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お祖母ちゃん

智は、目が回ってきたが、海老天を食べるとすぐに落ち着いた。衣が口の中でパサついたが、唾液と混じると天つゆが沁みてきて、齧って咀嚼すれば海老はプリプリとしていた。

 胃の中が人生で一番落ち着いていて、天ぷらのゆんわりとした重みが心地よくて温かかった。

 向かいの席で四持が小鉢を一個ずつ平らげていった。四持は食べ方がきれいで、しっかり元気よく食べていくから見ていて気持ちがいい。

 平日だったせいかファミレスは二割ぐらいの客の入りだった。十年前くらいはファミレスでは一食千五百円を越えるのが当たり前だったが、段々値下げしていって、一人千百円前後で食べられるようになった。

 四持の箸が止まった。

「四持」

 箸を宙で止めたまま、四持が突然うんざりしてしまったような目でこっちを見上げた。

「それ、最後の小鉢僕が食うから。ご飯は残せばいいよ」

「味噌汁ももう要らない」

「残しちゃえ」

 智は、ネギと大根と鰹節の和え物を自分の方に引き寄せて食べた。

「これ美味いよ。四持」

「ふーん」

 四持はお冷をこくこくと飲んだ。

 食べ終わると二人ともぐったりとソファの背凭れに背中を預けて、肩をだらりと落とした。

 気持ちの良い睡魔に落とされはしないが、それに顔を撫でられるままに瞼を弛めていると、四持も同じような表情をしてきれいなアーモンド形の目が色っぽく悩まし気に見えた。

「もう出ようか。四持」

「うん」

 今日は必要以上に妹の名前を呼んでしまう。

 僕が自分の不幸を分かるのは、幸せの片鱗を手にしているからかえって分かるのだろう。

「二千五百三十円です」

 僕は財布からそれを支払った。出入り口の外で四持が足踏みをして肩の片方を斜めに落として待っていた。

 僕たちはまた手を繋いで家に帰った。

 柔らかい空気をくぐりながら、僕は母親を殺しに戻った。

「おかえりなさい」

 職員がそそくさと玄関までやって来た。智はペコと頭を下げて、黙って昼食代のお釣りを渡した。それから冷蔵庫から緑茶を出してガラスコップに注いで飲んだ。

「あ、それ、茶葉が湿気ってたからフライパンで炒ってから作ってみました」

 職員が知らないうちに緑茶をピッチャーに作ってくれていたらしい。

「あ、ありがとうございます。美味しいです」

 智の腰のあたりで顔を上げて「ありがとうございます」と素早く礼を言った四持は、自分の飲んだコップをシンクの中に置いて二階へ駆け上がっていった。智も曖昧に頭を下げて場を濁しながら二階へ向かった。智は、

「お腹がいっぱいで身体中にエネルギー剤を差したみたいに気持ちいい」

 と感じていて、気分が良かった。

 部屋のテレビの前に胡坐をかいて、ゲームのスイッチを入れた。まだ、父親の死体が映っている。

 画面の左の方に表示される矢印に合わせてAボタンを押して、母親が拘束されている部屋に画面を切り替えた。

 さあ、どうしようか。

 その時、階下のインターフォンが鳴る音が耳に届いた。

 ピイインポーーン

 智はリモコンを絨毯の上に置いて、部屋を出て階段を下りた。

 上がり框で職員が控えるようにして立っていた。

「でられますか?」

 智は軽く頷いて玄関ドアを押した。

 泣きたいような、震えるようなつくった微笑で目尻を皴皴にした祖母が立っていた。

「ああ……、お久しぶりねえ。智くん」

 同じ市内に住んでいるし、二か月ほど前にも会ったからそんなに久し振りでもない。

「祖母ちゃん」

 両手で膝の前に小さめのビニール袋をぶら下げている。

「これねえ。何買ったらいいか分かんなくてねえ。クッキーとまんじゅうとかきやまとモンブラン。全部二つずつ買ったからねえ。コンビニいろいろあるねえ」

 目尻に涙が浮かんだが、流れ落ちてはいかなかった。

「上がってもいいかねえ」

「うん。いいけど、今日中に終わらせないといけないし、職員さんも帰さないといけないからあんまり相手してられない。でも、取り敢えず上がって」

 小太りで背の縮んだ祖母は、色のついた割烹着みたいな服を着て、何回か自分で裾上げした黒いズボンで、何か遠慮がちな妖精がびくついているみたいな、可愛らしいとも可哀そうとも取れる素振りで入ってきた。

「ちいさーい、家やったんやねえ」

 足が悪いから座卓ではなく椅子のあるテーブルの方に座ってもらった。

「四持ちゃん呼んできてくれん? お菓子食べないかね?」

「四持、呼んでくるよ」

 職員がお茶を淹れて祖母に出した。自室の扉を開けた。

「四持。祖母ちゃん来た。相手してくれ」

 四持は複雑な味の飴を舐めているみたいな変で、弛んで、緊張した顔をした。

「あああ、四持ちゃん久しぶり。やっぱり美人さんやね。祖父ちゃんが男前やったからかろうね? ほら、モンブラン食べないか?」

 祖母ちゃんは、袋から物凄く焦ったように次々と菓子をテーブルに散らかしていく。

「なんやこれ、『かりんとう饅頭』かいな。祖母ちゃん硬くてよう食べられんわ。四持ちゃん食べようか。スプーン入ってるかな?」

 四持は祖母ちゃんの隣の椅子に腰掛けた。

「祖母ちゃん」

 祖母は呼び掛けた智の顔を見た。

「俺は、続きがあるから上に行ってるよ」

「そや、小遣いあげようか? 四持ちゃんは一万円でいいか?」

 祖母ははぐらかそうとした。

「じゃあ、後で。祖母ちゃん」

「智くん」

 祖母ちゃんが口を丸く開けていた。呆けた怒りが唇の奥に暗く古くあった。

「ほんとうにしなきゃいけなかったのかい? そんなことしなくてもよかったんじゃないのかね? やめ……」

「おばあさん」

 職員が祖母の言葉を制した。祖母は目をしばたたかせて暗く伏せてからこっちを見上げた。

「四持ちゃん、散歩に連れて行っていようか?」

「四持も見ていた方がいいよ」

「最近の子供っていうのはそんなに残酷なのかい?」

「そうだよ。せいにするなとは言うけれど、いわゆる『時代の子』だよね。親の付けた鎖の範囲で動くのが当たり前の我が子だと思っているのなら、『せいにするな』も笑える」

「四持ちゃん、祖母ちゃんとケーキ食べに行かないかい? 駅前のお店で」

 祖母は四持に呼び掛けたが、四持は、

「モンブラン美味しいよ。これで十分」

 と答えただけだった。

「ほんなら今日祖母ちゃんのとこに泊まりにおいでよ」

「子供扱いしないで祖母ちゃん。でもありがとう。でも今日は兄ちゃんといる」

「四持。モンブラン食べたら上がっておいで」

 智がさらりと向けた背中に向かって四持は、

「勝手に行く」

 と、返事した。

 祖母ちゃんがモンブランのカップの蓋を開ける気配がした。


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