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花葬の旅人  作者: 風音なのか
第二章 旧伯爵領編
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【2-9】路地裏は暴風域

「はぁっ、はぁっ、お兄ちゃんごめん、しっかりして......!」


 朝の空気が冷たく頬を刺していく。リリーはほとんど意識のない兄を、引きずるように背負って歩いていた。あの『死』から早く離れなければ、瀕死の兄を守らなければと必死に足を動かし続ける。


(あいつは、あの女は駄目だ。絶対に助けてくれない。我々の常識や心がない)


 兄を守ろうとしたリリーの牽制が、裏目に出たかもしれない。旅人の男が帰るのがもし遅ければ死の姫は自分達に何をしたのか、考えるだけで背筋が凍るようだ。

 リリーは、旅人の男の言葉も、薬も――何ひとつ、信じられずにいた。


 レンガの道にできた段差に躓くと、リリーの体よりずっと大きな兄ごと、地面に倒れ込んでしまった。鈍い痛みと共に、足から生暖かい液体が垂れているのを感じた。後ろに続く暗い路地裏は、兄の血で道を引いている。


「あぁ、セシル、私たちはただ平和に暮らしたいのにね」


 ふと顔を上げると、路地裏を抜けて大通りの道、旧伯爵領領主像が見える。像の後ろからは朝日が差し込んでいた。あまりの明るさにリリーは目を細めた。


「領主様……」


 かつて自分を守ってくれた人は、もういない。この街にはずっと前から居場所なんてなかったのだ。

 この道を曲がって真っ直ぐ進めば、大きな門がある。街から出れば、外の医者なら兄を診てくれるかもしれない。

リリーは痛む膝に見ない振りをして、目の前に倒れ込む兄の腕を首に掛けた。


「......そうだ、街を出よう。それで、二人で生きていこう。怪我もきっと治るよ」


 意識のない兄を持ち上げ、リリーが立ち上がろうとした時、足下で光るほのかに朝の光が消えた。


「朝から酷い怪我だね、一体何があったのかなぁ......うちに来てくれたら、セシルくんもお前の擦り傷も、応急処置してあげますよ」


 バッと顔を上げると、リリーは恐怖と憎悪に顔を歪ませた。光を遮るように、像の前に立つ、黒いベールに覆われた細身の男。

 リリーはふつふつと湧き上がる感情を抑えて冷静に言葉を発した。


「エドガー、そこを退きなさい」

「久しぶりだね、可愛い妹。いつから年上にそんな口をきけるようになったのかな?会うのは......三年ぶりですね」

「妹?街の解放者さんは私を妹だと思っていないじゃないの」


 エドガーは少し言葉詰まったが、そのまままた穏やかな声色で何か色々と話し始めた。自分達を連れていきたいようだが、大人しくついて行く気など無い。リリーは気味の悪いその様に、ゾワゾワして鳥肌が立っていた。


「はっ、エドガー、もう一度言うわ。お兄ちゃんには時間が無い。弟に死んで欲しく無いなら、早くそこを退きなさい」


 ギリギリと奥歯をかみしめて、リリーはエドガーを睨み付ける。輝く朝日はエドガーにだけ当たっていた。


「兄妹揃って反抗的なんですね。まあいいよ、みんな、この倒れている少年を僕の屋敷に連れて行ってくれるかな?そこに袋ありましたよね」


 エドガーの後ろからぞろぞろと出てくるのは、黒く上質な洋服を着た従者だった。大きな手が次々とリリーへと向かって伸びてくる。


「やめて!来ないで!」


 あっという間にリリー達を取り囲むと、中年の男はリリーを取り押さえ、その隙に、ただ淡々と作業をするようにセシルを麻袋に入れ始めた。


「まって、お兄ちゃんを連れて行かないで!嫌だ!」


 腕伸ばしても、その手は大きな力を前に阻まれる。傷が開いたのか、血が少し滲んだ袋を、従者は軽々と持ち上げた。

 同時に、リリーはこの状況に酷い既視感を覚えた。


「エドガー! また兄妹を引き剥がして......あなた、あの貴族と同じじゃないの!!」


 リリーが叫んだ瞬間、ヒュッ、と空気が裂ける音。


ドォン!!


 爆発音にも似た轟音と共に、凄まじい突風が路地裏を突き抜けた。遅れてやって来る音と暴風に、リリーは目を白黒させていた。


「う、っわ!」

「なんだこれ、風が痛いっ!」


 ザワザワと騒ぎ統率を失いつつある従者に対し、風の中心にいたエドガーの黒いベールだけが、激しく捲れ上がり、空へと舞い上がった。

 露わになったその顔が、静かに不快そうに歪められる。


 この風は、ただの風ではない。魔力が籠もっている。従者達は思わず顔を腕で覆った。近づいてくる、湿った路地裏を抜けていく、二つの足音。風は吹き続け、その威力を増していた。


「良かった、俺、まだちゃんと使える魔術あったんだな!」


 朝の青い明かりを浴びて、黒いローブを靡かせる陰。聞き覚えのある少し低い声がして、リリーはもう一度大きく声を上げた。


「旅人!」

「間に合った、か?」


 ノアは自分達を貼り付けたような笑みで見つめる中性的な青年を凝視した。少年ともリリーとも似つかわない、ブロンドの髪色をしているのが見える。


(あれは誰だ?)


 少年達の因縁の相手なのか分からないが、兎に角敵対関係にありそうな雰囲気がした。従者らしき人に取り押さえられるリリーを見て、出そうになった手を押さえ込めた自分を褒めたいと思う。


「君が弟に買い出しを頼んだ人ですね?弟がお世話になりました。家族のもめ事ですからどうぞお引き取り下さい」


 口角を上げたまま動かない表情筋と、街の外に繋がる門を指で指す青年を見て、ノアはハッと笑った。


「何が『家族』だよ。弟に平気で手を上げるような兄がいてたまるか」


 ノアはパンと指を鳴らすと、石畳を削るような鋭い突風が従者達を襲った。目を開けていられないほどの砂煙の中、リリーを取り押さえていた男が怯む。


「今だ!こっちだ!」


 ノアの声に弾かれたように、リリーは従者の手を振りほどき、ノアの元へ駆けていく。

 思わず少年の入った麻袋から手を離し、風を避ける従者たち。その隙を見逃さず、令嬢のツタがシュルリと袋へと伸びた。


 令嬢は空中で袋を捕らえると、そのまま自分の足元へと引き寄せる。袋の口が緩み、中から青白い少年の腕が力なく垂れ下がった。


「これが、『カゾク』ですか」


 令嬢は首を傾げ、まるでゴミのように袋詰めされた少年を見下ろした。新しい発見をして喜ぶ子どものように、その声は心なしか明るい。


「悠長なこと言ってる場合じゃない!お嬢様、そのツタで壁とか作れないか!?」


 ノアはリリーを持ち上げると、抱っこして走り出す。令嬢はツタで少年の入った袋をゆりかごのように抱え上げると、優雅な動作でそれに続いた。


「魔術師、貴方やっぱり面白いですね」


 背後でエドガーが何かを指示する声が聞こえる。にこにこと笑う令嬢は、エドガー達にむき直すと、周囲に自身の腕に生えるツタを切り離し、地面に落とした。

 ドン、という鈍い音と共に、地面に次々とひびが入る。たちまち黒い薔薇のツタが爆発的に膨れ上がり、不気味な城壁となって細い路地裏を完全に封鎖した。


***


「お嬢様、あの壁はどれくらいもつ?」


 ノアがリリーを抱えて走る横で、令嬢は袋を持ち上げながらスタスタと歩いていた。リリーは顔を青くさせ、俯いている。


「そうですね、あれは長時間触ると人が死ぬと思うので、中々崩すのは難しいと思いますよ」

「なっ!?」

「私の呪いを込めた薔薇ですもの」

「お嬢様ぁ……」

「魔術師がしてみろと言ったのでしょう?」


 そんな呪いを込めることもできて、しかも殺人植物と化すとは思いもよらず、とんでもない物を作らせてしまったなぁとノアはため息が漏れた。あれは枯れたりちゃんとするのだろうか、と今から後処理を案じている。


「リリーちゃん、この路地裏から街の外に向かうことはできるかい?」

「用水路があるよ、地下道を通れば多分出られる……お兄ちゃんを連れて地下まで行く自信が無くて、私は通らなかったんだけどね」


 リリーはチラリと麻袋へ目をやった。それを見たノアは令嬢を手で制止させ、荷物をそっと降ろさせた。口を広げて中から体を出すと、少年の息はかなり浅くなっていた。


「どうしよう、お兄ちゃんこんな状態じゃ薬を飲み込めない」


 ノアは少し思案して、躊躇ったがリリーに声をかけた。


「リリーちゃん、お兄ちゃんに魔術使っても良いかい?」

「魔術……?旅人さんは人間の魔術師なの?本当に?」


 リリーは見たことも無いような者を見る目でノアを見つめていた。魔術師と会うのは初めてなのだろうか。


「俺の魔術なら、もしかすると助けられるかもしれない。だから頼む」

「それでお兄ちゃんが生きかえるなら、いいよ」


 ノアは深呼吸をすると、少年の胸にそっと手を当てた。熱の出た少年の服は少し湿っている。

(爆発的な炎じゃない。ロウソクに火を灯すような小さな光。少年に巡らせる小さな光)

 ノアは目を開け、震える親指と中指を擦り合わせた。かつて炎を練り上げた指先。


 パンっと指を鳴らす音が響いた。


 指先から溢れ出した閃光が収束し、黄金に輝く薔薇が咲き誇った。それは物質としての重みを持ちながら、内側から脈打つように輝いている。


「頼む、効いてくれ!」


 ノアはその花を掴んで、急いで少年の胸に強く押し当てた。薔薇はたちまち形を保てなくなり、少年の中に溶けていく。

 まるで、雪が温かい肌の上で水へと変化するように、あるいは、乾いた土に水をやるようであった。


 少年から、スゥ、と穏やかな息が聞こえてノアはホッと胸をなで下ろした。リリーは口に手を当てて、衝撃と感動と様々な感情に入り乱れて泣いていた。


「よかった......!お兄ちゃん、よかった!」


 青白かった肌の色は血色が戻り、酷いあざになっていた腹の方は痛々しいが、少しマシな色になっていた。上から一部始終を見下ろしていた令嬢は、一瞥すると早足に歩き始めた。


「では、街から出るんでしたか?早く行きますよ、精霊と私の証人」

「待て、精霊?」

「そこのリリーと呼んでいる少女ですよ」


 ノアはギギギと油を差し忘れた機械のような動きをして、横で兄に抱きつくリリーを見た。リリーは幼い少女らしい顔で令嬢を睨み付けていた。


「ちょっと死の姫、何勝手に言ってくれてるの?」


 リリーは頭に手を当てて横に振ると、兄をそっと地面に寝かせて立ち上がった。


「私はこのリリーの体と契約している契約精霊よ。体自体は借り始めて三年くらいね」


 跳ねる茶髪をクルクルと回しながら、ニッと笑った。ノアはどうみても人外には見えないその姿に驚愕していた。令嬢は何かおかしなことを言っただろうかと、不思議そうな顔をしていた。


「だから魔術師にも伝えたじゃありませんか。精霊と契約させられる可能性があるから、名前と顔は知られるな、と」

「まさか体乗っ取られるとは思わないだろ」


 次から次へと出てくる新情報にノアは頭が痛くなってきた。もしかすると、令嬢は自分に話すべきこと色々と伝えていないのではないだろうか。


「旅人さんには後で詳しく話すわ、とりあえず今は街を出ましょう」


 ノアはスヤスヤと眠る少年をおんぶし、リリーと手を繋ぎ、令嬢を引き連れてぞろぞろと地下道を目指し始めた。

「どうしてリリーちゃんは地下道に行くのを諦めたんだい?安全に逃げれたかもしれないのに」

「旅人さんは負傷者を躊躇無く不衛生な汚い地下に連れて行けるのね」

「あっ……」



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