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8【3月10日21時 差替え済み】

「シーナ先生。今日は何をするの?」

 エリザ達が神殿に来てから数週間が経った。

 レオも朝のランニングに慣れ体力に余裕がでてきた頃、いつもであれば朝食をとってから座学の授業をする時間だが今日は朝食を取ってからもう一度外で集まるようシーナは五人に指示をした。

「そろそろ武器を持つ訓練にも耐えられるのではと思いまして」

「それって、もしかして剣を持てるってこと?!」

 幼少時代、ブライトに剣を持ちたいと何度も懇願したにもかかわらず、エリザにめっぽう甘かったブライトでも首を縦に振ることはなかったことを思い出し、エリザは両手を上げて喜んだ。

「何がそんなに嬉しいんだ?皇太子だったら剣くらい持ったことあるだろう?」

 ウィルザークの言葉にエリザは「剣を持つことは許してもらえなかったから」と答えた。そしてそれを気にする様子もなく、剣を教えてくれる聖騎士の元に駆けていく。

 その後ろ姿をウィルザークは怪訝な顔で見ていた。

 ローラン、ウィルザークは元々国で教育を受けていたこともあり別段問題はなかった。

 レオも得意ではないが基礎はできているようだ。

 エリザも剣を持つのは初めてだが、持ち前の運動能力により問題はなかった。

 突出した能力を見せたのは意外にもミカゲであった。

 剣だけでなく槍、短剣、弓、変わり種まで何なく武器を使いこなしてみせる。

 その動きはまさしくプロの動きであった。

「すごいミカゲ!今のどうやったの?!僕にも教えてよ」

「これは教えてできるようなものじゃない」

「そんなのやってみなきゃ分からないじゃん!」

 ミカゲに詰め寄るエリザを止めたのはウィルザークだった。

「お前、ジャバ族だったんだな」

「ジャバ族?」

 ミカゲとウィルザークの間に不穏な空気が流れる。

 ミカゲはウィルザークに背を向けて行ってしまった。

 エリザはミカゲを追いかける。そうしてミカゲの前に出るとまた「ミカゲさっきの教えてよ」とキラキラした目で迫った。

「いやだから、俺はジャバ族だから」

「ジャバ族って何?」

「お前知らないのか?殺しのジャバだぞ?」

「殺しのジャバ!」

 エリザは引くどころかさらに目を輝かせた。

 その予想外の反応にむしろミカゲが後退りする。

「ねぇ、殺しのジャバって何!ジャバ族って何!」

「お前は王族なんだろ?レッドパールではジャバ族を飼ってなかったのか?」

 エリザはミカゲの言葉に引っ掛かるところがありふと考える。うるさかったエリザが突然黙ったので、ミカゲは眉根を寄せてエリザを見ていた。

「今のどういうこと?」

「何がだよ」

「さっきの言い方だと、ミカゲが王族じゃないみたいに聞こえる」

 エリザの鋭い指摘にミカゲは一瞬顔を曇らせる。そして消え入りそうな声で「俺が王族じゃないからだよ」と言った。

 本当に小さな声だったがエリザはそれを聞き逃さなかった。

 そして、エリザに背を向けて訓練場から出て行こうとするミカゲ。

 エリザは慌ててミカゲを呼び止めた。

「ミカゲ!どこ行くの!」

「俺はふける。お前はあいつらの所に戻れよ」

 そう言うとミカゲは本当に走り去って行ってしまった。

 太陽が沈み始めた頃、シーナは今日の訓練の終わりを告げた。

 ミカゲはあれから帰って来なかった。

 しかし、エリザが部屋に戻るとテーブルの上に紙切れが置かれているのを見つける。

『日が沈んだらいつもの湖まで来い。誰にも見つかるなよ。ミカゲ』

 勿論エリザはすぐに向かった。

 辺りが暗くなった湖はどこか神秘的で、昼間とは違った美しさを秘めている。

 夜空に輝く月と、それを映し出す湖にエリザが見惚れていた時、突如後ろから声がした。

「警戒心のない奴だな」

 エリザが振り向くとミカゲは木の影から姿を現す。

「ミカゲが先に来てるのはちゃんと見えてたよ」

「そう言えば、お前にはソレがあったな」

 エリザの美しい赤色の目がキラリと光ったような気がした。

 ミカゲが草の上に座ったのでエリザもそれに倣い横に腰掛ける。

 エリザがじっとミカゲを見ているのに対し、ミカゲはエリザと目を合わせようとはしなかった。

「母さんは踊り子だったんだ」

 風が吹き、湖に映っていた月が形を崩す。

 エリザは何も言わない。

「ジャバ族は生まれた時から暗殺のいろはを叩き込まれる。ゆくゆくは貴族や王族の影として働くことが決まってるからな。母さんはそんな生活が嫌で若い頃に家出して旅芸人の一座に入って踊り子になったんだ」

 ミカゲの母はとても美しく、その評判はすぐに広まった。

 老若男女問わず多くの者を魅了し愛され順風満帆だった彼女の日々はある日、一人の男の手によって壊された。

 それが現イエローパール王国の国王であった。

「アイツは母さんに無体を働いた。母さんを拉致して暴力で黙らせて幾日も幾日も弄び、捨てた。そして母さんは俺を身籠ったんだ」

 エリザは目を見開き、手を震わせる。しかし口を挟まず黙って聞いていた。

「母さんはジャバで俺を産んだ。そして女手一つで育ててくれた。それに、あることがきっかけで心の傷も癒えて恋人もできた。もうすぐ結婚間近だったんだ。そんな時、アイツが来た」

「アイツ?」

「国王だよ」

 ミカゲの目に怒りの炎が灯る。

「神殿から生贄の話が出てすぐに俺を探したらしい。ジャバ族には故郷がない。暗殺稼業なんてやってるせいで一つの所に定住はできないからな。それでもアイツは俺を探し出した。そして、母さんを王族の子を隠した罪で処刑すると抜かしやがった」

 そうして、ミカゲは母の代わりとなることを約束し、泣いて縋る母を振りほどき神殿に来ることを決意したのだ。

「母さんの名誉のためにも、他の奴には言うなよ」

「言わないよ。でも、なんで僕にそんな大事な事教えてくれたの?」

「お前が俺に両親のことを教えたからだよ」

 予想外の返答にエリザはきょとんとした。

「なんだ。ミカゲっていい人なんだね」

 ミカは何も言わず、顔を隠すように湖の方を向いた。その頬は微かに赤く染まっている。

「お前ほどじゃないよ」

 エリザにはミカゲからそう評価される心当たりがない。だから自然と「どういうこと?」と問いかけた。

「俺はこのままここを出てあの男を殺そうと思っている。でも、お前は違うだろ?お前は大切な人を殺されて、全てを奪われた。それなのに…」

 ミカゲの表情が言葉を紡ぐ度に曇っていく。それはまるで自らを責めているようにも見えた。

「お前は、大切な人を殺した奴に復讐したいとは思わないのか?」

 ミカゲは隣にいるエリザに目を向けた。エリザは真っ直ぐミカゲを見ていて、そのルビーのような美しい目はキラキラと輝いていた。

「ミカゲってすごいね!」

「はぁ?」

 予想よりも斜め上の回答につい気が抜ける。エリザのその目はまるでヒーローでも見つけた子供のような純粋な瞳で、本心からそう言っているのだとミカゲにも伝わった。だからこそ理解しがたかったのだ。

「僕、そんなこと考えもしなかったよ!」

「能天気な奴だな」

「だって他にも考えることがいっぱいなんだもん!」

「じゃあお前は何を考えてるんだよ」

「皆のことだよ!」

 エリザの言葉にミカゲは目を丸くする。

「あの花をレオに見せたいなとか、ローランをどうにかして笑わせたいなとか、ウィルがどうやったら一緒に遊んでくれるかなとか!あとはミカゲのこともっと知りたいなとか!」

 どうだと言わんばかりに胸を張るエリザの顔を見てミカゲはついに笑いを堪えきれなくなった。ミカゲの笑う顔を見てエリザも嬉しそうに口角を上げる。暗い森、風が吹く中、二人の周りだけは暖かな温もりに包まれていた。

 しばらくして、エリザとミカゲは神殿への道を、肩を並べて歩いていた。

「ミカゲ、良かったの?ここを出て行かなくて」

「ああ。もう少しだけ残ることにした」

「ふーん」

「嬉しいだろ?」

「うん!嬉しい!」

 素直に笑顔を見せるエリザにミカゲは頬を染める。

「あのね、ミカゲ。僕も決めたよ。僕も国王に復讐する!」

「はぁ?いいんだよお前は!そんなことしなくて」

「僕考えたんだ。何をしたら国王が一番嫌がるか」

「聞けよ!」

 エリザは前を向いたまま、相変わらず目を輝かせて言葉を続ける。

「僕、英雄になる!英雄になって堂々とアイツの元に帰ってやるんだ!」

 エリザはミカゲより数歩先に躍り出て、くるりと振り返る。金色の髪が月明かりに照らされ、ミカゲにはそれがとても美しく見えた。

「ね!そうなったらすごく面白いと思わない?最高の嫌がらせでしょ?」

 ミカゲは思わず少し見惚れた後、小さく笑うとエリザの頭を撫でた。

「お前はそのままでいいよ」

「うん!」

 エリザはミカゲに満面の笑みを向ける。そうして二人は帰路についた。

 しかし、そんな二人を自室の窓から見ている影が一つ。

 ウィルザークは冷ややかな目で二人を見下ろしていた。

 そんなウィルザークの部屋にノックの音が響く。

 来訪者はレオだった。

 その数日後、事件は起こった。ミカゲが突然倒れたのだ。

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