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始まり/2

結界を抜けた瞬間、世界の匂いが変わった。


柔らかな風が髪を撫で、木々の隙間からこぼれる光がまるで宝石のように感じた。

村という狭い檻しか知らなかったその存在は、初めて触れる本当の外の世界にただ息をのんだ。


木々は目覚めを歓迎するようにざわめき、草花は朝露をまとって淡く輝いている。

その景色は、長い孤独に耐えた心を一度に溶かすほど美しかった。

(…外だ!!!……出れた、出れたんだ!!)

裸足のまま一歩、また一歩と地面を踏みしめる。

新緑と湿った土の匂いが胸に広がり、倒れ込めば花の香りが微かに混じる。


けれど永遠とも言える眠りの後の身体はすぐに息を切らし、走り続けられるほどの体力は残っていなかった。

木陰から小動物がひょこっと顔を出し、不思議そうに首を傾げる。


自分以外の生物に、感極まって思わず涙があふれた。

しばらく小動物と戯れたあと、森の奥に小さな川がきらめいているのが見えた。


(……気持ちいい……)

そっと水へ足を浸すと冷たすぎず、温くもない適温の水温だった。

流れる水は透き通り、小さな魚が群れをなして泳いでいくのが見える。

空を見上げれば、雲がゆっくりと流れ、木漏れ日に頬が照らされて、熱を感じる。

あの膜の中では決して見ることのできなかった空の広さを一身に感じた。

(…これからどうしよう?)

とりあえず情報収集の為にも誰かと会わなければ話は進まない、気合を入れて小川を降ってみることにした。



あの廃村から出て、一ヶ月は経ったのだろうか。

森を抜けるために沢山歩いたが、同じ道を歩き続けている。

真っ直ぐ歩いたのに数日後には真反対にあるはずの同じ場所に帰ってきたりを繰り返している。


初めは落胆、絶望したが歩き続けて気づいたこともある。

森自体が道筋をゆっくりと組み替えているのだということ、恐らくそれはこちらが数メートル進んだ時点で始まっている。

これに気づいてからなるべく裏をかく様に道を選んだりした。


そんな時の流れを無視した森との知恵比べをして数十年。

この世界に来てもう何十年…百年単位で時間が過ぎたが、

この身体は未だに空腹を感じたことがないことにも気づいた、もしかしたら食事が必要のない存在なのだろうか、人間ですらない自身になんとも言えない感情になる。


長い年月の中で、すっかり感情の起伏が緩慢になってしまったよう。

十年、二十年、五十年……

もう数える意味はなくなっていった。


それでも孤独は苦しい。

“誰かに会う日など、一生来ない。”

その結論に至るまで、あまりに多くの年月が必要だった。

この自分の種族の寿命が尽きるのはいつになるのだろう、情けなくも自殺は怖くて出来なかった、だからか孤独を誤魔化すように眠ることがまた増えた。


(…せめて夢の中くらい誰かと会いたい)


そんなことを願いながら目を閉じた。

(神様は私のことが嫌い…?

だから私はこんな世界に生まれ落ちたの?

私ってなんで生きてるんだろう)


久しぶりに涙がこぼれた。



森の一部になったかのように、少年とも少女とも言えないその子供は眠り続ける。

不思議なことにその間子供の周りの植物は時間が止まったかのように草も木も伸びることなく子供にとって最適な形を維持し続けていた。


そしてやっと運命は動き始める。

「…だれか……あっ…」

カサカサと音を立てながら木の影から少年が現れ、その子供を見つける。

「…………」


少年は、しばらく言葉を失って立ち尽くしていた。

森の奥へ入ったのは、ほんの出来心だった。

近くの村で「禁断の森には悪魔が棲む」と噂されていて、

子ども同士で賭けをしたのだ。

入口近くまで行って、石を拾って帰ってこられたら勇者だと。

(……こんなところまで来るつもりじゃなかったのに)

けれど後悔の気持ちは、一瞬で消えた。


静かに寝息を立てているだけなのに、

なぜか目を離してはいけないような気がした。

触れてしまえば消えてしまうような、

けれど近づかずにはいられないような……そんな不思議な吸引力があった。


(……エルフって、本当にいるんだ……)


祖母が昔語ってくれた、遠い昔の物語を思い出す。

森と語り、風と眠り、千年を生きる種族の話。

今はもう絶滅したとされる“上位の種族”。


まさか、本当に。


少年はゆっくりと膝をついた。

葉の触れ合う音すら壊したくないほど静かに。


伸ばした手が震える。

触れてはいけないように思えるのに、確かめたくて指が近づく。


その時、空気が揺れた。

森の風がひとつの方向へ流れ、

木漏れ日がその子供だけを照らすように差し込んだ。


長いまつげが、小さく震える。

指先が、微かに動く。


胸が小さく上下し、ゆっくりと瞼が開いた。

まつ毛が薄く影を落としながらも淡い光を閉じ込めた緑の瞳が、まっすぐ少年を映す。


「…………」


その視線に射抜かれ、少年は喉が詰まって言葉を失った。

世界の時間が、ふたりだけのために止まったように感じた。

それが少年__イオルの初恋だった。

やっと孤独パートが抜けれそうで安心…

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