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 ミカゲが倒れた。

 異変は数日前から起きていた。

 ミカゲが足の不調を訴え始め、数日としない間にベッドから起き上がれなくなった。

 それはまるで、あの時のエリザの症状と同じであった。

 能力が覚醒する前触れではあるが、これが最後の神からの試練とも言える。エリザだけがこの苦しみを真の意味で理解しているのだ。

 エリザはミカゲの部屋に毎日通った。顔の汗を拭い、水を飲ませ、手を握り声を掛ける。しかしミカゲの意識は一週間たった今でも戻らない。

「アルト、もう休もう。今度はアルトが倒れちゃうよ」

 心配したレオがミカゲの部屋でうずくまるエリザに声を掛ける。

「僕は大丈夫」

「大丈夫って言う奴の顔じゃないだろ」

 ウィルザークはいつもの鋭い口調だが、今はどこか優しさも感じる。本来のエリザであれば喜ぶところだが今はそんな気力もないようだ。ウィルザークから顔を背けると疲れ切った顔でミカゲに目を向けた。

 すると珍しくローランが口を開く。

「規則正しい生活。バランスの取れた食事」

 黙っていたエリザが少しだけ反応した。

「お前はそれができているのか?」

「でも…」

「失礼いたします」

 シーナの落ち着いた声が部屋の外から聞こえ、間もなくして彼女が部屋に入って来た。

「皆様こちらにいらしたんですね」

 シーナはいつもの如く、眼鏡の位置を直す。

「アルト殿下。あなたはここからなるべく離れたくない。そうですよね?」

「うん。ミカゲが目を覚ました時、誰もいなかったら寂しいでしょ?」

「かしこまりました。それでは入ってください」

 シーナの声と共に、神官達がベッドを持って入って来た。

「もう自室に戻れとは申しません。せめてこちらをお使いください。夜はしっかり寝てくださいね」

 エリザは立ち上がりシーナに抱きついた。

「シーナ先生ありがとう!」

 するとシーナに熱い視線を送る者が三名。シーナは視線に気がつくと小さくため息をついてから神官に「ベッドをもう三台お願いします」と告げた。

 その夜。エリザはなかなか眠れず、うつ伏せになったり、仰向けになったり、横向けになったりを繰り返す。

 隣で眠るローランからは小さな寝息が聞こえ、逆側にはレオが頭まで布団をかぶって眠っていた。

 エリザもそれに倣い、頭から布団をかぶってみたが、眠気は一向にやってこない。

 目だけ布団から出し、天井を見つめているとすぐ横から声が聞こえた。

 ピンクの両目がエリザを覗いている。

「アルト。眠れないの?」

「うん」

 レオが少し考える素振りを見せた後、「そっち行っていい?」と控えめに聞く。エリザは首を縦に振った。

 レオはそっとエリザのベッドに足を滑り込ませる。

「眠れないなら子守唄を歌ってあげようか」

「でも、ローランとウィルを起こしちゃう」

「大丈夫。僕の歌を聞くと皆眠ってしまうから」

 そう言って笑うレオの顔はとても綺麗で、少しだけルイーゼに似ているとエリザは思った。

 エリザが目を閉じるとレオは小さく歌を口ずさむ。その声を聞いていると不思議と気持ちが落ち着いた。そして、いつの間にかエリザは眠りについたのだ。

「お休み、アルト」

 レオがエリザの額にキスをしたがそれでも起きないほどエリザは深い眠りに落ちていた。

 レオはその寝顔を見ながら、エリザの隣で眠りにつく。

 ミカゲもローランも相変わらず眠ったまま。

 唯一ウィルザークだけが、エリザとレオを怪訝な顔で見守っていた。

 そうして慌ただしく毎日が過ぎていった。

 エリザ達は訓練を続け、その間は神官達がミカゲの看病をする。

 夜はミカゲの部屋で寝泊まりし、交代でミカゲの様子を見守った。

 そんな日が続いたある朝のこと。目を覚ましたエリザは一番にミカゲの元へ。そして、ミカゲの汗を拭き、額にのせたタオルを取り替えようと手を伸ばした時、長い間見ていなかった黄色の瞳がエリザに向けられる。

「お前、何やってんだ?」

「ミカゲ!!」

 エリザの目には涙が溜まる。

 ミカゲは今までの自分の身体とは明らかに何かが違うことを実感し両の掌を見た。それを見たエリザはミカゲが覚醒したと悟る。

「どう?ミカゲ。世界がキラキラして見えるでしょ?」

「ああ。お前の言ってる意味がやっと分かったよ」

 窓からは朝の日差しが二人を照らしていた。

 翌日、すっかり元気を取り戻したミカゲは朝の訓練に参加していた。そこでミカゲは人智を超えた能力を見せる。

「ミカゲすごい!速い!」

 目で追いきれない程の速さで走り、人の目にはまるで消えたかのように見える俊敏さ。

 ミカゲは何よりも速く走る足を手に入れたのだ。

「身体が軽い。まるで自分のものじゃないみたいだ」

 そんなミカゲを見てエリザとシーナは喜んだが、他の三人は少し違った表情をしていた。

 エリザの目のことも半信半疑だったウィルザークは、自分の身にも降りかかるかもしれないそれを厄介事だと思い、今から気が滅入っているようだった。

 レオは自分にはできないと憂鬱そうに俯くだけ。

 ローランは何を考えているか分からない顔でただじっとミカゲとエリザを見ていた。

 その時だった。静かな朝の神殿に悲鳴が響く。

 何が起こったか分からず、警戒を強めるエリザ達の元に神官が走り込んできた。

「シーナ司祭!殿下!お逃げください!」

 神殿が突如として混沌の中に陥った。

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