【2-1】旧伯爵領の街
この世界における魔術師というのは、一体どういう立ち位置なのか。ノアが一番気にしているのはここであった。
何せ、故郷を追われて死にかけてたら、拾われて知らない土地に来た、というなんとも不思議な理由でここにいるからだ。
(もし、ここでも魔術師は迫害されているなら)
その時は本当に魔術を使う機会はなくなってしまうだろう。アーベントでは、今や魔術師は治安を乱した悪人だ。
もんもんと考え込んでいると、乗っていた馬車がガタッと大きく揺れる。
「お兄さん、お嬢さん、着きましたよ」
「あぁ、ありがとう」
屋敷から1番近い街は馬車で一時間かかる、旧伯爵領と呼ばれる地域だった。馬車を降り、レンガでできた地面をコツコツと歩く。栄えてるとは言えないが、建物も整備の行き届いた良い街だ。
ノアはここにしばらく滞在して、次の行き先を決めたいと思っていた。
「おい、お前らどこから来たんだよ」
うしろか突然声をかけられて振り向くと、一人の少年が立っていた。12、3歳くらいの背丈で、顔を穴の空いた紙袋で顔を覆い隠している。
「その見た目、どうせ没落貴族か何かだろ。この土地になんの用だ」
少年はピッとこちらに向かって鋭く指を指す。なんだか面倒な奴に絡まれたなぁ、と内心ため息を付きながらノアは応えた。
「ただの旅人さ。俺はこのお嬢様の付きの人だよ」
令嬢を紹介するように手を出すが、彼女は微動だにしなかった。
少年はさっと目線を令嬢に移す。彼女の全身を舐めるように見つめると、ふうん、と息を漏らして目を細めた。
「まあ貴族だろうが旅人だろうが、金持ちなのは見りゃ分かる。悪いことは言わねえから、ここからは早く出てってくれよな」
終始こちらを睨むように見ながら、紙袋の少年走って去って行った。
やっと終わったか、と少しホッとしているがゆっくりしている暇はない。あの口振り、この場所でこの格好は、魔術師云々の前にまずいのかもしれない。
ノアは背伸びをして、立ち尽くす令嬢の耳にコソコソと話し掛ける。
「お嬢様、これは早く服を変えないとまずいかもしれません」
「何故?」
「え??」
このやりとりを見て何か思わなかったのか? こいつどうなってんだ。
「この街の住民が、お金持ちか貴族に対して嫌悪感があるのかもしれないんですよ」
「えぇ、それは知ってますが、私達が着替える理由になりますか?」
このお嬢様は、感情は理解できても着替える気は無いらしい。
ノアは本気で目眩を覚えた。これが悪意や我が儘じゃないから、一層説得が難しいのだ。
(......ダメだ。人間の常識で話しても、通じない)
彼は一度、大きく息を吸い込み、思考を切り替えた。異邦人に、全く知らない言語を一から翻訳してあげるような考え方だ。
「令嬢。貴方の、あの屋敷の庭を思い出してください」
「庭が、どうかしましたか?」
「もし、あの庭に猛烈な嵐が来たら、薔薇の花々は、どうなりますか?」
唐突な質問に、令嬢は少しだけ間を置いて、事実だけを答えた。
「……いくつか折れて、散ってしまうでしょうね。自然の理です」
「そう。それと同じです」
ノアは少しフードを持ち上げて令嬢の顔を見る。真っ直ぐに彼女のベールの奥を見つめて言った。
「今の俺たちは、その嵐の中に立っているようなものです。そして、その服は...『ここに、美しい花が咲いていますよ』と、嵐に叫んでいるようなものなんです」
令嬢はノアの言葉を自らの理屈に初めて当てはめて考えているようだ。しばらく考え込むと、静かに顔を上げた。
「なるほど、面白いたとえですね。貴方は私を『美しい花』だと思っているのですか?」
ノアの苦労はまだ続くようだ。
そんなやりとりを、一人の少年が路地裏の影から息を殺して見ていた。穴の空いた紙袋の奥で、彼は眉をひそめていた。
(なんだ彼奴ら、普通の貴族とは違うのか?)
あんなに主人に楯突く付き人なんて見たこと無いし、きっとただの金持ちじゃない。
「もういいです!とりあえず宿探しますよ!」
半ば強引に手をつかまれ、引っ張られていく金持ち御嬢様はクスクスと楽しそうに笑っていた。
***
ノアの懸念はすぐに現実となってしまった。
「もうここは満室なのよ。他を当たって頂戴」
「生憎、今日は休業日なのよ」
明らかに嘘だと分かる口調で次々と宿を断られる。この服装のせいなのか、やはり貴族に対する嫌悪感があるのか、原因は分からない。
そのうち日は傾き、途方に暮れたノアは、早速野宿でこのローブを汚してしまうことについて本気で悩んでいた。
隣の令嬢はといえば、そんな彼の苦悩などどこ吹く風で、道の花を眺めたり、物珍しそうに街をキョロキョロと見回している。
「どこにも泊めて貰えないんだろ?」
聞き覚えのある声に、ふとをノアが顔を上げると、目の前には今朝の紙袋の少年が壁にもたれ掛かっていた。
「げっ......」
「おい、そんな嫌そうな顔すんなよ。泊めるところを用意してやる。野宿、嫌だろ?」
なにやら意味深に笑う少年を信じても良いものか、迷ったが一人ならまだしも、令嬢もいる状況で野宿を避けたいのは事実。
屋敷で貰ったカバンを漁り、銀貨二枚を手渡すと少年は満足そうに頷いた。
「こっちだ」
ノアは令嬢の手をつかみ、日の差さない路地裏に向かって進む少年の後を追いかけた。
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