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矢部亮太編 1章

4月、それは出会いと別れの季節。

の、はずなのに僕は大きな迷いと少しの憂鬱を胸にその門をくぐった。

「よぉ陰キャ。友達できるか不安やな。」

こいつは中学の時の仲良しグループにいたうちの1人。

内田友和という名前で陽キャかと言われれば少し難しいが僕とは気が合う大切な友人の1人だ。

「陰キャちゃうし。」

「知っとるわ。なんたって彼女持ちやもんな。」

そう、僕には春休み中に彼女と言うやつができた。

別に隠してる訳では無いので知っている人は知っているという形だがその彼女というのが同じ仲良しグループにいたのでそのグループ内では周知の事実なのだ。

「それはそうとはよ教室行こうや。こんなとこでそんな話しとると目立ってまうやんか。」

「お、なんや照れとんのか?」

「そんなんちゃうわ!」

こういう会話もいつも通り。

例え高校生になったからと言って特別変わったものは僕には感じられなかった。

そしてその時、校門から1人の女子生徒が入ってきた。

「おっ、瀬戸愛菜さんやん。」

その声に反応してか瀬戸さんは一瞬こっちを見てすぐに視線を逸らした。

僕と同じように…。

「なぁ、話しかけんでええの?昔仲良かったやん。」

昔、というのは中一の頃だ。

確かにあの頃は中が良かった。少なくとも今よりかはだが。

「なに人のことばっか言うてん。あんたこそ杉原さんとはなんもあらへんのか?」

「はぁ?あいつとはそんなんちゃうし!」

杉原美桜。彼女も同じグループの人だ。

「えぇやん学校同じなんやし仲よぉせぇや。」

その時、学校中に録音の鐘の音が流れた。

「ヤバっ、これ予鈴ちゃうん。はよ行かな。」

「お前がずっと話してるからやろ!」

「人のせいにすんなやお前も話しとったやんけ!」

そうして1年のフロアまで階段をかけ登った。

「ほなな。また後で。」

「おん。」

僕達はクラスが違うどうしだ。

これは入学前からわかってたことで内田とはそれぞれ別の学科を受験した。

僕が普通科で内田が理数探究科。

理数探究科と聞くと賢い印象を受けるが近年は定員割ればかりしているのではっきり言えば馬鹿でも入れる。

僕のいる普通科は4クラスあって内2クラスが充実、もう2クラスが発展コースと入学時に分けられる。

僕は発展で周りは僕よりも賢い奴ばかりだ。

「あれ、やっと来たんやな。」

「校門で内田と喋り過ぎてん。」

「相変わらず仲えぇんやな。」

この教室に入るとまっさきに喋りかけてきたのは森谷佳苗で幼稚園の時からずっと同じ場所に通ってる。

ちなみに同じような境遇の人は地方ということもあってか割といる。

「今まで何してたんな。待ちくたびれてもうたわ。」

「ごめんやん。」

この今話しかけてきたのが森谷同様の人。

名前は大谷光太。一応1番の幼なじみと言うやつだ。

ここ数年、中一でクラスが一緒になった時以来は関わることがなくなったので話しかけられるとは思っていなかった。

「そろそろ体育館に移動しますので廊下に名簿順に並んでください。」

どうやら式が始まるらしい。

幸い、僕の名簿番号は40人中40と最後なのでとりあえず後ろにいると勝手に列ができた。

そうして体育館に移動して式が始まる。

僕らは今日からやっと春休みを終えてこの学校の一年生になれたのだ。


「校長の話長すぎやろ中学の時とはえらい違いや。」

「ほんまに。こんなベタなことあるんか普通。」

今は教室に戻ってきたが周りは座っているので立ち歩くのは気が引けたので前の席の森谷と駄弁っている。

「そういやさ、香山さんと付き合っとるらしいやん。何があったんや。」

今森谷が言った通り、僕の今の彼女の名前は香山さくらという。

変わったところはあるが基本的には人に優しくできるような人だ。

幸いにも学校は離れたので入学した今では接点が薄れつつある。

このままいけば、別れられるのだろうか…。

「別に、人に話すような理由はあらへんよ。強いて言うなら”そういう気”になっただけや。」

「へぇ~、”そういう気”ねぇ~。」

多分この言葉を聞いた人はたいてい勘違いするのだろう。

僕はただ”忘れなきゃ”という気になっただけだ。

例えばそこに恋愛感情があったとしてもそれは付け焼刃のようなもので脆く、不安定で、確信もないものだ。

そんな話をしていると先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。

でも僕は先生の話なんて全く頭に入っておらず、ただどうやって別れるかだけを考え続けていた。


気が付くとホームルームは終わったようで皆は立ち歩いていた。

「今から駅行くやろ?一緒にいこや。」

大谷がそんな提案を持ち掛けてきた。

特に断る理由もないので僕は提案に乗って大谷と一緒に駅に向かって歩き出した。

「なんかダサい服着てるな。」

「いや制服なんやからみんなお揃いや。」

二人での会話はとても久しぶりとは思えないほど弾んで、気が付いた時には駅についていた。

「ほな僕は駐車場にお母さん呼びに行ってくるわ。」

「僕も、またあとで。」

僕の学校では入学後に学生定期が購入可能なので親が来ているはずなのだが車の中で待機しているらしくそれを呼びに行く必要があった。

そしてお母さんを呼びに行った後は駅に入り手順通りに定期を購入した。

帰ろうとしたときちょうどすれ違いで大谷が親と歩いてきて「なんやもう終わったんか。」と言われたので「せや、ほなまた明日。」と言ってあっさり会話を終わらした。

それからはお母さんと車に乗って帰りだらだらとしていたのだがスマホに一軒の通知が届いた。

〈入学式どうやったん?〉

送り主は『さくら』と表示されている。

僕は〈別に、そっちは?〉と、とても彼女に返す返事とは思えないほどそっけない返事を返した。

〈私も特には〉

どうやら向こうもここから会話を広げることを断念したようだ。

〈学校離れちゃったね〉

続けてそんなメッセージが届いた。

もともと付き合いだしたのは春休みだしそんなにもわかりきったことを言われても困るのだが。

〈そうだね〉

またもやそんなそっけない言葉を返す。

〈好きだよ〉

まるで確かめるようにその言葉は僕のもとに届いた。

〈僕もだよ〉

周囲から見ればアツアツのバカップル。

でもその裏にあるのは別れたいという願望、迷い、不安などだ。

だから僕はその言葉が本当になればと願って不出来で不完全な彼氏であり続けることしか出来ないのだ。


夢を見る。

それは中学一年生の頃の夢。

僕には好きな人がいてその子とは普通に会話ができる関係。

今思えばなんとも拙い語彙力と会話運び。

そしてそこから中学二年生に時間は飛ぶ。

思い出させられる忘れられない記憶。

僕な中にあって消えることのない喜びと悲しみと辛さと想い。


やがて僕は目を覚ました。

その見知った天井とカーテンの隙間から入る日光が脳みそに朝を知覚させる。

僕は起き上がるといつも通りといった様子で身支度を済ませて駅に向かって自転車をこぎ始める。

駅に着くとすでに電車は来ていて中は学生でごった返されていた。

「おっ、矢部こっちこっち。」

どこからか内田の声が聞こえてくるので頭を動かしてその姿を探す。

「座れるやん、ナイス。」

内田は四人ほどが座れるスペースに座っていた。

どうやら知り合いを探していたらしくそこにたまたま僕がヒットしたようだ。

電車の中は人の数が多いせいか騒がしく僕たちはその騒がしさに紛れながら会話をしていた。

しばらくすると電車は動きだし昨日さんざん見た場所にたどり着く。

そこから10分ほど歩いて僕たちは学び舎という名の地獄へと入っていった。

教室に着いたが昨日と様子はさほど変わらずに皆知り合いと話し込んでいるようだ。

僕も同じように森谷と話す。

大谷はというと僕の知らない人と話していた。

中学の頃から野球をやっていた大谷だが人数が少なかったので連合チームを組んでいたようでその連合チームにいた子だと後になって知った。

「大谷のとこ行かんの?」

「いや、だってほかの人と話しとるやん。」

「陰キャやな。彼女おるくせに。」

彼女だとか陰キャだとか関係なく知らない人と明るく話せる人なんてそういないだろうに森谷は僕のことをいじってくる。

「彼女のことはあんま言わんといて。」

僕がそう言うと森谷は「ふーん」と面白くなさそうに返事を返した。

やがて先生がやってきて授業が始まった。

一限、二限、三限。そして四限が終わると昼休みがやってきた。

一応この学校にも勾配というものは存在しているが週に二度、火曜日と木曜日のみなのであまり使うことは今後もなさそうだ。

僕はかばんからお弁当を取り出すと辺りをゆっくりと見渡した。

いったいどこでだれと食べよう。そう悩んでいると一つの声が僕の耳に入ってきた。

「お弁当一緒に食べようや。」

声のした方を見るとそこには大谷がいた。

大谷はこっちだという代わりに手招きをしている。

そしてそのすぐそばには今朝、大谷が話していた奴がいた。

「へいへい。」

僕はそうけだるそうに返事をするもお弁当を食べる人がいることに安心を覚えた。

「二人初対面やろ?自己紹介でもしときなん。」

ご飯を食べながら雑談をしていると大谷が何の前触れもなく僕たちにそう提案をした。

「そやな。僕は井上英二。英ちゃんとでも呼んでや。」

「僕は矢部亮太や。特にあだ名はないし適当に呼んで。」

あっけなく自己紹介を終えると今度はお互いの中学時代の話や今後の話をした。

やがて僕らはお弁当を食べ終え、再び授業が始まった。

授業とはいえ今後の授業説明しかすることはないので聞き流していた。

聞き流していたといってもボーっとしていたというわけではなくずっと考え事をしていた。

ここ最近の一番の悩み。どうやってさくらと別れるか。

最初は好きだった。いや、好きになれたはずだったのに今となっては全くと言っていいほどそんな気持ちはわかない。

むしろ今のようなそっけない態度にこんなことを考えても別れ話を切り出せないことに申し訳なさばかり感じている。

何度も言われた愛してるが、自分が何度も言った自分のための愛してるが枷になって、しがらみになって辛い。苦しい。終わらせたい。

ずっとそう思っているのに言い出せない。

本当に嫌になってしまう。

来週の月曜日、ちょうど今日から一週間たった日が僕たちのなんちゃって一カ月記念日だ。

その日を迎えるまでに、何とかしたいものだ。

そんなことを考えていると授業はあっという間に終わり休み時間が過ぎまた次の授業が始まって同じようなことを考える。

そしてまた授業が終わり放課後を迎える。

「どしたん。そんな思いつめた顔して。話きこか?」

まだ少しネガティブな気持から切り替えられていなかった僕に森谷が話しかけてきた。

「別になんもあらへんわ。」

そうだ。こんなこととても他人には話せない。だからこそ自分の中で正解を見つけるしかないのだ。

「森谷、一緒に帰ろ!」

僕が廊下側の一番後ろの席にいるせいでその声ははっきりと僕の耳に入ってきた。

それもすぐ隣から。

そしてその瞬間に僕の体は止まる。まるで全身を鎖でぐるぐる巻きにされているみたいだ。

それだと言うのに体の内は熱くなって、胸は切なくなって、早くこの場を離れたいとも、離れたくないとも思えてきてしまう。

「瀬戸!ちょっと待ってよ。」

森谷はそう言ってかばんに教科書を詰めだした。

僕も同じようにするのだが瀬戸さんは僕の存在に気が付いたようで気まずそうにした。

「もぅ、私先に行っとるでな。」

そう言って瀬戸さんはこの場から離れた。

いや、僕からまた離れたといった方が正しいだろうか。

「準備遅いで、電車来るからはよしてよ。」

今度は大谷が僕の隣に来て僕を急かした。

「もう終わるし待ってや。よし、行こか。」

もう準備が終わりかけていたというのもありすぐに駅へ行く準備が整ったので僕は大谷にそう声をかけ二人で駅に向かって歩き出した。

そして家についてお風呂だの夕飯だのをすましたベッドの上で横になった。

スマホを開けると今日はメッセージは何一つとして入っていなかった。

僕はさくらにメッセージを送るか悩んだ末に送らないことにしてそのまま夢の世界へと落ちていいた。


今日も夢を見た。

さくらと付き合う少し前の話だ。

もう日付は変わっているというのに僕はさくらと電話をしながらオンラインゲームをしていた。

楽しそうに笑う声。

なのに僕の眼は全く笑っていなかった。

受験の合格発表がまだでとても笑える状況じゃなかったというのもあるがそれよりも翌日の事で悩んでいるのだ。

ちなみにさくらはというと私立の高校を選んだので既に合格の発表が届いていた。

そして僕は口を開いて翌日の話をする。

そうだ。確か次の日は二人で出かけるんだ。

そしてその時に僕たちは付き合うことに…。

別にこの選択を後悔はしていない。

だって知れたから。彼氏という肩書の重さを。付き合うということの意味を。

間違いなく貴重な体験であり一生の教訓になるであろうことだ。

しかし付き合った理由を思い出して僕は何とも言えない気持ちになった。

付き合ったのは前の彼女を忘れるためだった。

正確に言えば忘れるために別の子を好きになろうとしたのだ。

結果最初の頃はまだ好きだと思えていたけれど時が経つにつれ、一緒の時間を過ごすにつれ考えてしまった。

もし前の彼女ともこうだったら。この気持ちは本物なのか。やっぱり僕はまだあの子のことを。

なんてつまらない話だ。

しかしその思考は僕たちの関係を錆付かせ今がある。

多分、僕は一生変わらない気持ちを抱いたのだと、初恋という毒に全身を蝕まれどうしようもなくなってしまったのだとそうやって理解した。


翌朝目を覚ますとすでに時計の針は9時を指していた。

「なんで起こしてくれんかったんや!」

そう叫びながら階段をドタバタと降りた。

しかしその声に対する反応はなく、リビングは電気もついておらずあったのは一枚の置手紙だけだった。

『職場でトラブルがあったそうなので今日は早く出勤します。』

どうやら母はすでに出勤しているらしい。

うちは数年前からは母子家庭で母が一人で家事や仕事をこなしている。

それに対して子供は傲慢な姉と優柔不断の弟である僕。

いつも母を気の毒にと思っている。

父はというと離婚をして実家に帰ったそうだ。

もともと母とはなぜ結婚したのかわからないほど仲が悪く、むしろよく離婚するその年まで続いていたと感心するほどだった。

「やばっ」

そんなことを考えている時間すら今は惜しい。

僕は机の上にあった一枚の食パンをくわえて玄関を飛び出した。

実際にやってはじめて気づくことはよくある。

口にパンを加えている息は吸いづらいうえに口の中が乾燥してとてもじゃないがいいものじゃない。

「キャッ!」

曲がり角を曲がろうとしたとき、一人の女子高生とぶつかった。

「す、すいません!」

僕は慌てて謝るのだがどうもその人は良く知った人だったようで

「あっ、矢部君。」

ぶつかったのはさくらだった。

近頃会話もあまりしていなかったが故にしばらく沈黙が続いた。

どうにも気まずくて僕は口を開いた。

「もしかしてさくらも遅刻?」

「あはは、そうなんだ。」

そういってほほ笑む彼女の眼もとには隈がはっきりと浮かんでいた。

「早く寝なよ?お肌にも悪いし。」

僕は場を少しでも和ませようとそう言葉を吐いたのだが彼女の顔は少し曇って地面を向いていた。

「だって、昨日はお休みって言ってくれなかったから」

さくらは僕には聞こえない程度の声でそう吐き捨てるようにつぶやいた。

「じゃぁな。学校頑張ろうぜ。」

そう言って僕は走り出し電車に乗り込んで登校するのだった。


「遅かったなー。なんか変なもんでも食べたん?」」

「そんなわけないやろ。」

教室について早々に森谷が僕に話しかけてきた。

どうやら今は一限が終わったところらしく教室も騒然としている。

「そういや部活はどこはいるか決めたん?」

「ん-、卓球かな。中学の頃もやってたし。」

どうやら今日から仮入部が始まるらしいのだ。

一応この学校は入部を強制しているわけではないが部活動に励む生徒が多いらしく半ば強制的に部活動に入らなければいけない。

「そっちこそどこの部活に入るん?」

「私は演劇部にでも入ろうと思っとるよ。」

「へぇ。」

そこでチャイムが鳴り僕たちは号令をして授業を受けた。

やがてその日も終わり放課後の部活体験が始まった。

卓球部の活動場所は第二体育館らしく僕はその場所に足を運んだ。

着くともう一年生はそこそこ集まっているらしく十人ほどいた。

「集合してください。」

部長らしき人の掛け声で僕たちはおどおどしながらも部長のもとにやってきた。

「すでに入部を決めている人はどのくらいいますか?手を上げてください。」

その言葉を聞いて僕たちは手を挙げた。

上がったのは十人中六人といったところだろうか。

「経験者も未経験者もいると思うんですけど今日はひとまず全員Bグループに入ってもらって練習をしてください。」

そうして僕たちはBグループに交じって練習をしたのだが受験勉強などでラケットに触れることもしばらくなかったので相当のブランクを取り戻すのに必死だった。

合間合間の休憩時間もあったが僕は無言で過ごした。

どうやら僕以外はほとんどが顔見知りらしく疎外感とこれからの不安を抱えたがその日はそれで終わった。


家に帰ると母は帰宅していて夕飯の支度をしていた。

「お帰り。あんた遅刻したやろ。」

そんなことを言われて僕は思い出したように目を見開く。

うちの家ではいつ帰ってくるのか、今どこにいるのかを把握するためにスマホの位置情報を共有しているのだ。

「だってアラームが鳴らへんかったんやもん。」

咄嗟に嘘をついたが母はあまり信じていない様子で「へぇー」と返事を返すだけだった。

夕飯も食べ終わりいつものようにとベッドでスマホを開くと今日はメッセージが届いていた。

〈今暇?〉

メッセージの送り主は内田でどうやらゲームに誘おうとしているらしい。

そのことがわかっていたので〈今から起動する〉と僕は返事を返しゲーム機の電源を入れた。

返信は来ていないのかとスマホを確認すると卒業旅行にも行ったメンバーのグループLINEで通話が開かれていた。

通話の中には内田とさくらがいる。

正直気まずいので入ることははばかられるのだが入らなければいけないようなので入るしかない。

「お、やっときったなおそいわ。」

「イヤホン探しててんしゃーないやろ。」

「…」

さくらの声はしない。

どうやらミュートにしているようでマイクにスラッシュが入ったマークが名前の隣に浮かんでいる。

「香山さーん。矢部が来たんやからミュート外しなよ」

内田がさくらにだる絡みしている。

内田はよく僕らの関係をからかってくるのだ。

僕らの現在の関係を知らないから仕方ないと言えば仕方ないのだが普通に面倒くさい。

「しゃべりたくないなら無理にしゃべらす必要ないやんか。」

「ふーん。」

内田はそうつまらなさそうに返事をした。

しばらく間をおいてようやく内田が口を開いた。

「パーティー作ったから入ってきて。」

僕たちは内田のパーティーに入るといつものように茶化したりふざけたりと、いつもの調子で楽しくゲームをするのだった。


それから同じような日がしばらく続いた。

そして今日がさくらとの一か月記念日。

正直言って僕の考えは全くまとまってなどいなかった。

別れたいことに間違いはない。

間違い花はずなのにどう別れたらいいのかが全く分からない。

これはあくまで持論だが告白というのは別れを切り出すことよりも簡単だ。

そりゃもちろん生鮮的な面もあるのだがそれ以上にそう言った雰囲気を作り出すのが難しい。

告白の時は適当にいちゃつくことでも言ってやればいいのだ。

なのに別れの時はどうとも言えない。

別れ話を切り出すところまで持っていくことができないのだ。

だからこそ僕はいまだにそのことを言えずにいる。

この関係は申し訳ないがどうしても勇気がわかないのだ。

だから僕は今日もいつもと何も変わらない様子でベンドの上に寝転がる。

5分ほどだろうか。スマホを見つめてそのことを考えていると急にスマホが光だしメッセージが届いたことを僕に教えてきた。

〈ごめんやけど、冷めてきた。〉

そのメッセージを見たとたんに僕の胸は歪な跳ね方をした。

嬉しい感情が少しと、相手に言わせてしまったという申し訳なさがもう少し。

残りはこれからの未来に対する期待だった。

別れるのに未来への期待というのはおかしな話なのだが僕にとってはそれが当然のようであった。

彼氏という肩書を持つがゆえにつながれていた鎖と行動を制限する枷。

決してこの関係を持ったことに後悔はしない。

だって僕には誰かと付き合う才能がないということがはっきりわかったから。

それもこれも全部雪のおかげだ。

〈どうする?〉

結局、僕は最後までさくらに任せっきりでその一言を引き出した。

本当は自分から言いたかったのに、どうしても言えなかったたった一言を。

〈別れよう〉


次の日、僕は晴れやかな気持で通学路を歩いていた。

こんなにも清々しいのは一体いつぶりだろうか。

昨日、それから少し話したのだがさすがに香山さんも僕が恋心を抱いていないことに気が付いていたようだった。

一応形だけではあるだろうが友達に戻るということになった。

曰く一目惚れに近いものだったようなのでおそらく付き合う前の関係はおろか、初めて会話をするときよりも会話が弾まない関係になるだろうと僕は考えていた。

そんなこんなで学校に着くと森谷の一言で急に体が重くなった。

そんな魔法の一言は単純で、学生なら当然のものだった。

「あと一か月で中間テストやけど勉強っていつから始める?」

別に、いつか来るのはわかっていたが中学校の時は単元テストだったので初めての経験になるうえ入学してからそんなに立っていないというのにもう中間テストがあるということが僕には本当に重たかった。

「そんな反応せんといてや。いうてもまだ一か月はあるし遠足もはさむやんか。」

「遠足?」

「はぁ?昨日先生が今月末に遠足に行くいうてたやんか。」

どうやら元カノのこともあり全く先生の話が耳に入っていなかったようだ。

「へぇ、今月末って何日後やっけ。」

「バカやな~。確か八日後や。ほんで今日にバスの席を決めるんやっけ?」

遠足の存在すら聞き漏らしていたというのに知るわけもないことを森谷は言ってきた。

バスの座席…。いったいどうなるのやら。

ご拝読ありがとうございました。

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私の励みになって次回が少し早めに出ます。

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