【1-4】旅立ちです
ノアは言葉を失った。彼女の様子からして決して良いとも悪いとも言い切れない。
ここに本がある意味とは?本があるならば、国にとって重要な事が起きるということなのか?他の本との共通点は?
思考の渦に飲み込まれていくノアを引っ張り上げたのは、書庫の扉を叩く音だった。
蝋燭を持った侍女がそっと扉を開けて入ると、深々と令嬢に頭を下げる。
「お嬢様、魔術師様、旅の準備が整いました。明日の夜明けにも御出発いただけます」
令嬢はノアから視線を外さぬまま、静かに言った。
「答えは旅の中で見つけるのです。貴方なら分かるはず。一つだけ、ヒントをあげましょう」
彼女は本をパタリと閉じてこちらに向かって歩いてくる。アーベントの本が収められた本棚にそっと触れた。
「この書庫の本達は、ただの滅んだ国の記録など単純なものではありません。『転換期』を迎えた国々です」
『転換期』というのは、大きな事件や出来事があったことを指すのだろうか。如何せん、これ以上考えて何か言っても、令嬢は決して答えないだろう。
「この故郷の歴史書を持って行っても?」
「ええ、構いませんが何があっても無くしてはなりませんよ」
彼女はそれだけ言うと、ノアを侍女に任せ、書庫の奥へと静かに消えていった。
侍女に連れられてノアも部屋に戻る。今日あったこと一つ一つ振り返っていた。今日という日を絶対に忘れてはならない、と直感的に思ったのだ。
***
夜が白み始め、カーテンの隙間から朝日が差し込む頃、ノアは重いまぶたをこじ開けた。用意された革の鞄に、旅の荷物を詰めていく。
鞄の傍には魔術師のローブではなく、紺色の夜空のような色をしたローブが置いてあった。生地はなめらかで、明らかに上物だ。袖口に銀糸の刺繍までしてある。
(こーんな綺麗な服で旅か、汚せないんだけど......)
先が思いやられて思わず眉にしわが寄ってしまうノアであった。
今まで着ていた魔術師の証であるローブは、置いていく気にはなれなかった。父から贈られた、思い出と誇りが詰まった、古びた宝物。そっと手に取ると、温かい記憶が胸に蘇る。
『ノア、10歳の誕生日おめでとう!これは父さんからのプレゼントだ!』
初めての父から貰った贈り物は魔術の練習用のローブだった。
懐かしさで思わず手の中の古びた宝物を握りしめた。
目を閉じると、あの時の記憶も鮮明に起きてくる。
ガラガラと家が崩れる音、人々の悲鳴。
『ねぇまって嫌だよ!父さん!!』
『駄目だノア。それは置いて行きなさい』
暗闇の方に消えていく父の背中。後ろを見ると、恐ろしい勢いで酷い熱波が襲いかかってくる。
(......)
自分はあの頃とは違う。
古びたローブをそっと鞄にしまう。その代わりに、あの藍色の上等な布を羽織る。フードを深く被ると顔に影が落ち、魔術師はこの世界に溶け込んでいった。
荷物を持って部屋の扉を開けるとスルスルと床を伝ってツタがやって来た。ガシッと勢いよくノアの腕を掴むとそのまま有無を言わさず引っ張られる。
「おわっ!?」
転けそうになりながらツタに着いていくとあっという間に玄関に来てしまった。なんだか、この前来たときより随分廊下が短く感じる。
「貴方は本当にレディを待たせるのが好きですね。さあ、行きますよ」
皮肉めいた言葉とは裏腹に、その声は以前より楽しそうな響きだった。
玄関には白いドレスの上から、姿を隠すように黒いローブを着ている令嬢と、いつもと変わらぬ無表情を貫いている侍女がいた。
荷物を持ち直し、扉の前に二人で立つ。
「私達の可愛いお嬢様、またお会いできる日を楽しみにしております」
侍女が深々とお辞儀をする。少し肩が震えているのをノアは見逃さなかった。
「えぇ、またあちらで会いましょう」
いつもより大分優しい声で言うと、令嬢は体をノアの方に向ける。
「行きましょう、私の証人」
重たい扉に手をかける。グッと押すと丁度登る朝日が見えた。
扉を開けた先の世界がやけに眩しくて、いつもとは違って見えたことを、俺は今でも忘れられない。
横に立つ、令嬢の薔薇の香りがまだ頭から離れない。
薔薇の令嬢の荷物は意外と少なめ
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