【2-6】過去の代償
10話【2-6】
「......お婆さんはどうしてそんなことを知っているんですか」
老婆は紅茶を啜り、少し黙り込んだ。うーんと唸っていたから、どう伝えるか迷ったのだろう。しばらくして、少し躊躇いつつも続きを話した。
「そりゃ、私があの男に北方の孤児のことを伝えてしまったからさ」
この優しそうなお婆さんのことだから、北の貴族の親戚が孤児となったから街に来そうだ、という噂話を少し話していただけだったのかもしれない。本当に、伝える気などなかったのかもしれない。
如何せんノアには過去のことなど分からない。
「私はあの時、三人が引き剥がされる瞬間も全て見ていた。私の話を聞いて、嬉々として立ち去る男を見ていたのに、何も出来なかった」
老婆はティーカップを机に戻すと、重たい動きでノアの持ってきたコンコルディア領史書を開いた。
「3年前だから......丁度この辺りだね」
『カルシス男爵家に跡継ぎができた』、とだけ記されていた。この跡継ぎというのがエドガーのことだろう。このコンコルディアという名の街には色々な闇がありそうだと思いつつも、できたら首はつっこみたくないノアだった。
「そういえば、エドガー、と先ほどから名前で呼んでいますが、名前は知られるのは危険なのでは?カルシス家の跡継ぎでいいのではありませんか?」
令嬢曰く、名前を知られると精霊と契約させられてしまう可能性があるらしい。初対面ではまず名乗らないのは常識だった。
「そうだね、コンコルディアで名指しで呼ばれるのはあの子くらいだよ」
「 では、何か特別な理由が......?」
老婆は首を横に振ると、そのまま言葉を続けた。
「その呼び方はもう、違うのさ、あの子は跡継ぎじゃないもの」
老婆は何かを後悔するように顔を両手で覆った。
「知りたいなら次のページを見るといいよ」
ノアは息をのみながら、少しざらつく紙の端を掴んだ。
***
「どうして先程から黒髪の少年の手を掴んでいるんですか?貴方が掴めば彼は元気になるんですか?」
リリーという少女は魔術師がいなくなったあとも少年の前から動かなかった。何かに縋るように下を向き、少年の手を取っていたが、令嬢にはその意味が分からない。
「うるさいわよ死の姫、お願いだから壁により掛かって離れててくれるかしら」
リリーはガタガタと震え、何かを拒絶するように言い放った。しかし、幼い少女から出たとは思えない棘のような言葉に、令嬢は驚くこともなくにこにこと笑っていた。
「あら、貴方やっぱり......死の姫なんて懐かしい呼び名を使われるのね。『お姫さま』ってさっきみたいに呼んでくれていいのよ?」
リリーは返事をすることすらせず、ただ静かに下を向いていた。ただ時間が過ぎるのを知らせるように、カタカタと時計の針だけが聞こえてきた。
まず口を開いたのはリリーだった。
「あなたの連れているローブを着けた男は本当に、私のお兄ちゃんを治してくれるの?」
「さぁ、知りませんが、彼はきっと何かしますよ」
何の答えにもならない返答に、リリーは怒りが隠せなかった。思わず令嬢の方を振り向くと、リリーは叫んだ。
「それでお兄ちゃんが死んだらどうするのよ!」
「その者の身体をよく見なさい。そんなボロボロで生きていけるわけない。仕方が無いでしょう」
リリーだってそれは分かっている。このまま放置すれば兄は命を確実に落とす。恐らくそこまで長くない。
令嬢は静かに応えると、血のにじむ少年に目線を落とした。
「それよりもリリー、いえ、契約精霊よ。貴方に聞かなければならないことがあります」
「貴方は私達に何を対価として渡せますか?」
ふふっ、と大変気分が良さそうに笑う令嬢と二人を取り囲むように、周囲には美しい薔薇が咲いた。
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