見て育った。どういうわけか家に代わる代わる訪れる見知らぬ他人の手によって私達兄弟は助けられ、当時小学生にも満たなかった長兄の私が中学に上がるまで、何とか生活はできていた。
私が習字の資格をもって、高校には行かず塾を開業し商売で家計を支えるようになると、世話をしてくれていた人々はいつしか家に訪れなくなってしまっていた。恩を返すひまもなかった。
私は弟達だけでも進学させてやれるよう気張って働いた。
そうして今となっては、父はただの居候の有様となった。
家に風呂は無いままだ。
父が風呂を壊す姿も 集る人ごみも 警察が来てから子供だけで取り残された記憶も、そして母の死にさまも 忘れられない幼少の傷として焼きついている。
私はもうじき成人を迎える。
ある日、弟達とは別行動で1人銭湯に向かった。
もう長年通いつめて、主人とも大層親しくなり、情けでろくな金もとられずに身体を洗う。おもてを閉めた後トクベツに入れてもらう日さえあった。この時もそうだ。
もう客の来ない大きな風呂で存分に手足を伸ばす。
はあー、と息吐くのと同時に全身の重みがとけていくように思った。
その時カラリと戸が開いて、ここの主人が「邪魔するよ」と入ってきた。
真っ白な頭に骨と皮の体でも、伸びた背筋、濡れたタイルを危なげなく渡って、他に誰もいないシャワーをマナーよく扱い道具を一旦片す。
そして主人はゆったりと私の隣に身体を沈めた。
「今日も遅くまで、働いとったんか」
主人の声からは労いが感じられて、働いて生きる者同士としての共感を抱く。私は言われた言葉に首肯する。
「ええ」
「それでもこれだけ遅いのは初めてだな、いつも俺が入る前には出て行かれるが」
「夜間も少しやることにしたんですよ」
「そりゃ、働きもんだな…」
主人は私からすぅと視線をそらすと、何か思いはせるように白く覆い込む湯気を見上げた。
「真面目なことだ。……親父さんゆずりかね」
……その言葉に、私は驚いて しばし口を開けたまま、何と返すこともできなくなった。
まずあの腐ってばかりの父を働き者だと言われたことに、そしてこのご主人がうちの父親を知っているらしい口ぶりに動揺して、「人違いじゃ無いですか」ともごつきながら答える。
「父は、働き者とは程遠いですよ。人違いじゃないですか」
「いや、違わんよ。恩人を忘れたりはしねえわな」
ご主人はふっと少し口元を緩めたようで、刻まれた皺が主張をやめ、少し若返ったように見えた。
……恩人?
「あのひとには世話んなった……先生は顔立ちよく似とるよ。だが、働き者とは程遠いってのはどういうわけかね……あのひとはもう左官屋はやっとらんのか」
左官屋。そうだ、そういえば父はあの母が亡くなった一件より昔、左官屋をしていたのだった。私は幼かったせいでもうほとんどそんな父の姿は憶えていないが、その時このご主人も父に仕事を依頼したのだろうか。
「あのひとは大層腕のいい左官屋さんだったよ、お弟子さん何人も連れてただろう、先生はまだ小さかったから憶えていないかい。自分ちも自分で建てちまって、同業者住まわせてやってなあ。何がしか住まいに事故がありゃ誰んとこでも駆けつけて、修繕しちゃ、それが終わるまで泊めてくれなすったよ。おふくろさんが毎日大勢の食事や洗濯もしてくれとるって、よく惚気られたもんだ。はっは」
おふくろさん、と言われて私はぎくりとした。
私にとって、母は奔放な父に苦労を掛けられいつも忙しそうに息つく間も無いまま、無惨に焼け焦げ顔もわからなくなった、不遇な死体であった。父は子供から見て、決して愛妻家でも無かったと思う。
あれから数年、墓参りも行かず、仕事にも出ず、気難しさばかり拍車のかかっている厄介な親父だ。それが急にいきいきと語られ、ましてや母を惚気ていただとか……しかも弟子達やこのご主人の、大勢の前で。
「頑固でも有名だったが、その分しっかり筋の通った人だった。加えて素晴らしい仕事振りでな。だからアタシは、ここを建てる時必ずあの人に頼もうと最初っから決めていたんだ」
ぐるりと見回す。ご主人と同時に、私もそうしていた。信じられない心持ちだった。このご主人の言うことでなきゃ、まるで夢物語だと一笑に伏していたかもしれない。
ここを、父が……
洒落た模様のタイル張りと、立派な石の湯船を見詰める、それで私ははっと思い至った。小さい頃、どういうわけか貧乏なうちが、近所の何処よりも立派な風呂に入っていたこと。
あれは、まさか
その想像に裏付けを与えるかのように、ご主人が続けた。
「けど、そうか、もう左官はやめてしまったのか。あの風呂でおふくろさんがあんなことになっちゃあ、無理もねえのかな……」
と。
父は母を故意に殺めたのでは無いかと、警察に尋問されたらしい。しばらく置去りにされたのは、そういった事情だったのだ。
そんなわけが無い、と父を信じてくれたご主人のような人達が、その後次々現れ助けてくれた見知らぬ他人の正体だった。
けれど父はよほど辛かったろう。他人から「警察の言うことなんざ出鱈目だ」といくら励まされようと、本当に無実であろうと、
父にとっては 自分が愛した仕事で作ったモノが 自分の最愛の人を殺したのだ。
家に帰ると私は、久方ぶりにこの手で父の部屋の襖を開けた。
薄暗い中箪笥の前に座り込んで居た父は、眉一つ動かさないままでこちらを振り向いた。
その箪笥には、扉になっている内側に、母の仏壇が収まっている。
ああ、数年ぶりに口をきく。
「銭湯に行ってきたよ」
……言ったきり、私の咽は張りつきそうになる。けれど何とか「ご主人と湯に浸かってきた」とまであらわした。
父は「そっか」と呟いて、しばし沈黙の時が流れた。
「……」
「お前には」
先に続けたのは父だった、「苦労をかけたね」と今更頭を下げてくる。
私は何も言い返せなかった。事実そうだし、でも、もう責める気にはなれなかったから……
黙って、黙ったまま部屋に入り正座した。
仏壇に手を合わせる。
写真の中にいる母は、朗らかに目を細めて笑っていた。




