智と四持
「四持」
「ん?」
「兄ちゃん、なんか腹減ったな」
「今何時?」
「……まだ、十時半だな。お昼には早い」
「お菓子、取ってこようか?」
「何かあったっけ?」
「兄ちゃん忘れっぽい。昨日デパートで山ほど美味しいの買ったじゃん」
「そういや、そうだった。じゃあ、ドーナツ二つ持ってきて」
「飴ちゃんは?」
「じゃあ、それと同じやつ頂戴」
「ハーイはい」
四持はてぐすをくるっとテーブルの上にまとめて、ビーズケースも蓋を閉めてテーブルの上に置いてから、立ち上がって落ち着き払った態度で部屋を出ていった。
四持を見ていると、子供ほど大人らしいものはないと思う。
四持は多分、自分より大物だ。飴を咥えて淡々と菓子のかごを漁っているだろう。
呆けて背中を丸めて待っていると、頭を背後から撫でられた。四持がテーブルに菓子をいくつか置いて、小さなドーナツの袋の一つを智に手渡した。
「うん」
智はそう言って、袋を破ってドーナツを口にした。甘ったるいけれど美味しかった。
スイッチの切れた黒い画面の平和さが、今の二人の心情だ。
「兄ちゃん」
「何? 四持」
「明日、図書館と本屋行きたい」
「いいけど、一人で行けるだろ」
「貸出カードを作るのがよく分からん」
「ああ、それもそっか。作ろう」
「兄ちゃん、漫画と小説どっちが好きなの?」
「……小説かな」
「時々パソコンで小説書いてるの?」
「うん。気晴らしに」
「ふーん。読んだけど」
「四持、変態」
「違うよ。絵本みたいな文なのに、お話難しかった。っていうか読めない漢字多かった」
「へ。お前に分かるような易しいもの書かないね」
「でも、絵本みたい」
「絵本より拙いだろうな」
「拙い?」
「能力が幼いってことだよ」
「ああ、なるほど」
「クソガキ」
「カーテン、開けたら?」
「うん。そうしよう」
胡坐から立ち上がって、智は青い遮光カーテンのかかった窓のそばに行った。カーテンを引くと、空が白いくらいに明るかった。四角く切り取られた青空を見て、後で四持と散歩に出ようと思った。
レースのカーテンだけ閉じた。
ドーナツをもう一つ開けた。
もそもそ食べながら本棚の前に立って、眺めたり背表紙を指先で引っかけたりしているうちに四持がゲームのスイッチを入れた。智は本棚の前に腰を下ろした。
四持はリモコンを器用に操作して、先がギザギザになったナイフで父の太股の付け根をギコギコと何度も引いてかなり深く切った。
父の弛緩して芯のない、獣のような情けない叫び声が聞こえる。
こっちを振り返って飴の残りを舐めながら、気まぐれのようにビーズ遊びをまたし始める四持に残酷さのムードは全くない。
テレビ画面だと戦闘アニメを見るのと変わらないのか、本当に平静なのか。
正直、子供なんてものは現実を食えば食うほど腹の中は据わってくる。
父の血液がゲーム内の部屋の壁に向かって噴射している。
これを実際に見たとしても、自分も四持もゲーム画面と同じ平板な現実に見えるだけだろう。
智は、昨日はあまり寝付けなかった。もともと不眠症気味でもある。ベッドに横になって欠伸をした。横を見ると、四持が父から母の方に画面を切り替えてからまた父親に戻して、何か適当に操作している。
ほんの少しまどろんでいると、粘着式のべたべたした液体をとじ合わせた両手を開いて伸ばすピエロを鞭で叩き殺す夢を見た。ピエロの笑顔は突き抜けて嫌味で不愉快で不可解で、何をしても痛まないように笑い続けた。
あのピエロはきっと何とも闘ったことがない自分を誇らしく思っているのだ。
智は自分も大差ないと思うが、怒りの小さな滴りをまだ自分の中に持っていることに、よく分からない尊厳とよく分からない不器用な馬鹿さ加減を感じている。
多分、馬鹿だと思う。
馬鹿は馬鹿だから、馬鹿を消化しないと仕様がない。
智は四持の横に座って、棒付き飴のビニールを取って気楽な幼児のように口に含んだ。
四持がどんな器用な事をしたのか、父親の心臓が少し肌や筋肉の下から覗いていた。
父の苦悶の顔はこの画面だとあまりよく分からない。もっとよく見えたらいい気もしたが、まあ仕方がない。遺体については、十五歳以上ならば後で希望すれば見せてもらえる。
つまり、四持が見ることは叶わない。本人にしてみれば、それならそれで、というくらいだろう。




