2025年、161万字を書いた理由は「ながら」だった
こんにちは。雨日です。
今日は大晦日。
ようやく昨日、仕事納めをした。
今朝は、嬉しくて四時に起きて小説を書いた。
途中でトイレに行きたくなったが、その時間ですら惜しい。
なぜ、我慢しているか、自分でもさっぱりわからない。
◇ ながらで、小説を書いている
こうしてエッセイを書くようになって、ひとつ気づいたことがある。
それは、雨日は書くスピードが早いということ。
今のご時世、「書くスピード」について語られることは、あまりない。
メールの返信が早い、という話題はあっても、仕事以外で文章を書く人自体が少ない。
だから、そもそも比べる基準がない。
雨日自身も、自分が早いのか遅いのか、知らなかった。
けれど、このエッセイにいただいたコメントを通して、
「雨日さん、書くのが早いですね」と言われ、初めて気づいた。
2025年、クリスマスイブまでは161万文字を書いた。
今朝の追い上げで、それよりも数万文字増えている。
(計算するのが面倒だから、やめた)
面白い小説を書けるのと文字数は、別の世界だ。
でも、「そんなに書けるのはなぜ?」と聞かれる疑問に答えたいと思う。
ガンガンに働いている雨日が、
毎日小説を更新し、
さらにストック(下書き)を十万字以上書けている理由。
それは、「ながら小説書き」をしているから。
◇「ながら小説書き」とは?
聞き慣れない言葉だと思う。
それもそのはず。
雨日が考えた言葉だ。
「ながらスマホ」ならぬ「ながら小説書きだ」
小説の書き方は、人それぞれ。
机に向かい、時間を確保し、じっくり腰を据えて書く人もいる。
それは、とても真摯で、理想的な姿だと思う。
でも、雨日にはそんな時間はない。
あったとしても、週に数時間程度。
その時間だけを頼りに小説と向き合っていたら、
正直、とてもじゃないけれど物語は進まない。
だから、五分でも時間があれば、iPadを開き、キーボードを打つ。
久しぶりにテレビを見たいな、と思ったら、テレビを見ながら小説を書く。
この前はMステを流しながら、小説を書いていた。
ミルクの「いいじゃん」を見て、思わず苦笑いをする。
娘と電話をしながら、頭の中では物語を進めている。
そんなふうに、雨日は小説を書いている。
◇「ながら小説書き」で小説の完成度は?
「ながら小説書き」で、小説の完成度はどうなるのだろう。
正直に言えば、集中力は、机に向かって一人、静かに書いていた方が良い。
それは、断然に良いはずだ。
でも、雨日の場合は少し違う。
キーボードを打った瞬間、頭の中で物語が溢れ出てくる。
それを、必死に入力している、という感覚に近い。
入力しながら、娘の愚痴を聞いている。
「それは大変だね」
「それ、嫌だね」
相槌を打ちながら、指は止まらない。
けれど、必ず訪れる瞬間がある。
小説に、完全に夢中になる瞬間だ。
そうなると、雨日は途端に無言になる。
すると、娘はすかさず言う。
電話でも雨日の意識が遠のいたことがわかるのだ。
「ねえ!聞いてる?」
「あぁ、聞いているよ」
そう答えながら、頭の中では別の世界が燃えている。
登場人物が動き、言葉を発し、感情が衝突している。
正直に言えば、
完璧な集中ではない。
でも、だからといって、
雑な文章を書いているつもりもない。
物語は破綻していない。
(ただし、粘着質なのは、また別の問題だ)
◇ 子供がかわいそう?
こんなふうに、電話口でもそうだけれど、
実際に娘が帰省したときも、
雨日は娘と会話をしながら、パソコンに向かっている。
話を聞きながら、返事をしながら、
それでも指は止まらない。
側から見れば、
「きちんと子供の話を聞かないなんて」
「子供がかわいそう」
そう思う読者様も、きっといるだろう。
もう成人した娘だけれど、
こんなやり取りは、もう十年近く続いている。
彼女が中学生の頃からだ。
その頃、雨日は通常の仕事に加えて、
書籍の仕事をするようになっていた。
そして、娘もまた、雨日とよく似ていた。
何かに没頭すると、一直線に突き進む癖がある。
雨日は「書き狂い」だったけれど、
娘はスポーツに没頭していた。
週に六日の練習。
地元の小学校の体育館を借りて、自主練習。
その場を整え、練習に付き添っていたのは雨日と家族だった。
その甲斐あって、強化指定の選手にも選ばれた。
田舎で、スポーツを本気でやらせる。
それは、金銭も、時間も、そして送迎も必要になる。
送迎だけで片道1時間はかかった。
昼は仕事。
夕方から夜は、練習の送迎と立ち会い。
休日は強化練習。
寒い体育館で、ただ待つ。
その生活の中に、
執筆作業をねじ込むのは、正直、かなり厳しかった。
けれど、「無理です」とは言えなかった。
もうプロジェクトは動いている。
雨日の原稿がなければ、先に進めない。
編集も、イラストも、デザイナーも、皆が困ってしまう。
だから、書いた。
隙間時間に。
待ち時間に。
誰かの声を聞きながら。
雨日が「ながら書き」をするようになったのは、ちょうどこの頃からだ。
娘は、雨日が書いていることを知っていた。
そして、雨日が仕事をしていることも、
本気で書いていることも、ちゃんと分かっていた。
彼女自身も、
練習に没頭し、
試合に集中し、
疲れ切って帰ってくる人間だったから。
だから、
「見て」ではなく、
「そばにいる」そんな距離感が、自然だったのだと思う。
かわいそうだっただろうか。
少なくとも、
何かに本気で向き合う大人の背中を、彼女は毎日見ていた。
成人した今は、少し得意げに話す。
「仕事の先輩にね、話したんだ。私の親は本を出版したんだよ」と。
そして今、
電話の向こうで愚痴を言いながら、雨日が無言になると、こう言う。
「ねえ、聞いてる?」
それは、
聞いてほしい、ではなく、分かっている前提の確認だ。
そう思っている。
◇ 完成度とは何だろう
技巧の高さだろうか。
整った構成だろうか。
それとも、最後まで書き切ることだろうか。
少なくとも雨日は、
「ながら」でなければ、本をこの世に送り出すことができなかった。
趣味で書く小説であっても、
完成度が多少下がったとしても、完成しない小説よりは、ずっといい。
そう思いながら、今日も雨日は、誰かの声を聞きながら、
キーボードを打っている。
紅白歌合戦も小説を書きながら進めるだろう。
◇ 今日の一言!
書けない理由を探していた頃の自分に、今ならこう言う。
それでも、書け。
▼ 2025年、雨日は以下の小説を書いた。
すべて、「ながら書き」で生まれた。
読んでくださった方、ありがとうございます。
*『秘密を抱えた政略結婚 〜兄に逆らえず嫁いだ私と、無愛想な夫の城で始まる物語〜』**
https://ncode.syosetu.com/n2799jo/
<50万文字 完結>
*『秘密を抱えた政略結婚2 〜娘を守るために、仕方なく妾持ちの領主に嫁ぎました〜』**
https://ncode.syosetu.com/n0514kj/
<完結>60万文字
秘密を抱えた政略結婚 ―血に刻まれた静かな復讐と、許されぬ恋の行方―
https://ncode.syosetu.com/n9067la/
<連載中>
どれも、完璧ではない。
けれど、生活の中で、確かに書いた物語だ。
このエッセイを読んでくれる皆様に感謝をしています。
良いお年をお迎えください。




