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 初めてエリザが見た城は白く美しいのに、どこか薄暗くもの悲しい雰囲気であった。

「確かに山よりは大きくないわね」

「何か言ったか?」

「別に」

 騎士の舌打ちも軽く受け流し、きつく縛られた手の痛みが少々不快に感じたが、エリザは黙ってついていく。

 長い廊下を歩いている途中で多くの者とすれ違った。

 驚く者や、化け物でも見たような顔をする者、悲しい顔をする者もいてエリザにはその理由は分からなかった。

 そうして辿り着いた場所には、灰色の髪に赤い瞳を持つ知らない男が大きな椅子にふんぞり返っていた。その男の前にエリザは突き飛ばされる。くしくも、その男を見上げるような形で転んでしまった。

 男はエリザの顔を覗き込むと高らかな笑い声をあげる。

「初めましてと言うべきか、我が姪よ」

「姪?」

「本当に何も知らんのだな、お前は」

 エリザは目に力を込めて男を睨み付けた。

「ほぅ、その顔はルイーゼに似ているな。兄上とアルトにばかり似ていると思っていたが、母の血もしっかりと受け継がれているようだ」

 気持ちの悪い王弟の言葉をエリザは聞き流そうとしたが、唯一知っている言葉に心が揺れた。

「ルイーゼ…さま?」

「知っているのか?あぁ、そういえば数年前会いに行ったそうだな。馬鹿な女だ。貴様を城に呼び戻そうとなど考えなければ、私もそなたには気が付かなかったものを」

 エリザの頭の中は様々な言葉が行き交っていた。

 数日間食べ物を食べていないせいか思考が上手く回らない。

 王弟は何が面白かったのか、漏れ出た笑い声を隠そうともせずに顔が青ざめていくエリザを眺めて楽しんでいた。

「ルイーゼ様が、私のお母さん?」

「その通りだ。案外賢いじゃないか」

「ルイーゼ様はどこ?」

「殺した」

 聞きたいことはたくさんあった。しかし、出かかっていた言葉が全て喉の奥に引っ込む。

 その四文字を理解するのに時間が掛かったが、ようやくそれを真の意味で理解した時エリザの目からは自然と涙が溢れていた。

 しかし、怒りの炎は消えてはいない。涙に濡れた目はしっかりと王弟をとらえ鋭い目つきで睨み付ける。

「お前の父も、兄も、祖父も祖母も全員殺した!残る王族は貴様のみ!お前を殺せば私がこの国唯一の王だ!!」

 王弟の顔は醜く歪み、人間の皮を被った化け物だとエリザは思った。

「お前みたいな奴が、王様になんてなれるもんか!そんな醜い王、誰も望まない!!」

「ならば貴様が王になるとでも言うのか!お前のような呪われた子供が!!」

「呪われた?」

「神の双子は災いを起こす。愚かな兄夫婦が双子を産み、あろうことか二人とも生かした!だから天罰がくだったのだ!」

 またも汚い笑い声をあげる王弟。

 ひとしきり笑った後、王弟はエリザに再度顔を向けた。

「そんなお前にもちょうどいい使い道ができた」

 王弟が手を挙げると、一人の兵士が近づいて来てエリザの長く美しい金色の髪を乱暴に掴み引っ張った。

 手を縛られてはいるものの、できる限りの抵抗を見せたがそれも虚しく、エリザの髪は乱雑に剣で切られてしまう。エリザはハラハラと落ちる髪をその手で掬い上げた。

 一体どういうつもりだと怒りの目で王弟に訴えかけたがそれも狂った男には届かない。

「新たな神託が下った!『選バレシ神ノ血ヲ引ク者ハ生贄トナリ身ヲ捧ゲヨ』」

 その言葉で賢いエリザは全てを悟った。

「兄の代わりとなり貴様が生贄となれ。それこそが唯一、お前が生まれてきた罪を償う方法だ」

「私の兄はお前が殺したんだ!罪を償うべきはお前だろ!!」

「うるさい小娘だ。聞くに耐えん。連れて行け。明日にはそいつを神殿に引き渡す。少しでも見れるようにしておけ」

 兵士たちに連行されながらもエリザはその扉が閉まるまで、思いつく限りの罵声を王弟に浴びせた。

 しかし、王弟の顔にはいつまでもいつまでも不愉快きわまりない笑顔が張り付いていた。

 エリザはそのまま風呂に連れられた。

 そこには三人のメイドが控えており、メイド達は今までの兵士達とは違って何かに怯えているようであった。

 そんなメイドにエリザが乱暴なことをできるはずもなく、体を洗い、髪も綺麗に整えて、恐らく兄のものであろう服を着せられた。

「お似合いでございます。アルト様」

「私はアルトじゃ…」

 震えるメイドの手を見てエリザは先の言葉を言うのはやめた。

 身支度を終えたエリザが連れて来られたのは大きなベッドとたくさんの本に囲まれた広い部屋。

 そして、その部屋の中心には血痕がいくつもあった。

 聞かなくても分かる。ここはアルトの部屋だったのであろう。そしてこの血痕も恐らく彼のものだ。エリザは血痕に近づき、跪いて祈りを捧げる。

 それを見たメイドの三人は涙を流した。殺人現場を見た恐怖のせいか、それとも故人のことを思い出したのか、はたまた感動故か。

 三人は訳もわからずその場に呆然と立ち尽くし、エリザが立ち上がり声を掛けるまで涙を流し続けていた。

「良かったら、私の家族の話を聞かせていただけませんか?」

 始めは戸惑っていた三人も、エリザの優しい笑顔のおかげで徐々に緊張が解けていき「それでは殿下が眠りにつかれるまで」と了承してくれた。

 メリー、マリン、プクリの三人は本来であれば王族とはほとんど関わることない下級メイドだったのだと言う。

 しかし、そんなメイド達のこともアルトは名前を覚え、優しく接してくれたと三人は嬉しそうに語った。

「アルト様は火の打ちどころのない王子様でした。とても穏やかでお優しく、しかし朝起きるのは少し苦手なようで、朝の訓練はいつもギリギリに到着されておられました」

「一度、私が王族方の食事の際、お腹を鳴らしてしまった時には王子殿下がデザートをくださったこともございました」

「度々城を抜け出しては平民の格好で街に出掛けていらっしゃいました。これに関しては、国王陛下と王妃殿下もよくされておられましたので、護衛の騎士達は大層困っておいででございましたが」

 三人はとても楽しそうに、まるで身内の話でもするかのように嬉しそうに話を続けた。お喋り好きのエリザもそれに負けじと相槌を打ったり、質問を投げかけたりするので三人のお喋りはなかなか終わらなかった。

「王子殿下は絵を描くことがお好きでした。いつも金色の長い髪に赤い瞳の人物画を描かれていたので、てっきり髪を伸ばしたご自身の絵を描かれているのだと思っておりました」マリンはメリーとプクリに目配せをすると三人はエリザを見て優しく笑う。

「きっとあなた様の絵を描かれていたのだと思います」

「私の?会ったこともないのに?」

「それに、王妃殿下は実は密かに十代の女性用のドレスを集めておられました」

「それも恐らくあなた様のためのものでしょう」

「国王様が部下の方に十歳くらいの女の子は何が好きなのかとおっしゃられていたのもメリーはこの耳ではっきりと聞いたことがあります」

 三人のメイドはエリザが眠りにつくまで昔話を語り、エリザはベッドの中でその話を静かに聞いていた。すると数刻もしないうちにエリザは眠りにつく。

 夢の中でエリザは綺麗な花畑にいた。その中心にはイルダとアルト、そしてルイーゼが並んで立っていた。エリザは走る。イルダとルイーゼが広げた腕に向かって走り、その手前で思い切り地面を蹴り上げた。

 イルダとルイーゼがその体を受け止めると、力一杯抱きしめる。

「ごめんね、エリザ」

 エリザは顔を上げない。しかし小さな嗚咽と震える肩を見て、ルイーゼは小さく笑う。

「可愛いエリー。お顔を見せて」

 エリザは涙で濡れた顔を上げた。

 ルイーゼがそれを手で拭ってやると、震える声でエリザが言葉を紡いだ。

「会いたかった」

 イルダがエリザの頭を撫でる。

「私達もだ」

「ずっとずっと会いたかった!」

「私達もよ」

「本当に…本当に死んじゃったの?」

「すまない」

 イルダの暗い顔を見て咄嗟にエリザは笑顔を作った。

「ううん!大丈夫!エリザね、弓がすっごく上手いの!お父さんには国一番の名手だって言われた!お母さんにも、千年に一度の天才だって褒められたよ!エリザ凄いの!だから、だからね、」

 我慢していた涙が一気に溢れ出す。

 それを両手で拭うがなかなか涙は止まらない。

「エリザは大丈夫。だから最後に抱きしめ…」

 イルダとルイーゼは、エリザが言い切る前に思い切り彼女を抱き締めた。

「パパ、ママ」

「私達をそう呼んでくれてありがとう」

「ありがとう、エリザ」

 エリザは声をあげて泣いた。そうしてエリザの涙が止まった頃、エリザはようやくもう一人の待ち人に目を向けた。金色の髪に赤い瞳の彼は微笑んでいた。

 エリザは彼に近づくと、その顔をじっと見る。顔に穴が開いてしまうのではないかと思うくらいに凝視した後、すっと離れてから口を開いた。

「なんだ、あんなに似てる似てるって言われたけど、そんなに似てないわね」

 その言葉に彼は数回瞬きした後噴き出した。後ろのイルダとルイーゼからもクスクスと笑い声が聞こえてくる。

「もう痛くないの?」

「え?」

「あなたの部屋に血がたくさんついていたわ」

「うん。大丈夫。もう痛くない」

「そう。良かった」

 そう言ってエリザは安堵の表情を見せた。そしてニッと口角をあげる。

「後は私に任せなさい!」

 赤い瞳の少年は目を細めると、ただ肯いた。

 すると突然強い風が吹いた。花が空に舞い、周りの景色が段々と遠くなる。夢が終わる時間だ。エリザが目覚めるその瞬間、少年の口が確かに動いた気がした。しかし、彼が何を言おうとしたのかは分からないまま目覚めたエリザの目に入ったのは見慣れない高い天井であった。

 今朝もまた、準備を手伝ってくれたのはメリー、マリン、プクリの三人だった。準備の途中、マリンが馬車の中で食べられるようにとクッキーを服の中に仕込んでくれた。隠すように言ったのは王弟やその手下に知られれば没収される危険があるからであろう。

「ご無事を祈っております」

「うん。ありがとう」

 三人とは部屋で最後の別れを交わす。そしてアルトの服を着たエリザは兵士に連れられそのまま城門の方へとやって来た。そこには王弟が待ち構えていた。

「自分で自分の弱点を増やすとは。しっかりと愚かな兄上の血を引き継いでくれて助かるよ」

 エリザにしか聞こえないよう、王弟はエリザの耳に身を寄せると小さな声で囁いた。

「馬鹿なことは考えるなよ。神殿にも私の部下がいるのだ。お前の行動は全て見張っている。お前が女だと疑われた瞬間にあのメイド達の命はないと思え」

 エリザは王弟をきつく睨んだがそれは無意味であった。

 そうしてエリザは馬車に乗り込む。馬車が発進したのを見届けると、王弟は近くにいた兵士に冷たく言い放った。

「あやつの世話をしたメイドを全員殺せ」

「はっ!」

「あれの存在を知る者は少ない方がいいからな」

 数日後、エリザは神殿に辿り着いた。そこには既に四人の子供達が集められていた。

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