魔法の特訓
「………できた…!」
どれくらいの時間を使ったのか、ようやくアンテルの見せてくれた水の玉を生み出すことができた。
ここに至るまでの苦労を振り返ってどっと気が緩む。
「おめでとうございます、やはり魔法の適性が飛び抜けていますね」
拍手と共に大げさに喜んでくれるアンテル。
できるようになるまでの間、部屋が水浸しにならなかったのはひとえにアンテルのおかげなので首を振って否定する・
《アンテルのおかげだよ》
ありがとう、と水を消してもらってから彼の手を握る。
「滅相もありません!お役に立てて幸甚です」
頬を染めて照れるアンテルに再度礼を言う。
「…いけません、これ以上は私が多幸感で死んでしまいます」
息を乱して顔を赤らめる姿は酷く扇情的だが細い指先で覆われた口元がだらしなく開かれていてなんとも言えない気持ちになる。
(見た目はすごくいいのに…なんでこうも残念が勝つのだろう)
そう思いながら未だに悶えるアンテルを横目に紅茶を一口飲む。
「今日は、ありがとう」
魔法の練習と並行して喋るのも練習していた。
「いいえ。私も夢のような時間でした」
また明日、とアンテルは名残惜しそうに部屋を出て一人になった。
(自主練しようかな…)
水は完璧とは言えないまでも生み出したり消したりはできるようになったので、今度は風を練習してみようと思い立つ。
両手の中に魔力を集中させて空気を滞留させて、渦を巻く、手に収まる小さな旋風をイメージしていく。
(お、おぉ…?)
弱風だが弛くふわっとした風が手のひらに現れる。
少しずつ、魔力を足して風量を増やしていくと段々と立派なものが手のひらに完成した。
アンテルに見せたいところだったが、今日は自分の仕事の後でさっきまで魔法の勉強を手伝ってくれていたので、休ませてあげないといけない。
おそらく呼び鈴を鳴らしたら秒で飛んでくるだろう。
アンテルに教えてもらっていたという前提はあるが、風は水よりも操作しやすくて割と簡単に使えるようになった。
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ル―リャの元を離れたアンテルは今日の出来事を魔王、レグナードに報告すべく鬱蒼と暗く冷たい廊下を歩いている。
思い出すのは渦中の人、ル―リャだ。
アンテルが生まれたのはハイエルフが絶滅したすぐ後のことで、生きているハイエルフは初めて見たのだ。
…いやその言い方を変える必要があるだろう。
「…只今戻りました、魔王様」
___純血のハイエルフは初めてと。
「………」
扉を開けて、膝をつくと視線だけこちらに寄越し要件を急かされるのを感じた。
眼の前にいるこの男、魔族を支配する絶対的な君主、レグナード・ヴァルグレイン
彼はかの旧時代から生きる混血のハイエルフなのだ。
あの戦争を生き延び、長い歴史を生きてきたであろうに彼は必要以上に口を開きたがらない。
…その姿はまるで、必要以上のことを語らないようにしているかのような意図的なまでに寡黙である。
だから、あの日のル―リャの件は異例だった。
普段は王の間かその周辺、あるいは自室にいることが多く城の外に出るなど、ありえない。
せいぜい戦争のときくらいじゃないだろうか。
この男は一体何を隠しているのか、アンテルは考えながら報告をする。
「此度は亜人族の奴隷制度を未だに登用している聖王国に耐えかねた獣王国が一揆を起こしたことによる開戦でした。
聖王国の亜人差別は非常に顕著で、非人道的な行為が行われているとのことです」
獣王国は魔族領土に隣接する中立の立場を維持しているので、種族も関係なく存在している。
「…獣王国を支援してやれ」
一瞬考えるような間のあとにそう一言だけレグナードは言ったのでアンテルは承知の旨を伝えそのまま下がる。
「参謀へ通達しなさい」
そう物陰に忍ぶ影に命令する。
さてあとは何をするべきだったか、と思いながら歩いていると前方に獣人のメイドが歩いていた。
そうきれいな赤髪の。
「…こんばんは」
アンテルはいつも通りの柔和な笑みを浮かべながら、そう声を掛ける。
その女が振り向いた瞬間に__毛並みの良い耳を切り飛ばした。
苦痛に声をあげて蹲り、頭頂部の耳を抑える女の耳先に止血と最低限の治癒を施して、肩に手を置く。
「気づかないと思ったか?…次はないからな」
返事も聞かずアンテルはそのまま自室への道を歩いた。
この城はレグナードが主で、皆忠実ではあるが、それも全員がというわけでもない。
ハイエルフの価値を知らない者、あるいは妬む者。
それらから守るのも自分の仕事だとアンテルは自負しているが、あまりにも敵が多い。
どうしたものかと今日もアンテルは頭を悩ませていた。




