私は魚になる
その日私はいつもと違った。何が違ったのかと言われたら、言えないけれど違ったのだ。今までめんどくさくて、行動に移せなかったが今日は行動に移した。私はずっと成りたかった魚になるのだ。
私は、コオロギの鳴声を聴きながら自転車を漕いでいた。私の乗っている自転車は、三つ上の姉からのお下がりのカメムシ色の自転車だ。姉が高校から電車通学をするようになって要らなくなったから、私に来たものだ。私のものであって、私のものではない。
今着ている服は全部姉からのお下がりのものだ。この服を見て姉が何かあるたびに、思い出話をしてくる。これもやっぱり、私のものであって私のものではない。
昔から、家族の中にうまくいることができない。どんな感じで、と聞かれても答えることはできない。ただ息苦しい。でもこれだけはわかった。ここでは私はずっと息ができない。おそらく私は生まれてくる場所を間違えたのだ。
古いカメムシ色の自転車で、私は急な坂道を登っていく。漕ぐたびにギシギシと少し嫌な音をたてる。ヒールでこなければよかった。自転車が漕ぎにくい。でも、きっとこのヒールで来なかったら後悔していた。綺麗な赤いヒール。私のヒール。お小遣いを貯めて頑張って買ったお下がりじゃない、私のためだけのヒール。
そうして私は一つ目の目的地についた。ドラッグストアである。ジュースも、お菓子も何もかも買える。私が魚になるための薬も買える。私は、魚になるための薬を買った。もしも薬が効かなくて魚になれなかったら困るから、二箱。さっきからスマホがずっと鳴っている。きっと親友の彼女がいつもみたいにくだらない話を連投してきているに違いない。
また私は古いカメムシ色の自転車で走り出す。目的地までの道のりに、魚になったらもうくることのない私が通っている中学校が見える。あそこには、私の親友がいるが彼女にも会うことはもうないだろう。きっと、彼女なら私が魚になってもわかってくれるし、魚になったことも納得してくれるに決まってる。私は中学校を尻目に、最後の目標のところに私は辿り着いた。
綺麗な黄色の光が、海に反射して海岸まで滲んだ道を作っている。波の音と、生ぬるい風が私を撫でる。見慣れている光景のはずなのに、なぜか涙が溢れた。私は、涙を拭い薬を持って自転車を降りた。堤防を登り、砂浜に降りる。砂浜をヒールで歩こうとしたが、ヒールが砂に埋まる。埋まっていく。歩きにくい。
どうしようもなくなって私は、私の赤いヒールを脱いだ。履いて行きたかったけど仕方がない。私のヒールを右手に、左手に薬を持って歩く。ヒールがゆらゆら揺れて、足の指の隙間に砂が入り込む。沈んでいく足には、少し湿った砂が当たって心地がいい。海にs近づいていくたびに波の音が大きくなっていく。
私は波打ち際までついた。私は、私のヒールを履いて海に足をつける。少し冷たい。少し冷たい海も、少しうるさい波の音も私には心地がいい。
少し波打ち際で遊んだ後私は座った。服が濡れるがそんなものは気にすることにならない。私は左手に持っていた薬を開けた。青色の錠剤が、シートにいくつも入っている。それを二箱分全部手のひらに乗せた。手のひらに乗っているそれらは、魚の鱗のように輝いて…。
私はそれを一気に口に入れた、当たり前だけど飲み込めない、苦しい。一回吐き出さざるを得なかった。
「けほ…おえ…」
どうにか薬は手で受け止めることができたが、全部一気に飲み込むのは無理だと悟った。仕方がないから一粒ずつ飲むことにした。
一粒目食べる。何もない。
二粒目を食べる。何もない。
三粒目を食べる。何もない。
四粒目を食べる。何もない。
五粒目を食べる。なんだか気分が悪い。
六粒目を食べる。目が回る。
一気に四粒食べる、目の前がぐるぐる回って吐き気がする。今ならまだ取り返しがつくのではないかと思う。
その気持ちを振り払うために残った粒を海水で一気に飲む。
視界が暗転する。
今は干潮だ。だから私はこのまま海に流されていき、死ぬのだろう。それを魚たちが食べ、私は魚になる。




