智と四持がした毒親ゲーム
智は部屋に入って、ゲーム画面に映ったままの裸の女が拘束されながらも必死にもがく動きを感慨無く確かめてから、視線を女の上部にもってきて、全身を映した。
父の部屋と違って全部白壁白床だ。材質は分からない。右手の手術用の器械台みたいなものに、銀の盆が三つ載っている。その中から画面では短い筋みたいに見えるものがあったので、それを手に取った。
縫い針みたいだけれど、竹串ほどの長さがある。
十分な長さだと思ったので、智は女の左の耳の穴にそれを三分の一ほど差し入れた。
「ぴぎいいいいい」
デジタル音だろうが、よく分かる苦痛の悲鳴が上がった。鼓膜が破れたのだろう。
盆を見ると、針がまた一本補充されたので、それをほとんど先から先まで臍に刺した。
再び上がる悲鳴はもはやBGMにしか聞こえなかった。何も特技のない自分が暇を潰すために、頭を満たすために聴くミュージックと区別はない。
針は何度も補充された。胴のいたるところに深く突き刺した。膝を刺した時反応を少しだけ注意して聴いてみたが、やはり特に痛いらしく、声の質が鋭かった。
母の金切り声をここまで穏やかな安心な気持ちで聞けたのも珍しい。
少し待った。四持が、雀が歩くようなせかついた子供の足取りで部屋に戻ってきた。
「祖母ちゃんは?」
「帰った」
「四持、大丈夫だった?」
「何が?」
四持は、ささっと智の横に座った。突き出た膝がつるんとしていた。
四持が子供なのが痛ましく、かつ恵まれた幸運だと感じた。
それは、「子供なのに親を痛めつけて殺す次第になる」というのとは別の意味だった。
「貸して」
四持が智の手からリモコンを奪った。
四持は、画面上のてぐすのような糸を画面上の両手を用いて扱って、母親の片膝に巻き付けて両端から引っ張って、なんと膝を骨ごと断ち切った。
智がその鮮やかさと器用さに口をぽかんと開けて馬鹿みたいに驚いているうちに、四持は最後の慈悲のつもりか、母の額を銃で撃ってすぐに命を断った。
四持はゲームのスイッチを切って、立ち上がった。四持が部屋を出ていく扉の辺りに智は視線を一瞬きょろきょろとさせてから、トイレに立った。
一階のトイレの横の洗面所で四持が何故か智の炭酸水でうがいをしていた。
智はそれに心底安心して、四持はどんな穢れもはじき返す人間だ、死ぬまで貴い人間だと、トイレの中で声を上げずに十分くらい泣いた。
泣いている自分が貴いとは思わなかったし、言われたくもなかった。
言われたら、腐った不味いフォアグラみたいな気分になりそうで嫌だった。
手を洗って、瞼を手の中の水で冷やした。気持ちの良い水が体の芯に通ったみたいだった。
「終わりましたか?」
居間の上部に掛かった濁った白枠の壁時計を見上げると二時半にもなっていなかった。
智は職員に、
「終わりました」
と、告げた。
「四持ちゃんがコーヒーを飲みたいって言うんですけれど、お兄さんの分も淹れましょうか?」
「はい」
「実はコーヒーの粉、家から持ってきたんですよ。家、珈琲専門店だから」
「ご両親がですか?」
「ええ」
「この家のドリッパーの入っている場所、すぐに分かりましたか?」
「はい。大体台所の上の棚に突っ込まれていることが多いんですよ」
「……ああ。コーヒー美味しいと思いました」
「良かったです。……はい、どうぞ。では、ゲームを返却してもらうので、コーヒーを飲んでいらっしゃる間にお部屋に上がってもいいですかね?」
コーヒーを吹いて冷ます四持の向かいのテーブルの椅子に腰掛けた智は、
「はい。どうぞ。色々ありがとうございました」
と、答えた。
コーヒーは苦くて甘かった。四持は苦さに顔をしかめながら、液体を舌に馴染ませ含ませようとしていた。なんだか美味しいなあと活力が湧いてきた。
また明日も仕事には行かなくてはいけない。四持も学校だ。死体の対面は基本的に一週間後だ。葬式は祖母ちゃんと相談しよう。祖母ちゃんの言う通りにしてあげよう。
祖母ちゃんは、四持と同室でもいいから一部屋を僕たちに与えてくれるだろうか? 多分、与えてくれる。死んだ祖父ちゃんのトロフィーとか賞状が飾ってある部屋を空けてくれるかもしれない。祖母ちゃん、ごめん。
祖母ちゃんの家の自分の部屋になるその部屋に、アニメのフィギュアとアクリルスタンドと緑のラックを入れよう。
この家の物はたっぷり断捨離するしかない。本当は使える物もあるんだろうけれど、いやらしい不幸とかって、そこにある物も不味くする。何か気配を吸って醸し出している。
不幸って断捨離を招くんだな。
不幸というか、何かいやらしい性の成分に近いものが、後ろの座卓からも、そこの時計からも発散されて吸い続けていた気がした。
職員が上の階から下りてきた。専用の黒いビニール製の持ち手の付いたバッグに入れたゲームを一旦テーブルに置いて、何か折り畳まれた紙のようなものをショルダーバッグから取り出した。
「すいません。疲れているのかも知れませんが、『終了』の用紙に記入していただけますか?」
「はい」
智は手渡された新品らしい黒のボールペンを使って、自分の名前、両親の名前、『終了』の欄にチェックを書いて、それから四持にもサインをさせた。
「では、お疲れ様でした。コーヒーの粉、なんなら残りを置いていきましょうか?」
「……あ、じゃあ、すいません、貰っていいですか?」
「はい」
当たり障りのない笑顔で職員は、口を針金できれいに留めて封をした茶色い紙袋に入ったコーヒーの粉をテーブルの端に置いて、そして帰っていった。
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