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花葬の旅人  作者: 風音なのか
第一章 旅立ち編
2/6

【1-2】貴方しかいない

「どうやったって、俺も分からないといいますか……」

 ノアはかつて無いほど困惑していた。目が回りそうだ。魔術師の試験を受けたときですら、こんなに冷や汗はかかなかっただろう。


 ノアの目の前で、彼女は白い花を――まるで拒絶するように、ぐっと握りしめた。だが、その指の隙間から漏れる光は少しも衰えない。

 やがて彼女がおそるおそる手を開くと、花は先ほどと何一つ変わらず、凛とした光を放っていた。


 沈黙。どれほどの時間が経ったのか。

 やがて顔を上げた令嬢は、まるで贖罪でもするかのように、力無くノアの腕からツタを解いた。束縛が消え、わずかに自由になった腕がやけに軽い。

「……少し、庭に行きましょうか」

 その声は、微かに震えていた。

 彼女はノアの返事を待たずに、動揺を隠すように背を向けると、カツカツと扉へ歩き出す。

 侍女はノアの手を掴むと、こちらも見ずに急いで彼女の後について行った。彼女もまた、主人のただならぬ様子に、声なき焦りを見せていた。


 古い階段を下りると、一段毎にギィと重い音がした。薄暗い廊下を照らすのは、壁に点在する黄色いランプの光だけ。その古めかしい意匠は、アーベントのどんな骨董品よりも、さらに昔の時代のものに見えた。屋敷の中は不気味なほど静かで、三人の歩く音が響く。


 大きな扉の前に立つと、彼女は立ち止まった。よく見ると取っ手を持つ手が震えている。少し躊躇うように足を引いたが、何かを決意したように手に力を入れて扉を開いた。


「――きれいだ」

 目の前には赤い薔薇園が広がっていた。

 ふわりと吹いた夜風に乗せられて、甘い香りが鼻をくすぐる。月の光にさらされて、雨水で輝く薔薇の花は一つ一つが宝石のようだった。


 彼女はベールを揺らしながら花の一つに手を伸ばす。ノアは息を詰めて見つめていた。

 そっと茎に触れると、たちまち薔薇はしぼみ、黒く縮れていった。茎がしなると、干からびた薔薇はぽとりと彼女の足元に落ちた。

 少しひしゃげた亡骸を優しく拾い上げると、ノアに向けて差し出した。


「貴方は、これを見て、どう思いましたか?」

 夜風が彼女のベールを揺らし、その隙間から、形の良い唇が覗く。その口元は、弧を描いていた。それは、自らを嘲るような、あるいは目の前の男を試すような、悲しい笑みにノアには見えた。

 ノアははっきりと答える。

「可哀想だと思いました」


 それは、飾りのない、ただの事実だった。

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の肩が微かに揺れる。差し出されたままの手の中で、カサリ、と乾いた音がした。彼女の白い指が花の一部を潰してしまった。


「こんなにも薔薇に囲まれているのに、触れられないなんて可哀想で」

 ハッとして顔を上げた彼女は、途中で下げてしまった。ノアは至って真面目な顔で手の中にある花を見つめている。

「それから、どうして枯れてしまうのか原理が気になりました。魔術の一種ではないのですよね?」

 ノアは彼女の顔など全く見ていない。顎に手を当てて考え込んでしまっていた。


「......貴方は、私にそのような感想を抱いてくれるのですね」

 半壊状態の枯れた花は、彼女の手の中で完全に塵と化した。サラサラと流れていく灰は、かつて花であったことすら分からないように空気に馴染んで飛んでいった。


 ふと、彼女のツタの一本が、意思を持つようにノアに向かって伸びてくる。その先端には、固く閉じた赤い蕾がついていた。

「私と共に旅に出てください」

 ノアに手を差し出し、月夜に照らされた白い彼女と赤い薔薇のコントラストの映えるこの状態は、まるで絵画であった。ツタについたつぼみがゆっくりと花開き、ノアの手のひらで咲き誇っていた。


 ノアはようやくそこで思考の海から帰ってきた。こんな美しい光景を前にしてもなお、考え込んで何も見えていなかったのだ。

「何故あなたと旅を.…..?」


 ノアには分からなかった。何故自分が選ばれたのか、枯れた花を見ただけで一緒に旅をする理由が思い付かない。

呆然と問うノアに、彼女は答えなかった。ただ、彼の掌で咲き続ける赤い薔薇に、自らの指先をそっと重ねる。その花は、枯れない。

「これが、理由です」

 彼女は言葉を続けた。


「普段は、たとえ自分から生えている薔薇であったとしても触れれば枯れてしまう。生命を奪うことしかできない私の呪いの外側に、貴方はいる」

 その声には、先ほどまでの動揺ではなく、静かな確信が満ちていた。


「だから、貴方しかいないのです」

 ベールの奥から、真っ直ぐな視線がノアを射抜く。

「私の最期を見届けて、その証人となってください。そのために、私と共に旅をしていただけませんか」

一本の赤い薔薇花言葉

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