【2-8】人では無いから
ノアには、二人の逃げ場を無くすように埋め尽くされた蔦とリリーを見たまま動かない令嬢、青ざめたリリーの顔が目に映った。ノアは急いで令嬢に向かって駆け出すと、蔦をかき分けてその手を掴んだ。
「貴方は何をしているんだ!」
リリーはそのまま令嬢を殴りそうな勢いのノアの腰に急いで飛びついた。
「待って!私お兄ちゃんに生きて欲しいから、だから、対価が必要で、あのお願い待って!お兄ちゃんが死んじゃうの!」
それを聞いたノアはイマイチ理解できて無さそうな顔でリリーに尋ねた。
「対価?別にいらないですよ。もう薬も持ってきましたし急いで飲ませましょう。それよりも、お嬢様、上で話があるので来て下さい」
老婆から預かった薬瓶をリリーに渡すと、ノアは令嬢の手をしっかりと掴んで、足早に二階の部屋に向かった。リリーはまだ何か言いたげだったが、ノアは兎に角、早く令嬢に事情を聞かなければならない。
勢いよく客室の扉を閉めると、ノアはキリリと令嬢を睨み付けた。
「お嬢様、どういうつもりですか」
「どういうつもりって、私はただ命の価値が知りたくて聞いたのですよ」
「命の価値?それを聞くためだけにあんなにリリーを追い詰めたんですか。聞くだけなら、俺でも良かったはずです」
ノアは理解できなかった。令嬢が人では無いから感覚がおかしいというのは分かるが、人の心はないのだろうか。ノアは身体全体が冷えるような感覚がて、ぶるっと震えた。
「私はあのリリーという少女に、兄の命を助ける対価として、何か差し出すことは出来るのかと問いたのですよ。少女にとって具体的に兄の命はどういったモノなのか......」
はぁ、と大きめのため息を付くとノアは令嬢の手を掴みドアの外へ連れ出した。
「何をするのですか?」
「リリーちゃんに謝るんですよ」
「どうして?」
「傷つけたら、謝るのは人ならば当たり前なんです。覚えておいてください」
令嬢は、ノアの激しい感情の爆発を、ベールの奥から、じっと見つめていた。それは、恐怖でも、反省でもない。まるで何かのメカニズムでも観察するかのような、純粋な分析の目だった。
「......貴方も同じですね」
「何がだ」
「貴方も今、あの子供たちのために、心を、ひどく乱している。私には、理解できません。なぜ、他人のために、そこまで『熱く』なれるのですか?」
その問いは、非難ではなかった。ただ、純粋な、未知の現象に対する「問い」だった。ノアは怒りよりも、深い眩量を覚えた。
「当たり前だ。家族が、理不尽に踏みにじられる痛みを、俺は知っている。あの子たちを、同じ目には遭わせない。ただ、それだけだ」
「カゾク……」
ノアは理解して貰えて無くてもかまわないと思った。というか多分無理なんだろう、と諦めている。俺に人では無いものの常識が分かるかと言われると、無理だろうと思ったからだ。
「......俺、下に戻ります。薬を飲ませないと」
「待ち、なさい」
初めて、令嬢の側から強い制止の言葉が飛んだ。ノアが驚いて振り返ると、令嬢は静かに、しかし、はっきりと続けた。
「……分かりました。学びましょう」
「何をですか」
「貴方たちが言う、『カゾク」と、リリーが私に抱いた『恐怖』そして、貴方が今、私に見せている、その『怒り』の熱を。それが、貴方たちの言う、『命の重さ』なのでしょうから」
その、少し噛み合わない返答に、ノアが返答を困っていると、令嬢は自分から手を握ってドアを開けた。
その時になって、ノアは気がついたのだ。
家の中が静かすぎる。下の部屋から物音がしない。自らが令嬢を握る手が、少し汗ばんでいた。階段をそっと降りてリビングに繋がる扉を開ける。
「リリーちゃん……?」
部屋はもぬけの殻であった。紙袋の少年のベッドにあった布団は床に落ち、机にはノアが渡したはずの薬が倒れていた。
ノアは咄嗟に声を上げた。
「っ、リリーちゃん!少年!いないのか!?」
返事は、返ってこない。ふと視界の端が白く光ったので後ろを振り返ると、玄関が開いていた。夜明けを知らせる朝の日差しが差し込み始めている。
「魔術師、彼らは……」
令嬢が言い切る前に、ノアは彼女の手を掴んで外に走り出した。令嬢は、ただその強い熱に、黙って引かれていった。
展開を思いつかず、長らくお待たせしました。少しずつ投稿再開していきますので、次回もお楽しみにしてください




