いい子の智 大人になるとは「たっぷり責任を持つことだあ」
智は銃を持って、まだ鼓動する心臓にとどめを刺した。
五月の気温と気配が部屋の中で空気の中に芽吹いていた。先月智は十九になった。誕生日の次の日の土曜日に、母がマンションの二つ隣のケーキ屋でモンブランを四つ買ってきて、智にニコニコとケーキの箱を突き出した。父が家にいたので、昼食代わりにみんなで居間のテーブルについて食べた。絞られた黄色いクリームが固くてざらざらして不味くて、品質の悪い砂糖みたいな味がした。
「お父さんが苦労して買ったんだぞお」
「お父さんの努力の結晶だあ」
「お父さん」という一人称でやっと人より上に立ったつもりになれる父は、いつもの定型句を予想通りに口にしてリピートした。
母と父が四持の額から頭をかわるがわる撫で上げた。父は四持の頬に唇をすぼめて口付けしようと狙ったけれど、四持が必死に嫌がったので止めた。部屋中に笑いがあふれた。
「いやかあ」
「もうそんなことが嫌なの、四持ちゃん」
うふふあははと親たちの悦びが溢れる。
「いいかあ、智。誕生日を迎えるたびにもっともっと頑張るんだ。家にもお金を入れられるようにしろ。もっとだ。四持はかわいいだろ? 誕生日を迎えたということは、大人になったということです。大人になったとはどういうことだ?」
智は答えた。
「責任を持つことです」
「そうだあ。たっぷり責任を持つということだあ」
父は智の頭を潰すように叩いた。
「それでね。家に入れるお金、一万円増やしてくれる。おねがあい。智」
母が家の窮乏をこんこんと諭してくる。暖房も冷房も間食も洋服も、毎食のデパートの総菜や刺身も何もケチっているように見えないのに。
「母親」という生き物の周りには異常にたくさんの言い訳の言葉が浮かんでいる。四持には独身貴族で人生を謳歌してほしい。
智の給料は、半分以上は家に入れている。同僚に話すと「うわ。かわいそ。いい子なんだな」と言われた。智に優しくて愛想の良かった可愛い女子社員が「親孝行なんですねー」と笑顔になってから、その後愛想が悪くなった。
「いい子」っていうのは社会に対する態度で、社会の象徴の一部が親だ。自分が生まれた時からの社会にいい子でい続ける自分は、オスとしては劣等だ。
自分の中に歪んで折れたまま成長しない芽が黒ずんで、それでも若いまま存在している。
智の歯の奥が一度だけ鳴って、両親がこっちを家畜の異常をチェックするような、奇妙な不安な目でこっちを見た。




