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3【エリザ十歳】

 双子が生まれてから十年の歳月が流れた。

「エリザ!あまり遠くまで行かないでね」

「うん!分かってる!行ってきます!」

 エリザは馬に乗り、村の少年に混ざって狩りに出掛けるのが日課となっていた。

 城では騎士達に混ざり、アルトが剣を振っていた。

「アルト様。少し休憩をされてはいかがですか?」

「いや、僕ならまだ大丈夫だ」

「しかし、もうあなた様のお相手をできる者がおりませぬ」

 アルトが後ろを振り向くと、そこには疲れ果てた騎士たちが地面に突っ伏したり、肩を激しく上下させ壁にもたれかかる姿が目に入る。

「少し部下達を休ませてやってください」

「す、すまない皆!」

 アルトの体力は底知れず、成績も同じ年頃の子供達と比べ、ずば抜けて良かった。また、それを鼻にかけることもなく誰にでも優しく穏やかで多くの者から慕われていた。誰もが欠点のない完璧な次世代の新たな王だと認めざるおえなかった。

「アルト。朝から精が出るな」

 アルト以外の皆が頭を下げ挨拶をする。国王イルダが現れたのだ。

「父上!」

「もうすぐそなたの立太式だな」

「ええ。何か問題でもございましたか?」

「問題がないと父が息子と話してはいけないのか?」

「い、いえ。そのようなことは」

 口を開けて笑うイルダを見て、からかわれたと気が付いたアルトは非難の目を向ける。イルダは気持ちのこもっていない謝罪をするとアルトに後で執務室に来るように伝えその場を去った。言われた通り、てきぱきと着替えを終えると足早にイルダの元に向かう。

「失礼します」

 イルダの元にはルイーゼもいて、人払いをした後だった。

 親子水入らずのティータイム。

 外に控えている者も、イルダ達に昔から仕えている信頼のおける部下ばかり。そうとなれば、今から行われる話はただ一つだけだった。

「エリザを迎えに行くのですね」

「ああ。アルトの立太式が終わったら迎えに行こう」

 アルトの顔がパッと明るくなり、それを見てイルダとルイーゼも頬を綻ばせる。

「ようやくこの時が来ましたね」

「アルトが今まで頑張ったからよ。あなたが次期皇太子として地盤を固め、民たちの信頼を得たからこそできること」

「いいえ。元々は母上が決められたこと。母上が決心しなければ僕は永遠にエリザと会うことはなかったのですから」

「ありがとう。アルトは女性の扱いが上手ね」

「本心です」

 ルイーゼがアルトの今の表情をあの時のエリザと重ねる。

「あなた達は本当にそっくりね」

 ルイーゼは上品に笑うと、「そうそう」と話しを続けた。

「早く迎えに行ってあげないと。アリアの話では最近乗馬がどんどん上手くなってきて、今にも私達に会いに飛び出していってしまいそうだと言っていたわ」

「それは大変だ。この国唯一の王女がここ一帯の家を訪問されては困るからな」

「確かに。それは困りますね」

 執務室には三人の笑い声が響いていた。

 立太式の朝。城下町では連日お祝いの祭りで賑わっていた。王族を一目見ようと多くの者が城の前の大広場に集まり、皆期待と喜びに胸を躍らせている。

 城の中では貴族達がその時を待っていた。王弟を始め、騎士団長や大臣、辺境の地からも貴族がやって来て多くの功績を残した者、歴史ある家系の者が顔を揃えている光景はまさに壮観であった。国王と王妃が入場し、いよいよ式が始まる。高らかな楽器の音が鳴り響き、主役入場の号令が掛かった。

「アルト・レッドパール王子殿下のご入場です」

 アルトは緊張していない様子であった。それよりも、輝かしい未来に、やっと会える片割れとの再会に、期待のこもった目で前だけを見据え貴族たちの間に敷かれたカーペットの上を歩く。

 そして国王の前に到着すると跪いた。

「レッドパール国王、イルダ・レッドパールの名のもとに、アルト・レッドパールを皇太子として認めよう」

「謹んでお受けいたします」

 イルダが立ち上がると、アルトもそれに合わせて立つ。

 そして後ろを振り返り、貴族達に目を向けた。彼らにはルビーの瞳がいつもよりも一層、輝いて見えたことだろう。

「ここに、新たな皇太子が誕生した。我が後継者はアルト・レッドパールただ一人とすることを、ここに宣言しよう」

 会場が大きな拍手に包まれた。

 そして、大広場で待つ民の元へと参る。

 イルダ、ルイーゼ、アルトは城のメインバルコニーに立ち、大きく手を振った。民たちはどっと湧き起こり、祝福の声をあげる。レッドパール王国は幸せに満ちていた。

 新たな皇太子の誕生は最果ての村、ミント村にも数日遅れて知らされた。あまり国の中心地のことに興味がない村民達の暮らしにさほど影響はなかったが、ブライトとアリアだけはその夜、豪勢な食事を作り、小さなパーティーを開いた。

 エリザもパーティーの意味こそ分かってはいなかったが、アリアとブライトが喜ぶ姿が見られて嬉しそうだった。

 様子が変わったのはその夜からだ。エリザの食欲がなくなり、頭と目の痛みを訴え始めた。そして数日も経たないうちに高熱で倒れてしまったのだ。

 村の医者だけでなく、外からも医者を呼んだが、全ての者が最後には「神に祈るしかない」と言うばかりであった。ブライトとアリアは絶望に打ちひしがれながらも懸命に看病をし続け、毎晩神に祈った。そんな日々が何日、何週間と続いた。

 その頃、エリザは夢を見ていた。何もない空間に光り輝く何かがそこにある夢。

 それはとても小さく、エリザの指先ほどの大きさしかなかった。吸い寄せられるように近づくと、エリザは躊躇なく触れた。そして次の瞬間にはいつものベッドの上にいた。

 木目模様の天井を茫然と見つめた後、ゆっくりと起き上がる。額には濡れタオルが置かれていて起きた拍子にタオルがずるりと落ちてしまった。

 エリザは目を見開いたまま辺りを見渡す。視界がいつもと違って見えるのだ。

 足を布団から出してゆっくりとした動きで床に足をつけ立ち上がる。身体もとても軽い気がする。扉を開けると真っ青な顔をしたアリアとブライトがいて、二人は泣きながらエリザを抱き締めた。

「身体は?もう起き上がって大丈夫なの?」

「うん。大丈夫だよ。お母さん」

「どこか痛い所や辛い所はないか?」

「ううん、ないよ。けど」

「けど?」

「世界が、とても綺麗に見えるの」

「え?」

 エリザはその足で扉の方に向かい、外に出る。

 いつもと変わらないミント村。いつもの景色のはずなのに、何故だか今は違って見える。今の自分になら何だってできるような気がした。

「自然が私の味方をしている」

 エリザは集中するように目を閉じ、おもむろに指で作った輪っかを片目に当てた。

「エリザ。どうしたの?大丈夫?」

 慌てるアリアとブライト。打って変わってエリザは至極冷静であった。

「お父さん、お母さん。何か来るよ」

「何かってなんだ?」

「たくさんの馬と、それに乗った鎧の人達」

 戸惑う二人をよそにエリザは言葉を続ける。

「十、二十…ダメだ。早すぎて数えられない。でもたくさん、この村に向かってる!」

 エリザの様子はとても遊びや嘘には見えなかった。すると唐突に目から指を離し、「あ、もう!力が切れた!」とイラつきと焦りのこもった表情でアリアとブライトの方に向き直る。

「お父さん、お母さん!早くここから逃げないと!私、村の人達にも伝えてくる!」

 飛び出そうとするエリザをアリアが抱き留める形で止める。

「離して、お母さん!私行かないと!あいつらがもう森まで来てる!武器を持ってるの!」

「私達も協力するわ」

 予想外なアリアの言葉に暴れていた手足を止めるエリザ。そしてようやくアリアの方に体を向けた。

「私達はあなたを疑わない。だからちゃんと話して」

 エリザは自分に不思議な能力が発現したことと、その力で見たものをなるべく詳細に、そして簡潔に話した。二人は黙ってそれを聞いた後、すぐにそれぞれの仕度に入り、ブライトは剣だけを腰に差して村人達の呼びかけに向かった。少し遅れてアリアとエリザも村中の家を回る。

 そうして村の人間が何とか緊急避難用の洞窟に逃げ込んだ。ブライトを含めた数人の大人の男は念のため村の近くに潜伏し、様子を伺う。

 するとエリザの言った通り本当に馬を乗り武装した男達が何人も街に侵入してきた。その様子は村を訪れた旅人、なんてものではない。無遠慮に全ての家の扉を開け、何かを探すそいつらはさながら盗賊のようであった。

「あいつら、俺の家を…!」

「待ってください。彼らの目的が分からない以上、闇雲に出て行っても命の保証ができません」

 ブライトが何とか村人の怒りを鎮める。しかし、彼には分かっていた。村に侵入してきた輩が盗賊などの類ではなく貴族に属する騎士であることを。そして、着ているマントの色はブライトがよく知る家門の騎士のものであった。

『ナバル侯爵…?一体何が起こっているんだ?』

「隊長!村には誰もいません!」

「そんなはずはない!よく探せ!こんな片田舎の村に我らが来ることを事前に察知できる術などなし!ネズミはネズミらしく穴にでも籠っているのやもしれんな。村中掘り起こせ!」

 騎士達の非道な行いにとうとう堪忍袋の緒が切れた村の男達が立ち上がろうとする。ブライトもこれは止められず剣に手を掛けたその時だった。

「お前達、何やってるんだ!!」

 それは少年の声だった。ブライト達は再度身をかがめ、様子を伺う。

「カイラ?あいつ何やってんだ!」

 一人の男が小声でつぶやく。

 カイラは釣り道具を持っていた。朝から家を抜け出して釣りに行っていたのであろう。この村の子供にはよくあることだ。

「小僧。この村の者か」

「ああ、そうだよ!そこは俺の家だ!触るな!!」

「威勢のいいガキだ。他の村人はどこに行った?」

「知るか!」

「そうか。なら人質になってもらうまで!」

 隊長と呼ばれた男は突然カルラに手を伸ばす。暴れるカルラを軽々と片手で捕えた。

「村の者!よく聞け!幼き命を失いたくなければただちに我らの元へ跪け。十数えるうちに決めよ」

 男はそう言うと、けたたましい声で数を数え始めた。村人達の間に緊張感が走る。ブライトが剣を握り臨戦態勢を取る。どうすればカルラを救えるか、緻密な計算を始めた。十年離れてしまったとはいえ、元騎士団長を務めていた男だ。そこらの騎士には今も負けやしない。鋭い目がカルラを捕える男に向いた時、とてつもない速さで何かが男目掛けて飛んでいった。男は突然腕に走った痛みに悶え、カルラを開放する。

「カルラ!走って!」

 カルラは走った。聞き慣れた声、落ち着く声、頼りになる声に向かって。

 ブライトは矢が飛んだ方へ目を向ける。それは弓を構えるエリザの姿だった。

「次は頭に当てる」

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