原精霊 /2
レヴェンさんのお名前を変更しました߹~߹
レヴェン▶︎アンテル
長い講義のような説明をどうにか聞き切り、アンテルを下がらせた途端、どっと疲れが押し寄せた。
思わず頭を抱える。心臓は落ち着く気配もなく、これは夢ではないと告げ続けている。
___やはりこの世界は、生前…いや、走馬灯のように一瞬だけ思い出したあの黒歴史小説そのものだ。
未完成のまま放り投げたはずの物語。
その設定と断片的なあらすじだけを形にして、誰にも見せず封印したはずの世界。
それが、なぜか現実となって迫ってくる。
(まずは整理しないと)
主人公___つまり自分と、魔王、勇者。この三本柱しか作っていなかった。
魔王の側近である主人公は、ある時点で魔王を裏切り、世界の主導権を奪おうとする狡猾なキャラクター。
魔王と勇者は相打ちで世界は大きく乱れる。
そんなありふれていない物語を作りたくて始めたはずだった。
だが、書けなかった。
悪役を主人公に据える難しさに負け、設定だけ練って放棄したのだ。
それでも、シナリオの骨くらいはあった。
魔王が死んでも天下は取れず、結局側近は誰からも信用されず殺される___そこまでは確定していたはずだ。
なのに。
なぜ、この世界にはあのとき書いていない設定が存在するのだろうか。
ハイエルフなんて種族は考えていない。
声が出ないなんて縛りもない。
魔王のフルネームも、森の名前も、全てが追加情報なのだ。
まるで、誰かが自分の黒歴史ノートを勝手に加筆して仕上げたような。
いっそ別世界だと割り切ればいいのかもしれない。だが、小説の骨格とあまりに合致するこの世界は、簡単に無視できるレベルではなかった。
魔王が死んだあと、裏切り者である側近は処刑された__そんな記憶だけは妙にはっきりしている。
死にたくないなら、魔王を裏切らない方がいいのか。
それとも、勇者が生まれなければ魔王は倒されないのか。
(それにイオルは一体……)
設定に存在しないキャラクターの名前を思い出した瞬間、胸が苦しくなる。
髪飾りを握ると、微かに温もりが残る気がして目を閉じた。
考えてばかりでは何も分からない。
無知は罪、と自分に言い聞かせ、枕元の呼び鈴を鳴らした。
五秒も経たず、アンテルが姿を現す。
一体何処にいたんだろう。
「お呼びでしょうか?」
《……原精霊って、どういう意味なの?》
アンテルは少しだけ目を伏せて答えた。
「……簡潔に申し上げますと、遥か昔ハイエルフ同士が大戦を起こし、その多くが滅びました。
死に際に彼らは大地へと力を流し込み、その魂の残滓が大地に溶け、吹く風となり水となり……こうしていま在る精霊へと姿を変えた、と伝わっています。」
つまり精霊とは、滅びたハイエルフたちの魂が自然の循環へ還った姿。
「原精霊様とは…そんな祖先への敬称なのです」
語る声は淡々としていたが、その背後には深い畏怖が滲んでいた。
《魔王様はどんな方?》
一瞬、アンテルの表情が曇る。
すぐに作り笑いを浮かべたが、感情は隠しきれていなかった。
「この世界において、貴方様の次に価値あるお方です」
魔王アンチか、それとも何か複雑な感情を抱えているのか。
その後もしばらく疑問をぶつけ、解説を聞き続けた。
気づけば外は深い藍色に染まり、窓の向こうの光は完全に落ちていた。
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どう考えても、この世界はあの小説を基盤に作られている。
だが、ただの再現ではない。
明らかに誰かの手で完成されているのだ。
原典には存在しない要素が多すぎるのだ。
魔王城の構造。
世界情勢。
種族の設定。
そして___アンテル。
白髪のエルフ。原作の側近像とは決定的に違う。
裏切り者は金髪のエルフだった。
魔王城に他のエルフがいないと聞いたとき、背筋が冷えた。
じゃあ、裏切り者は……。
魔王の側近となり、裏切り、そして死ぬ。
そんな運命を、前世の自分が与えたのだ。
そこに何か意図があったのか、それとも黒歴史の勢いで書いただけなのか___
今となっては確かめようがない。
(思い出せるものが、何もない……)
記憶の海に潜ろうとするが、波はすべて霧散してしまう。
生前の名前すら思い出せないのだから、黒歴史小説の詳細など掘り起こせるはずもなかった。




